反俗日記

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エマニュエルトッド「我々はどこから来て今どこにいるのか(下)~~民主主義の野蛮な起源~~を理解するための参考資料。

エマニュエルトッド「我々はどこから来て今どこにいるのか(下)     

  ~~民主主義の野蛮な起源~~文藝春秋2022年10月30日刊行

を理解するための参考資料。

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    資本主義的発展と宗教倫理および個人主義との関係
           ― 主要論争の概観 ―大和(おおわ)正 典

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①トッド文中のアラン、マクファーレン「イギリス個人主義の起源~家族、財産、社会変化」⇒W。ウィキ無し、前記著書に関する立ち入った言及は上記だけだった。マクファーレンはトッドの専門分と同じ歴史人類学者。

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 トッド「我々はどこから来て今~」引用

「西洋人ナルシズムから脱却しよう。我々はこれから自由主義的民主制(リベラルデモクラシー)の概念と「近代」という概念を切り離すことにする。もっともこの知的オペレーションは二度研究者によって実施されたことがある。

>アランマクファーレンの業績と

核家族とイギリス風個人主義の繋がりという彼の発見について私は長々と言及した。

  ↓

W。要点概略

     A問題系

家族というものが原初には<未分化核家族であった。

②直系家族(W。ドイツ、日本、スカンジナビア半島、フランス南部南西部、スペイン北部~都市はゲルニカ~、カタロニア~独立の機運が充満。仏南西部と国教を隔てている~、各種共同体家族(イスラム圏、ロシア、中国など)は家族の組成が農業の発展に従って複合化していった諸段階。

ユーラシア大陸の西、周縁部<未分化親族網>への組み込みから解放された純粋な核家族が現れた。⇒W。スペイン、ポルトガル移民が侵略して作った中南米国家群は核家族の類型キューバの黒人は共同体家族に分類できる。

   

歴史(W。文明と言い換えてもほぼ正解)の長さ~家族的社会的経験時間~⇒家族構造がより高度に複合的

②農業の発展の中心地への距離⇒中心地から遠ざかるほど歴史の流れた時間は短く、家族がより核家族

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    B問題系

識字化と世俗化に続いて出現したイデオロギーの諸形態と

多様な家族形態の繋がりの必然性。

ユーラシア大陸周辺部=歴史の短い地域⇒個人主義的、民主主義的、自由主義イデオロギー

ユーラシア大陸のより中心的な地理的ポジション=より長い歴史を持つ地域⇒反個人主義的で権威主義イデオロギー~ナチズム、共産主義イスラム原理主義~~

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資本主義的発展と宗教倫理および個人主義との関係
           ― 主要論争の概観 ―大和(おおわ)正 典

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1、この分野の先行的な研究成果にはエンゲルス「家族、国家、及び私有財産の起源」がある。

 大和(おおわ)正 典による概説

引用

「より根本的な批判として、『資本論』を著したマルクスと『空想より科学へ』を著したエンゲルスにはじまる、マルクス主義者からの批判がある。
彼らは、禁欲的プロテスタンティズムと資本主義的発展との関係についてヴェーバーと逆の因果関係、つまり「存在が意識を規定する」のだと主張している。

宗教改革後の教義は、生産領域での特定の発展から生まれかつ規定された社会階
級関係の理念上の表現にすぎない。優勢となったブルジョアないし資本家階級がカルヴァン派の信仰にひきつけられたのは、ただたんに、これらの信仰が彼らの経済的実践を正当化するのにつごうがよかったからにほかならず、そのけっか宗教改革後の教義は、彼らの経済的目的に適合するように、また彼らの行動に宗教的理由を規定することによって彼らの階級利害を反映するように変わったのだ、と。つまり、禁欲的プロテスタントの信仰の起源と発展を説明するのは資本家的倫理であって、因果関係は逆だというのである。たとえばイングランドピューリタン主義が、先述のヒルの指摘にあるように、ロンドンとそのまわりの諸州やイーストアングリアといった経済的により進んだ地域でもっとも強く町のなかでは小生産者のあいだでもっとも強くみられたのは、まさにこの理由による。なぜなら倹約と勤勉こそ、激化する競争のなかで繁栄か敗退かを決める分かれ目となったからだ、と。

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>資本主義的発展が禁欲的プロテスタンティズムないし資本主義の精神の原因となったとして、では資本主義的発展はいつごろおこったというのであろうか。

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イギリスの歴史人類学者のアラン・マクファーレンで、著作『イギリス個人主義の起源』においてこの問題を論じている。

 マクファーレンによれば、

マルクスは『資本論』で、

家族制度的生産様式の小農(ペザントリ)階層が分解して彼らが市場に投げだされてから、資本主義的発展に不可欠の貨幣経済、財産の私的所有制、一般商品のみならず労働・土地の市場が発達したとし、それらがイングランドではじまったのは 16 世紀からとしているという 。

⇒W。「資本論」のなかで余剰品の交換手段としての貨幣の成立を抑え、商品経済の歴史的発展史を具体的に示し、資本の原始蓄積期としてリアルに示している。

>以下、マクファーレンの示す歴史的事実はイギリスの商品経済の発達史であり、資本の生産過程の特徴である資本の拡大再生産と労働力商品(労働者としての再生産)という資本制のキーポイントの指摘とはズレている。

@新大陸発見機のスペイン、ポルトガル、オランダイギリスの海洋支配にたいするイギリスの海賊行為から始まった海外進出による余剰品の奪取が本国のジェントリー層の増殖の基盤の一つだった、と考えるがその辺の言及はマルクスを含めて無い。

>マクファーレンの見方でいえば、日本歴史にも室町時代から商品経済は発展し、江戸時代、18世紀には 問屋制家内工業 (といやせいかないこうぎょう)が、19世紀にはマニュファクチュアとも呼ばれる 工場制手工業 (こうじょうせいしゅこうぎょう)が発達したが、資本の生産過程には至らなかった。

 引用 W。共産党系の資本主義の理解だなぁ~。

「まったのは 16 世紀からとしているという 。
これにたいしマクファーレンは、イングランドではそれよりずっと昔から私有財産制と市場経済が存在したことを示した。いくつかの農村における教区牧師の日記や荘園裁判所の記録などによって、まず 16 - 17世紀にすでに、家族が核家族であるばかりか若者を奉公に出すとともに若者奉公人をうけ入れる型が支配的であったこと、土地の不分割相続制がしかれていたこと、⇒W。拡大家族から直系家族になった江戸時代も上記は当てはまる。

>所有と生産・消費の基本的単位が家族ではなく個人であったこと⇒W、ココは直系家族型が成立した江戸時代と全く違う。農産物と労働・土地の市場がすでに存在していたこと、⇒W。海外市場の奪取の影響が大。
人々の移動も激しかったこと、を証明する⇒w江戸時代鎖国、日本的封建分断支配で住民移動は半島や大陸に比べて極めて少ない 。

さらに土地法制をメイトランド(イギリスの法制史家)ほかの研究を引用しつつ検証し、完全な譲渡の権利をもつ発達した個人的な私的所有制が 16 世紀にすでに存在していたし、また活発な土地売買は 14、15 世紀からみられたことを示す 。

彼はさらにさかのぼり、13 世紀の小農の土地所有構造を調べたいくつかの研究を引用して、16 世紀にみられたと基本的に同じ社会がすでに 13 世紀から存在していたとした ⇒Wイギリスは大陸ヨーロッパのような封建大地主は少なかったことがジェントリー層

がイギリス革命の主導権を握れた要因。
 以上から資本主義的発展の歴史について、マルクスの説を否定し、イングランドでは 13 世紀半ばに市場が発達し財産の私的所有権も確立して、合理的資本計算と利潤追求という資本主義の精神がみられたとの結論を出す 。
 マクファーレンの主張については、

資本主義の3特徴といわれる

財産の私的所有、

自由な資本制企業の設立と営利活動、

生産・分配における自由な商品売買つまり市場経済の存在が、

どの程度ないしどの範囲まで発展したら資本主義的発展に不可欠といえるのかにもよるので、妥当かいなかをはっきりさせるのは難しい。⇒W?

 

  C アジアにおける資本主義的発展と宗教倫理との関係

W。そもそもマックスウェーバーが重要視されいるのは日本だけだ。大塚史学の影響が大きいがウェバーにはドイツ的国家主義の論文が多数ある。ヒットラー独裁の憲法的根拠となった大統領権限拡張の要綱を入れたのはウェーバー社民党労働組合の経営参加などの「社会主義条項」の対抗バランスとして)。

 富永によると、ヴェーバーは日本について独立論文を書かなかったが、アジアのなかで日本だけがなぜ資本主義をもちえたかについてつぎのように説明しているという。

日本人の生活態度の精神は宗教的要因以外のところからきている。

日本がもちえたのは中国と違って早い時期に、国家ないし集団の首長がその構成員や人間関係、財産を自分の家産のように支配する中国タイプの家産制から、ヨーロッパタイプの封建制に移行した。それにより封土をかいした封建領主と家臣との関係に入り、家産制における絶対的従属と異なり主従のあいだに契約的法律関係を作りだしたからである、と ⇒W鎌倉武士と武家政権の時代を指しているのか。室町戦国を通じて江戸時代のは主従の間に契約的法律関係などなかった。契約関係の違反をそもそも訴えることもできない。
たほう日本の資本主義化の心理的起動因として、西ヨーロッパの禁欲的プロテスタンティズムにあたる宗教倫理を探そうとする試みもなされた。富永によれば、内藤莞爾が、徳川時代浄土真宗を信仰していた近江商人の家訓・家憲のなかに、禁欲主義と職業労働を重視する商人道徳を指摘しているし⇒井原西鶴「日本永代蔵」の熟読を進める。徹底した商人の日常論理を推奨している。江戸時代の商品経済の発展は鎖国による「平和」、年貢収奪(年貢ムラ請負~~分割相続ではなく長子相続~~)参勤交代、農村の余剰人口の都市集中(奉公人の墓場)など地政学的要因が大きく影響している。

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「経済学者の森嶋通夫も、『なぜ日本は「成功」したか』において、日本
の資本主義的発展にとって理念的原動力となったのはナショナリズム
核となった日本型儒教である、とつぎのように述べている。もともとの
中国の儒教は徳目で「仁」をもっとも大切とし、人々の徳が高まること
によって自然に社会に秩序が実現するとしたのにたいし、日本では「忠」
がもっとも重視され、古代から現代まで一貫してナショナリスティック
儒教として発展してきた。道教から転じた神道も、ある時代をのぞく
と仏教も、日本では国家ないし支配体制擁護の傾向をもち、これらもナ
ショナリズムを助長する役割を担った 30)
。また日本の儒教主知主義的、
合理主義的で近代科学と両立可能であったし、官僚主導型社会をモデル
としていたから、明治維新後は和魂洋才型資本主義、国家主導型資本主
義を発展させたのである、と 31)

 たほうで日本以外の東アジアで近年著しい資本主義的発展がみられるが、これはどう説明すべきなのか。

⇒W。資本制生産様式の条件も「意識が存在を規定するのではなくて、存在が意識を規定する」東アジアは元々アノミー社会(「社会規範の動揺や崩壊などによって生じる混沌状態,あるいはその結果である社会の成員の欲求や行為の無規制状態をいう。」)とは違って文明(農耕共同体、都市国家⇒広義狭義の「帝国」成立の歴史)の中央部に位置していた。

資本と労働力商品2大資本制構成要素があれば、どこでも資本制生産力は発展する問題はソレが20世紀以降の経済史においてどのように発展展開、衝突してきたかだ!イデオロギー評価を越えて世界構造として客観的に見ていく必要がある。

>トッドの著作は欧米民主政を相対化するために利用する価値がある。なぜ再びトランプなのか?の我々にとって不思議現象もトッドを読めば解るような気がする。「存在が意識を規定する」という論法では今一ピンとこない内在論がトッドにはある。

 11 世紀から西洋と衝突する前までの帝政中国で商業が発達し、貴族支配も国家の直接支配もゆるい市民的な社会が発達したのはどうしてかを論じ、それを儒教の方向づけに求める説を紹介している 33)
 先述の富永も、
12 世紀の南宋において朱子によって行われた儒教の革新が、プロテスタンティズムと同様の禁欲主義の倫理を説き、それが 16 世紀以降の明清時代の商人によって信奉されたとの余英時(アメリカの中国系社会学者)の研究を紹介している 。

⇒W。漢民族外の異民族王朝に支配されてもその制度と経済の実権は漢民族にあり、人民を共同支配してきた。

⇒W。米国とソレに通じた国内機構(軍隊警察、司法官僚組織~政府は母屋の借家人~)が主導権を握る今の日本にもその論理は通底する。

ヴェーバーと同じ論理で儒教を資本主義的発展に寄与したとするのは間違いであるとしても、彼の示した事実が本当であるとすれば、それは少なくとも儒教の「改造の潜在力」を示す一証拠とはなろう。
アーナソンはつぎのようにも述べている。前近代の信仰で聖典をもたなくなった宗教は儒教だけであり、儒教における人間性と社会秩序とのあいだの特異な概念は近現代西洋思想における価値観と親和的でもある。
キリスト教的現世否定――つまり大塚の解説にあるキリスト教的禁欲――が中国文化にないことを、呪術が残り合理精神が欠如していることと同一視して、中国の歴史でみられた科学的探究、倫理的熟考、政治的抗議を過小評価したのはヴェーバーの誤りといえる、と 35)

       時間不足で以下省略。

トッドの著書の根源性と無関係な印象操作のような論考が続く。