反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

孤立した系では、物事は自然に乱雑・無秩序な方向へ進み、エントロピー(乱雑さの度合い)は常に増大する不可逆現象の方向性。情報とエントロピー ⇒エントロピー低=情報内包、情報は失われる。高=情報量0。主客のエントロピーの関係と主体のポテンシャル。

    AI による概要 エントロピー増大の法則とは

孤立した系(外部とのやり取りがない状態)では、何もしなければ物事は自然に乱雑・無秩序な方向へ進み、エントロピー(乱雑さの度合い)は常に増大するという熱力学の基本的な法則(熱力学第二法則

エネルギーは分散し、秩序を保つには外部からのエネルギー投入が必要不可欠であることを示しています。 」不可逆現象の方向性

命との関係: 生命体は外部からエネルギーを取り込み、一時的にエントロピーを下げて秩序を維持(動的平衡)していますが、宇宙全体で見ればエントロピーは増大しており、最終的には老化や死へと向かいます。 

レポート ・エネルギーの量と質 −エントロピーの話し(2)−

ガソリンを燃やして車を走らせます。そのときガソリンのエネルギーは、排気ガスや摩擦熱となって放散され、大気中に保存されます。石油を原料にしてプラスチック容器を作ります。石油のエネルギーの一部は、今はゴミとなったプラスチック容器の中に保存されています。
 
しかし、大気中の温度の低い熱量やプラスチック容器の中のエネルギーから仕事を取り出すことはできません。エネルギー保存の法則」によって、エネルギーの量は保存され、その総和は減ることはありませが、「エントロピー増大の法則」によって、エネルギーの質は絶えず低級化して行くのです。
 
『私たちは、エネルギーそれ自体を消費して減らしているのではなく、ポテンシャルを消費して、エネルギーの質を低級化させている』。これが、エネルギーを消費するということの本質なのです。だから、ゴミの山ができ、排気は限りなく大気を温め続けています。これが、「エントロピー増大の法則」の意味するところであり、枯渇しようとしているのは、エネルギーそのものではなく、エネルギーのポテンシャルなの
です。

(2)エネルギーの『仕事をする潜在能力』のことをポテンシャルという。
(3)エントロピーが増大すれば、エネルギーの質が低下し仕事を取り出せなくなる。
   すなわち、ポテンシャルが低下する。
(4)熱エネルギーの場合、ポテンシャルを生み出しているのは、『2つの熱源の温度差』である。
(5)エネルギーを消費するということの本質は、『エネルギーそれ自体を消費して減らしているのではなくポテンシャルを消費して、エネルギーの質を低級化させている』ことである。

第3回 情報とエントロピー 

情報は失われる


時間が経って8月6日になれば、図2の情報の価値はどうでしょう。過ぎ去った日の天気予報はあまり役に立ちません。
 
ある製薬会社が非常に効き目の高い癌の特効薬を開発しました。その会社の株は爆発的に高騰するでしょう。この情報を誰よりも先に入手して株を買って置けば、金儲けができます。とても価値の高い情報です。
 
ところが、その情報がいったん新聞発表され、誰もが知るところとなるといっぺんにその価値は下がります。『情報(の価値)は、時間とともに失われる』、これが
情報における「エントロピー増大の法則」にほかなりません。だから、記者は毎日、新しい情報を探して飛び回らなくてはなりません。
 「客体のエントロピー」×「主体のエントロピー


8月4日、明日瀬渡し舟をチャーターして釣りに出かけようと思って準備に入っているAさんにとっては、図2の天気予報の情報は、お金を払ってでも欲しい情報です。Bさんは、骨折して今入院中です。明日晴れようが雨になろうがあまり興味がありません。そんなBさんにとって、図2はあまり価値のある情報とは言えません。
 
極端な例が猫です。図1と図2のようにカードが配置されているそばを猫が通りかかりました。猫は意味が分かりません。猫にとっては、図1も図2も同じことです。むしろ散らばっている図1の方を面白いと思うかも知れません。
 
ある人はピカソの絵に感銘を受け、ある人はこんな絵画がなぜ数億円もするのだろうと思うかも知れません。音楽のジャンルもそれぞれ好き好きがあります。
 
情報の価値を認めたり、認めなかったりするAさんやBさん、図2を見ても何のことか分からない猫、そして生け花を美しいと思う人や、絵画や音楽を鑑賞して感動する人たち「主体」と呼び、主体の意志や行為の対象となる図1や図2のカードや生け花、絵画や音楽などを「客体」と呼ぶことにしましょう。
 
生け花や絵画や音楽などの「客体のエントロピー」がいかに低くても(価値があっても)、主体がそれに興味を示さないことには、つまり、「主体のエントロピー」が低くないことには主体にとって客体の価値は存在しません。
 
逆に、「客体のエントロピー」があまり低くなくても
「主体のエントロピー」が低くければ、価値あるものとして存在します。例えば、「あばたも笑くぼ」という言葉がありますが、それがよい例です。

すなわち、ある主体にとっての

客体のエントロピー =「客体のエントロピー」×「主体のエントロピー・・・式(1)
 
という式が成り立つのではないでしょうか。
 主体のポテンシャルを高める


知識や思考というポテンシャル(潜在能力)がないと、有益な情報もそれを理解して利用することができません。感性と言うポテンシャルがないと、せっかくの絵画や音楽などの芸術も私たちの心を打つことはありません。
 
また、客体は、主体のポテンシャルの写像であるということができます。知識がないと12枚のカードを図2のように並べて情報を作ることはできませんし、感性がないと絵画を描いたり、曲を書いたり演奏することはできません。
 
そうした知識や思考、感性といったポテンシャルは、一朝一夕に身につくものではありません。私たちが今身に付けているそれらのポテンシャルは、生まれて以来今日に至るまでの学習の賜物(たまもの)にほかなりません。
 
そして、主体のエントロピーだって、エントロピー増大の法則から逃れることはできません。自然のままにほっておくと、知識は失われ、思考能力は落ち、感性は鈍化し、私たちの内なる意識世界(主体)は混沌とした、無味乾燥な状態へ低級化していくでしょう。
 
常に知識や思考能力を高め、見識を広め、感性を研ぎ澄まして、主体のポテンシャルを高めることが、客体の価値の蘇生(そせい)・創造につながります。
 
情報は発生した瞬間からその価値を失い始め、最新モデルの製品は発売した瞬間から陳腐化を始めます。だから、情報社会や経済社会は、エントロピーが増大して活力(ポテンシャル)が失われないように、次から次へと新しい情報を生み出し、新製品を開発し続けます。
 
そうした外の世界の出来事の結果情報ばかりに意識がゆくと、内なる意識世界が次第に空洞化し、情報や利益やお金の虜(とりこ)となって、物質的な価値観の世界から抜け出せなくなります。
 
主体のポテンシャルを高めること、それは外の世界(客体)のエントロピーの作用を受けない純粋な内なる意識世界(主体)を確立ことでもあります。
 
まとめ


(1)情報は物質の並びのあり方であり、エントロピーと同じ扱いがされる。つまり、エントロピーが低いほど情報量が多い。
 
(2)情報(の価値)は、時間とともに失われる(エントロピー増大の法則)。
 
(3)芸術は、物質をどう配置して、人間をより感動させるエントロピーの低い作品を創造するかの問題である。
 
(4)ある主体にとっての客体のエントロピー=「客体のエントロピー」×「主体のエントロピー」という式が成り立つ。
 
(5)情報を理解して利用したり、芸術に感動できるためには、知識や思考、感性といった、主体のポテンシャルを常に高める必要がある。
 
(6)主体のポテンシャルを高めること、それは外の世界(客体)のエントロピーの作用を受けない純粋な内なる意識世界(主体)を確立ことでもある。

第4回 感情とエントロピー

省略

第5回 生命とネゲントロピー

第1回の「エントロピー増大の法則」で、「私たちの生命や生活、経済的な営みなどを含めて万物は、根源的に、エントロピー増大の法則という法則に支配されている」と述べましたが、「私たちの生命や生活、経済的な営みは、根源的に、エントロピー増大の法則という法則に支配されながらも、『開いた系』を構成し、エントロピーを減ずることによって成長を遂げている特異な存在である」という言い方がより正確だと思います。

  閉じた系と開いた系

図1のように、外との相互作用がない系を閉じた系閉鎖系)、

図2のように外との相互作用がある系を開いた系(開放系)と呼んでいます。

生命体とエントロピー増大の法則

万物は、自然のままにほっておくと、そのエントロピーは常に増大し続け、外から故意に仕事を加えてやらない限り、そのエントロピーを減らことはできない。これがエントロピー増大の法則」です。
 
生命体は、食べ物も食べず飲み物も飲まない状態(図3の閉じた系)にほっておかれると衰弱し死んでしまいます。これが、エントロピーが増大したときの生命体の結末です。だから、生命体は、外部と開いた系を構成し、食物や飲物を摂取し、排泄することによって生命を維持しようとします(図4の開いた系)。

食物や飲物が十分与えられても、狭い独房に入れられ、外部と遮断されたら私たち人間はどうなるでしょうか?。『人間は、パンのみに生きるにあらず』。人間は、感情を持ち、知的活動を行っています。精神的なエントロピーの増大は、感情や精神の荒廃を意味します。だから、私たちは情報を欲しがり、人や社会と絆(きずな)を結びたいと願い、芸術に感動したいと思うのです

 

     よどみに浮ぶうたかたは・・・


私たちの生命や生活、経済的な営みは、エントロピー増大の法則に逆らって、エントロピーを減ずることによって成長を遂げている特異な存在です。
 
身体は、絶えず新陳代謝を繰り返し、遺伝子情報は新しい細胞に引き継がれ、情報が失われることはありません。子供たちは、肉体的、精神的、知的、情緒的に日々成長を遂げています。
 
しかし、エントロピー増大の法則」という自然な流れに逆らっていわけですから、生きるということは、本来、きつくて辛(つら)いことなのです。それでも、私たちは前向きに生きて行かずにはいられない。
 
そして、エントロピー増大の法則に逆らい続けるにも限りがあります。寿命がくれば、外部と相互作用を行う機能が衰え、ネゲントロピーの摂取が困難になります。肉体は、死んで単なる物質と化し、腐乱して、高エントロピーの平準化された土に戻ります。
 
高温の海面から発生する水蒸気を原動力として発生した台風の渦は、ポテンシャルを高め、物凄い勢いで荒れ狂いますが、海面や地上との摩擦によって次第にエネルギーを失うと「温帯低気圧」となって、やがて穏やかな天候の中に消え失せていきます。
 
川辺の葦(あし)のはざまのよどみに渦巻く渦は、ちょっとした揺(ゆ)らぎのいたずらで本流に飲み込まれ、大河の流れの中に消え失せていきます。
 
私たちの生きる太陽系だって、エントロピーの平準化された大宇宙の中に、局所的に渦巻く渦に過ぎないのかも知れません。
 
『行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとゞまるためしなし。世の中にある、人とすみかと、またかくの如し』。これは、有名な、鴨長明(1155年-1216年)の「方丈記」の冒頭の部分です。