反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

戦国時代に民衆VS武士の武装闘争はあった。加賀、長島一向一揆。石山合戦。

 前日の当ブログの記事に大きな間違いというか、封建武士の目玉からの歴史観に侵されていたことで、恥ずかしい記事を書いてしまった。おそらく、解っておられる方は、なんだよこれは!と思われたはずだ。
 
 応仁の乱から始まり、戦国時代までの150年続いた日本の内乱、内戦は織田信長豊臣秀吉、順番で徐々に日本の地域権力が封建的に統一され、徳川幕藩体制の確立を持って、完全収束していった。
 大きく言って、そういう事になるが、当然にも、この内乱の過程では、民衆の武装闘争は至る所にあったと理解する。
 
 対領主との戦いの歴史に刻まれていないだけで、至る所にあった、と見なければならない。
 民衆(百姓)は武装していたのだ。ただその闘いが大きく組織されたのは、体制化されていない新興宗教勢力の人心掌握力を梃子とするもので、これは洋の東西を問わない。トマス、ミンツァーに率いられたドイツ農民勢力は領主勢力とまともにぶつかったが、プロテスタント宗教改革のマルチン、ルターはその余りの過激さを目の当たりにして、激しく非難し、弾圧を要請している。
 
 戦国時代後半の伊勢長島、加賀一向国、石山本願寺の一向衆3拠点の長期に渡る、武士勢力との戦いは、鎌倉時代後半から発展した民衆の武装を取り込んだ新興仏教集団=一向宗武家勢力の完全敗退に終わった。
 そればかりか、武装した宗教集団=本願寺勢力が封建体制の支配層の中に完全に取り込まれ、民衆支配の道具にさえなっていまった。ここにおいて民衆の組織された武装は潰えた。
 
 戦国時代を描いた黒沢明の「7人の侍」への前日の批判は、民衆の領主側への武装闘争はなかったとする、総括の上に立っているから、完全な誤りであり、不勉強以外の何物でもない。
 
 ただし、いい訳になるが、本願寺勢力の3拠点のうち、加賀の一向一揆だけが「百姓の持ちたる国」と呼ばれている事実は見ておく必要がある。ここの一揆衆は守護を追い払った戦いの先頭に立った、土着の武士支配層とも戦い自分たちの統治する空間を織田信長に滅ぼされるまでしばらく維持する。
 
 150年に渡る日本の内乱内戦の時代は日本社会に進歩をもたらした。統治機構の面からしても、支配体制がアジアではまれに見る巧妙なモノになった。
 
 当然であろう。それだけ、天下大乱の時代が続けば、最後に勝ったモノはよく学ぶ!
 パックス、トクガワーナは封建支配の形態であり、アジアの他の地域の支配体制である専制国家支配体制とは大きく異なっている。
 
 この完成を持って、民衆の組織的武装は完全に根絶やしにされた。
 
明治維新においても、民衆は日本の国内戦争に参加することはなかった。封建支配が天皇の絶対主義支配に転化した。絶対支配は資本制を促進する政策を採った。
 
 今回は反省を込めていろいろ考えているが、歴史認識というモノは、モロいモノで、時代の風潮によって簡単に変わっていまうな、と思った。
 無力感にさいなまれたら、自分の現状に見合った事実を歴史の中に探し求め、其れを再構成してしまう。
 
 NHKの日曜8時からのちょんまげ大河ドラマは延々と続いてきたが、あの悪影響は計り知れない様な気がする。
 私自身が何時の間にやら、織田信長豊臣秀吉史観に陥って、長く続いた戦乱の世の民衆の戦いを忘却させられていた。
 いや、というよりも、自分の大きな歴史観の中に位置ずけられないように仕向けられていた。
NHK大河ドラマでは織田らは英雄であるが、本願寺武装勢力などの戦いは決して正面から描かれない。
 まして、加賀の一向衆の「百姓の持ちたる国」などは一般には歴史趣味のある方しか知られていない。
 
明治政府は天皇制と帝国主義的戦争で国民国家形成を求めた。
 
戦後憲法は1~8条と9条によって、国民の武装と民主主義の根本的関係を完全否定していまった。
 
私は、秩父困民党に想いを馳せた事があるが、中世から近世にかけての日本の内乱における百姓の武装を軽く扱いすぎたように、やはり、戦後の時代風潮に侵されている。時代を超えるのは大変な作業がいる。
 
>>>民衆の立場に立った日本国憲法の否定とは1~8条の否定であり、9条をも否定するものだ。
 
>>>昨日、ネットで調べていたら、イタリアのグラムシが国家権力を暴力装置論だけに終わらせずに、教会やマスコミの市民社会の中にある構造物を利用した支配にまで拡張しているのを知った。今さらながらなのだが。
 
 支配層のための国家は市民社会の様々な構造物を自分の支配の道具に変えながら、その網の目を使って、市民社会を統合支配していく。
 
 所で市民社会は個々人、家庭家族、各企業などがバラバラな個的利益を得るために蠢いているのが実態。
ここに、殺してはいけないとか、盗んでではいけないとかの自然の掟はあったにしても、その次元の法体系が国家形成までストレートに結びつくわけがない。この次元は警察警備次元のこと。
 
 国家形成まで行きつかせるためには、法体系の完全、支配層寄りのち密化と支配層のイデオロギーの圧倒的注入が必要になる。
 日本では宗教の影響力はすくない。天皇一家への帰依意識も現憲法下では限界がある。
 
 となれば、時代的危機に際して、マスコミによるイデオロギー支配が過度に前面化して、本来バラバラな市民を強引に統合していくしかない。
 近年のマスコミの突出は目に余るモノがあるが、時代的危機を迎えた日本の必然の過程でもある。
 
 支配層の先頭に立って進める憲法{改正}はマスコミ宣伝扇動の内容を国家基本法の領域に定着させるのもといえよう。