次元の低いモノは相手にしない様にしている。司馬遼太郎なる人物もその一人。
今から想うと、読み手が両主人公に自然に感情移入できる仕掛けがあった。
司馬遼太郎はこの夫婦をまるで現代的夫婦関係の様に描きあげていた。しっかり者の妻、千代。その手のひらで出世街道を邁進する夫一豊。高度成長期のサラリーマン家庭の「理想像」というか何処にでもある姿を司馬は歴史物語のど真ん中で提出していたから、読者は感情移入できたのだと思う。猛烈サラリーマンが日本の高度成長のある種の原動力だったと言えなくもない。
ところが、実際の戦国武士の世界はそんなモノじゃないのは言うまでもないから、読者の錯覚を巧妙に誘う仕掛けが最初から意図されている。司馬は小説を書く前に膨大な資料収集をするのだから、構想段階で仕掛けは用意されている。
だから何も司馬の独創ではないが、小説家として時代の空気を察知する感覚は敏である。
高度成長期はそういう大きな構想力のある小説の需要があった時代だった。
この小説は司馬なんかの様な万人がボッケーと読めるモノではない。立場によれば、苦々しく想ったり、拒否反応を起こす反戦思想というモノが根底にある小説である。
日本や国家というモノを前提とし寄りかかった司馬のような安易小説ではなく、これに徹底批判的な観点を持つ第二次大戦に徴兵されたインテリ主人公が軍隊の内務規定を盾にとって反抗していく一種のピカレスク小説である。
これ!中学生のガキには無理筋の小説だ。
1972年 発行とある。沖縄返還の年である。
7月 田中内閣発足、角福戦争に勝利しての結果だった。
9月 日中国交正常化。台湾との国交断絶。
1973年 地価、物価急上昇
1976年 11月 田中角栄 金脈問題で首相辞任
*「坂の上の雲」が構想され書かれた時期は高度成長の末期。
アメリカはニクソンに替わってもベトナム戦争は継続し、今のイラク、アフガンの比ではない40万程の兵力を投入していたが、戦後世界体制の経済的支柱だったドル基軸世界体制の崩壊を変動相場への移行によって認めざるえなかった。
日本高度成長の内発的発展期はとっくに終了し、国内資本、生産の過剰のはけ口を海外輸出に求めていた。
とりわけ、東南アジア諸国への商品輸出攻勢は際立っていた。
狂乱物価、土地投機は内発的発展を基軸とした高度成長経済によって国内で資本投資をしても利潤率が低下して儲からなくなったから、生産設備投資が過剰化してしまった、当然の帰結であり、この事情が強烈な海外への商品輸出を呼び起こした。そこにOPECによる石油輸出制限で原油価格高騰が襲いかかったのである。
従って、インフレ急速物価高と景気の低迷という庶民にとっても最悪の事態を招いていく。
明治期の日本帝国主義の確立云々なんか明後日の薄ら事ではなかったか。勘違いも甚だしい、と言わなければならない。もちろんそれを当時、面白がって読むモノにも時代認識の大ずれがある。
当時の日本のぶちあったっていた問題はそういう所になかった。
明治期の様な資本主義の土台の固まらない時期の対外戦争行為による帝国の基礎造りの時代とすでに資本過剰、生産過剰で対外戦略にこそ集中しなければならない時代とでは余りにも時代背景が違いすぎる。
こういう、そもそもの時代認識さえも虚ろ、愚鈍な小説家及び読者だからこそ、田中金脈問題、ロッキード事件の「政治とカネ」大合唱の中、本当はこの時期すでに問われるべきだった、日本の戦略問題を蔑にして、世界的覇権の揺らぎつつあるアメリカの戦略に繋ぎとめられる事を許すのである。