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葛西 善蔵 1887年(明治20年)1月16日 - 1928年(昭和3年)7月23日 41歳。
の関連人物 3
浅見ハナ(第二の妻)1906年生まれ~平成4年(1992年)。86歳
「 大正8年12月下旬、善蔵は鎌倉山ノ内建長寺内の宝珠院の一室に住んだ。建 長寺内半僧権現下の茶屋[招寿軒]の娘、浅見ハナ(当時20歳)が、高い石段 を登り降りして三度の食事を運び、晩酌の相手をし、善蔵の長男(小学生)の 世話をみたりした。「鶩のやうに」他を経て、大正11年作「おせい」の可憐な モデルとして登場するが、善蔵との困窮生活は、「蠢く者」等に凄惨に描かれ た。女児二人を産んだ。「われと遊ぶ子」に、郷里と東京の妻子への思いを、 善蔵は深々と語る。善蔵から「お前のおかげで小説が書けた」と感謝されたこ とを、ハナは長く心の支えにしたと、伊藤ゆう子(善蔵三女、ハナ長女)は語 っている。平成4年、東京で死去。」
W。鎌倉は好きな地。奈良京都と鎌倉はまったく様相が違う。周囲の自然など環境を加味して歴史に想いをふけるWにとって、鎌倉は癒される。
周囲を低い山に囲まれ正面が海に開けている。中世武士が京に対抗し軍事政権の都と定めた防戦と撤退ルートの確保の一挙両得の地。周囲の低山の縦走もした(今はほとんど宅地開発されていると思う。)海岸を有名な峠まで歩いた。一番、凄いと感心したのは、有名な寺への階段が長い年月をかけて踏まれてつるつるに角が取れていること。歴史の重みをこういうところに感じる。
城ヶ島で釣りをしたこともある。
京都の寺院は悪いがこういうところはない。応仁の乱で焼失し再建された寺院がほとんどだ。仏像やあの種のものには、ほとんど関心がない。あくまでも歴史的な幻想を掻き立てられる環境が大事だ。
89歳の女性が毎朝、ベットの上の毛布と掛け布団を抱えて押し入れに運ぶ習慣になっているので、「圧迫骨折」になるんだよ、と言い聞かせようとしたが、「お客さんが来たら見っとも無い」ときかなかった。仕方がないから、布団を置きやすいように押し入れを整理した。
夜は8時に睡眠する。朝もちっきり起きてくる。入口のドアを開け空気を入れ替えながら朝食の準備をする。今朝は当方がコーンスープを作ったが、寒い朝、身を縮こませた変な姿勢で動いているとしっかりしてよ、と冷やかされた。
医学的には認知症などと云われているが、89歳で心と身体の両方がなんとのないなんて人は稀だ。
認知症などと云う枠にはめるよりも<ボケてきた>で良いのじゃないかな。ただし症状進行とともにかかわりは職業的な要素がなければ、本人にも介護者にとっても良くない。
自分も先だって大金と免許証の入った財布を落として、交番に届け出た。
若い頃なら慌てたりするものだが、日ごろから室内でモノをなくし室内をウロウロしたり(どこに置いたか直近の本能レベルの記憶が飛んでいる~~~海馬<タツノオトシゴ状>のイソギンチャク作用が弱っているのだ~~)、そういう頭の訓練として絶対に覚えておこうとする二つの名詞の一つ(ケーブルカーで山頂まで行く有名な山の地名~山腹には国宝の中世画を所蔵する寺院、松永弾正が信長に攻め込まれて自爆した山城がある。何よりも大発見!は日当たりのよい南側斜面開けたなだらかな山腹に1千基以上の韓国朝鮮の人たちの墓群がある~~多分全国NO1~~。とここまで書いてやっとその地名を思い出した。~~が必ず頭から削除される、現実に直面していることが原因なのか、あっけらかんとしている自分にびっくりした。←また忘れた!脳細胞と連結部の反応を研究しても科学的な実態は解明されなかった、と養老さんが動画でしゃべっていた。無駄な探究はやらないほうが良い、と。
結局、命と健康にかかわること以外、何が起きようと関心が薄れているのだと想う。
>ここまで書いてきて、やっとわかった!
@あのひとが初ちゅう、室内で自分のカネをなくし、自分が今でも時折、解っているつもりなのに大騒ぎして家探しをする理不尽さを!
@交番の若いお巡りさんに事情を聴かれ書類を作成した。
>そして帰宅後、燐家の漏水修理の部品をセットし部屋に帰って突然思い立った。
いつもの引き出しの一つ下を開けると財布がそこにあった。
>買い物帰りにいつもの場所の一つ下に財布を置くなんて今まで一度もなかった。
その日も忙しい一日で漏水修理に手間取った。自分と見守りの用事の同時進行。
>しかし、この漏水の件も後から想いうかべると変な具合だった。
>真下の部屋の天井へ漏水を発生させ本人(86歳女性、夫は半年前、2度目の転倒で有名な脳外科病院に搬送され、リハビリ後施設収容)のWへの申告と下の階の女性のいう過去を含めた5,6回の激しい漏水具合があまりにもチグハグ。
@結論的にいえば、高齢者夫婦が解りきった漏水原因を治さずそのままにしていたことが原因だった。本人たちの床を水浸しにしたことが何度もあったはずだ。
老夫婦共々しっかりしているようで、高齢から来る設備的な状況判断ができていなかったということ。
>人間関係の機微は長い人生で培った知恵で処理できても、客観的なモノの実在関係への判断能力は疎くなっていた。
@漏水修理後、カネももらった。それはそれとして互酬ということで了解したが、多分、あのひとは、真の漏水原因を放置していたことが隣人に知られてプライドを傷つけられたような気になっているのじゃないかと想う。
超高齢になっても世間に見えを張りたい。
死ぬ間際まで一定の人間関係の属性の柵から抜け出せない。
そこに死よりも重いものがあるかのようだ!
>統治するものとされるものの歴史の根深さをここにする想いだ。
@そこまでしてもらわなくても業者にたのめるのに、と。
Wはこの辺の人情の機微にまったく疎い。知恵も欠如。
>客観的な物体の実在関係に過去の仕事柄、異常な興味を持ち何とかすることを追求することが本能となっている。どんな大変なことでも最後はやり遂げるという習性が身についている。それによって人間関係を創り出して行こうなんて言う気持ちはさらさらない。もちろんカネなんて一切関心がなくもらわないほうがさばさばする。
@コレは説明する機会があっても解ってもらえないだろう。
@それに無党派で活動した期間が長すぎて、周囲の人に信頼してもらうためには、結果的に自分の利益をそっちのけの奉仕が必要だった。凡人なのでそれしか方法がなかった。一つの確固たる団体のヒエラルキーを登っていく活動とはかなり違った環境だった。
>ありがとうの一言だけの近所の今はなくなった高齢女性を高く評価した。
>そうすれば、そのご、距離を置きつつ親しくできる。
@共同体の形成ってそんななものだ。
@互酬関係はある意味、共同体~~**Ship~~への発展の拒絶だ。