反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

根岸ステークスの結果から。⑨軸は競馬のセオリーから完全に逸脱。一昨年の勝ち馬が2年後、勝てるわけがない、試走の初Bだった。フェブには参戦しないで去年と同じ地方短距路線。馬の心臓は左寄り=左回りコース。寺銭について中世の無縁アジールが由来の原点である。

モニター上の各馬の気配を見て、予め用意した⑨の単複は破棄。勝てるような気配はなかった(530Kの大型馬+11は関係ない。あくまでも気配。横の比較で仕上がり途上感。)が記事で詳しく調べたの軸に拘った。

馬連⑨ー②。③。⑥。⑦。⑧ 馬単⑨⇒⑩、⑥。惜しいようで⑨軸の的外れ。

BOX。②、③、⑦、⑧、⑨。⇒⑩追加できなかったのは⑨への過信。といつもの違う、1点に3倍の金額。10通りにしたかった。普通なら⑩が入れた。

>⑩Pの気配⑨と遜色なかった。

根岸Sなんて昔から馬券買ったことはなかったので、あそこまで追い込み決着とは知らなかった。

>競馬のセオリーから完全に逸脱

2024年の根岸①着馬(時計遅い)が2年後、2026年にまた1着はあり得ない。2着も厳しい。

@勝ち馬は去年の直不利あった分を差し引いた根岸Sの走破時計で走った。

このメンバーで2,22(日)フェブG1で馬券になるのは②ロード、③オメガ、⑦ダノン4歳。

ブリンカー⑨はココ勝負ではなかった

Bつけて去年と同じ地方1400Mにドサ廻り3戦のローテに回る。その予定で初ブリンカー

当方はブリンカー効果のプラス面だけをみて⑨は買い、としていたが

勝った②は2走B装着で馬ゴミ競馬を経験させ、今回の勝利。

25年ダントツ、リーディング調教師杉山は根岸は初Bで試走⇒去年と同じローテ地方1400M3戦。26年フェブにはいかないよ

そもそも、勝てる要素が皆無。

ダブルハートボンド、メス斤量などが出走。

カフェはサウジ、ダートに向かうが。地方3戦の賞金>26年フェブの着賞金、という計算が成り立つ。万が一いってもBは外す。明け4歳時の上昇機運に乗っての24年フェブ3人気⑤着ではどうしようもない。

 

軸にする馬は全レースを調べるべきだった。⑨馬体に欠陥があるのは分っていた。キャデラックのリムジーンのような馬体。短足、胴が長すぎる。大とびになる。

ブリンカー装着が裏目に出た、とみる。

1,勝った③馬。2走ブリンカー装着の試走、馬引っ張る。B装着しての馬ゴミ経験。安田はココ狙い、用意周到だった。2,22、フェブに賞金加算あれば安心。⇒出走馬中、一番馬体がよかった。勝つべくして勝った。⑨への拘り捨てきれなかった。

2.初ブリンカーの今までの解釈が厳密ではなかった。単純すぎた⑨初B=能力強化。

>初Bは馬の周囲を気にしない前進気勢を強める。逃げ、先行脚質向け。

@⑨はリムジン型、Bでひたすら前に行って、失速。

最も、今後B装着で走るなら②馬のように無理に抑えても<レース結果を気にせず、抑えられるという仮定なんだけど)良かった。

3,2,22フェブ使う場合。

 ブリンカーは外してくるだろうが、相手関係にもよるが買えない。

4、2024年根岸で良い時計で勝って⇒3人気、5着。⇒

2025年ドサ廻りに徹してフェブ使えなかった。

>一昨年の根岸1着⇒2026年1着はない。2着もない。⇒競馬のセオリー。今まで見たことがないケース=セオリー無視の失敗。

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   矢作の米国ダート優勝をJRは持ち上げているが

>そもそも競馬システムが米国と日本ではまるっきり違う。

@米国は日本の地方競馬よりも地域ごとに分散し競馬開催をしている。主催はジョキーズクラブ。

之では盛り上がりに欠ける、もっと金儲けがしたい、良い種牡馬の市場価値を高めたい、ということでブリーダーとTVマスコミがCM企業参加を募りブリーダーズカップの開催運びとなった。WBCのようなものだが、残念!米国競馬と日本競馬の違いは共通項を探すのが難しいほど違う。

1,芝競馬中心(JRA)、米国ダート中心(砂ではないダート=速い時計もでる)

従って芝コースが設置されている場合はダートコースの内側に芝コース。二オンとは反対。

2,米国競馬、右回り周回皆無。調教も左回り。馬と人間の心臓は真ん中から左より(約60%左側~人間も同じ)人間の心臓は思っているより胸の真ん中にある。

>詳しく調べてはないが、哺乳類の心臓の先端部ポンプ機能の血流サプライ部は中心より左寄りにあると思う。

以前、右回り阪神競馬場でダートチャンピオンシップG1を施行し米国馬を招待したが

右回りに面食らって二度と来ないようになった。⇒左回り中京移行。だが、米国来ない

1.右利き、右回り説。

 陸上、野球、ケイリン競艇オートレースも右利きが多いから

右利きの場合は左足が軸になり、左重心となって自然と左回りに動きやすくなる。世の中は右利きの人が多いため、左回りが採用されたのではないか」

2「心臓が左側だから」

私が昔、大井競馬場の若手、理論家の予想屋から聞いて話では

馬の心臓は左寄りについているので右回りの下手な馬はいるが左回りの苦手な馬はいない。⇒南関東4競馬場、大井競馬場だけが右回り。しかし賞金の高い大井に強い馬のいる船橋。ましな馬のいる川崎の馬はあまり遠征しない。

その予想屋は右回りと左回りの関係をじかに見て体得していたのだと思う。

パドックは原則左回り

「馬を扱うのは左から」という慣例があるようで、騎乗や地上で手綱を引く場合は必ず馬の左側から行っている。

引用

馬の心臓は、人間と同様に胸腔の左側に寄っています

心臓は全体として胸の中央付近に位置していますが、心尖部(しんせんぶ:心臓の先端部分)が左側を向いているため、左側の胸壁で鼓動がよく感じられます

  • 具体的な位置: 胸腔(きょうくう)のほぼ中央から、約60%が正中面(体の中心線)より左側に存在します。前肢の付け根(肘)の少し後ろ、第3~6肋骨の間にあります。獣医師が心音を聞く際、左側の肘のすぐ後ろに聴診器を当てます
  • ちなみに、蹄(ひづめ)が「第二の心臓」と呼ばれ、血液循環のポンプ役を果たしていることもよく知られています
  • ⇒予想動画を出している元育成牧場で働いていた人は蹄の状態を異常と思えるほど注視し調子の判断に使っている。その理由はココだ。日蹄の状態の悪い馬は長期休養し元に戻す。裂蹄だけではない昔は蹄葉炎=死もあった。蹄の薄い子馬も高く売れない。ダート重馬場苦手な馬が多い。重馬場が予測されるときは写真では繋ぎの立ち方にも注目する。もっとも重馬場では不確定要素が増えるので馬券を自重することに聴けている。
  • ⇒反俗日記。地方競馬の馬は普段、蹄を保護するため装着されている平鉄の蹄鉄でレースを走っている。ここぞというときに俗称、芝きり、中央競馬の馬が使っている真ん中に溝のあるジュラルミン製?に履き替えてくる。中央の馬でも普段は蹄保護のため平鉄の蹄鉄をはいてういるのじゃないかな。
  • 自分の競馬の見方は大井の予想屋に学んだ。

3,小回りコース。したがってスピード競馬。行き切ってどこまでスピード、スタミナが持つかの勝負。折り合って道中息を入れスタミナ温存し直線勝負の日本の競馬とはレースパターンが違う。個人的には米国競馬のほうが好みに合う。

 

普段の米国競馬の風景は日本の地方競馬のようなのんびりとしたもの。さらに馬券購入は全国的にシステム化されている(ラスベガスなどのとばく場で買える)が胴元の天引き率も各州によって違う。ブックメーカーの参加もある。これはOZZを個々の業者が自由に選定できる。

>昔の情報だが田舎の競馬では調教師も馬券が買えた。

JRA競馬=競馬マスコミのようにシステム化されいない。

したがって若者多数が集まってマスコミ、ネット共々わぁ~わぁ~やっているのはJRAけいばだけ。

JRA競馬は実質上、国営競馬だ(国設定競馬法トレセン施行管理、ネット運営。国への上納金2200億円。強力なマスコミとのタイアップ)。

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競馬法(昭和23年7月13日法律第158号)は、

日本における競馬の開催、競馬場、開催回数、入場料、勝馬投票券(いわゆる馬券)、勝馬投票法、払戻金等など、競馬に関する法律である。

主務官庁農林水産省畜産局競馬監督課だが、

地方競馬施行者の指定に関する業務のみ、総務省自治財政局 地方債が専管する。

>>また日本中央競馬会国庫納付金に関する業務について、

財務省主計局農林水産係担当主計官職および理財局国庫課連携して執行にあたる⇒ココが競馬の一番大事なことといって過言ではない。

>博打の胴元の寺銭 - Wikipedia

引用

賭博が行われる場合に、それが行われる場所を提供する者に対して支払われる金銭のこと。

この言葉は、江戸時代寺社の境内を賭博を行う場として選び←反俗日記、胴元の特定(主語が言葉。寺銭の由来と検索したはずだが、学術的な文章ではない。単なる言葉解説。

賭博による儲けの幾らかを寺社に寄進←誰が!していたことからこう呼ばれるようになったという説が存在する。⇒反俗日記の過去記事は国定忠治 - Wikipedia度々取り上げている。

2022年4月20日水。見守りケアの人、明日21日木、グループホームに移動する。

懐かしき幸福な故郷の想い出がある人は幸せだ。 しかし、そういった話を聞き続けていると一体人間って何なんだろう、という疑問が自然に湧いてくる。それが一切ないWはやはり特殊人間なのか。 未成年時代に頭を思いっきり鈍器で殴られたような体験をしているWの頭の中で時間はとまっているのか。 とりあえず、明日に向けて~。ハードボイルドでいこう!セントメンタルはみっともない。 こちとら伊達や酔狂でこうやっているのだよ! 磔に合う前の国定忠治でありたい。」

第10回。ジョンダワー「敗北を抱きしめて」1946年「人間宣言」~五か条の誓文が民主主義の原点?~@難解謎めいた言葉遣いをすることで、天皇裕仁は巧みに天から途中まで下りてきただけであった。

物質の最先端の意志。国定忠治→こちとら、伊達や酔狂で、博徒をやってんだよ!磔が怖くてよ、酒を何杯もかっくて酔っ - 反俗日記 引用 「酔って死んじゃあ、男じゃねぇ!> 国定忠治 ~刑場に引き出される前の役人とのやり取り~ 「忠治よ!おまえも年貢の納め時だなぁ。手も足も利かなくんなっちまってざまぁねぇやあナ」 「うるせぇ、こちとら、伊達や酔狂で、博徒をやってんだよ!小役人が偉そうな口を利くんじゃねぇやい」 「ハハ、普通は伊達や酔狂ではやらねぇというんじゃねぇのか?全く学がない奴…

諸君は、幸福の一致ばかり説くがしかし誰も、不幸を一致しようとは言わぬではないか」・・・「友」とは何か
ーそれは、不幸と死を、一致する相手のことである。 
(信長と家康の関係をトゥーキュディデース『戦史』から引用して
○信玄と信長とでは、戦争の方法が違う、あるいは、
戦争をする意味つまり原理が、違っているのだ・・・
信玄は、自分の家が大切な男だった。
・・・これに反して、信長は・・いわば
生まれ育った場処の否定
自分の家の否定、
ということになる。
・・
・天下、という観念、あるいは「天下布武」という思想は、
こういう自分の家否定、のところから出発する。
信玄にはこれが無かった。
 
彼の土台は、戦争である。
戦争は、自分を主人公にして場面を変化させるものだ
あるいは現実を動かすそういう戦争の精神が基礎であって、
日常生活はそこから割り出される。だから日常生活も改変される
○彼等の誰一人として、「天下」などという観念を抱いてはいないのだ
仮りに天下といっても、それは漠然たるイメージであって、観念の明晰さを持っていない。
・・・彼等には、天下という理想が無かった。
それはやはりー天下布武、という理想だと考えていい。
☆「人間は弱いがゆえに、
目的に完全性を求め、
 
弱いがゆえに、
精神がうっ屈するがゆえに、
無限に願望をふくらませ、
 
自分の無力さをしっているがゆえに、
偉大な行動に参加を求めるのである
 
指導者は人間の
この曖昧模糊とした願いに堪えてやらねばならない。
この偉大さというダイナミズムを利用せずしては
なんぴとも人に自分の意志を強要することは不可能である。
比叡山焼き討ちや一向一揆との戦いになぜ信長の配下武将が
従ったかについてド・ゴールの『剣の刃』を引用して)
>wacwac。人間が弱いのは群れられないからではなくて、群れるから弱いのだ
                                竹中労

酔って死んじゃあ、男じゃねぇ!> 国定忠治 

~刑場に引き出される前の役人とのやり取り~

 「忠治よ!おまえも年貢の納め時だなぁ。手も足も利かなくんなっちまってざまぁねぇやあナ」

「うるせぇ、こちとら、伊達や酔狂で、博徒をやってんだよ小役人が偉そうな口を利くんじゃねぇやい」

 「ハハ、普通は伊達や酔狂ではやらねぇというんじゃねぇのか?全く学がない奴はやだねぇ」

だから、おめぇら、小役人は出世しねぇのよ。 まぁおいらの気持ちは大樹さま程じゃねぇとわかんねぇかもな

 「盗人猛々しいとはお前の事だ。よりによって公家様の名をかたるとはいい度胸だ。な~んて言っても、お前も今日限りだせいぜいほざくんだな。」

「けっ」

 「ほら最期の酒だ。もう一杯いくか。」

「じょうだんじゃねぇや。 こちとら男を看板にいきてきたんだ。 磔が怖くてよ、酒を何杯もかっくらって
酔っちまったらどうすんだい。酔って死んじゃ、男じゃねぇ!、てっよ」

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☆「暗澹たる、並々でなく責任の重い問題への只中にあって
みごとに快活さを保つといふことは、決して些細な芸当ではない
とはいへ、快活さ以上に必要なものがどこにあらう?
・・・力の過剰こそ初めて力の証拠である。
(信長の全行動についてニーチェの『偶像の薄明』を引用して)
・・・などの箇所が印象深い。
引用
熊谷直実の苦悩
幸若舞の中の「敦盛」、これは平敦盛を討ち取った熊谷直実の話。
16歳という若い武者である平敦盛を討ち取ったことっで心を苦しめていた直実が、屋島の戦いの触れが出されたときに「またあの苦しみを味わうのか」と悩んで世の無常を感じ、世をはかなんで出家を考えるという話です。
敦盛の一節
出家したあとに直実が世を儚む一節にこの詞があります。
思へばこの世は常の住み家にあらず
草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし
金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる
南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり
人間五十年化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか
 
****ま、そのときになれば人間、イロイロある。****紀州根来寺への旅を反俗日記はアップした。
そもそも、中世の時代から、寺は無縁の地、アジール - Wikipediaだった。
 無縁性は当時の柵を超えたヒトモノカネの交錯点であった。
それを支えていたのが中世ヒエラルキーの上位宗派の聖域としての
①不可侵性(カーストを上にたどれば中世中央貴族)、
②地域武装勢力との混交(家督を継ぐ者以外は出家僧侶=僧兵出現の必然性)、
③物地域金融商人との連携
④中世ヒエラルキーを超えた大衆吸引力(酒食、色事<売買春>博打、破産者脱落者の逃げ込み場所、先端の芸術技術の自由なよりどころ)、動員力(僧兵)であった。
 >先の寺銭の解説に寺での博打開帳者の主語がないのは、こういう歴史的背景の説明を面倒がって省略しているのだ。まさか寺の僧侶が博打を開帳している(胴元)ことはあるまい。場所を提供しその上がりのいくらかを寺銭として受け取っていた(寄進という綺麗な用語があるが)。当時の寺の大きな役割であるアジールに集まっている有象無象の人々が胴元になって博打を開帳している。ソレが中世は寺のアジール性を大前提にシステム化していた。
種子島に漂着したポルトガル船の鉄砲(「火縄銃」)は根来寺アジールで試作品が完成し
根来衆(僧兵と地侍混交武装勢力)、雑賀衆(今の和歌山市中心部~川と海、農業後背地、政治文化宗教の中心地京都奈良に開けた先進地域だった。)が日本一の自由貿易港であり先端技術の汎用化ができる堺の鍛冶職(芝辻家)と連携し鉄砲隊を組織し、石山本願寺浄土真宗)VS信長の長期戦を戦った。
>信長軍は泉州まで進出していた根来衆雑賀衆の内部分裂に乗じて一方を味方につけ鉄砲に製造拠点、堺を取り込み天下布武武装力を強化しながら石山本願寺との長期戦に勝利し、足元の長島一向一揆衆を大量虐殺し、ついに対武田軍に勝利した。
天下布武の日本列島版を構築しようとした寸前に明智光秀軍に寝首をかかれた。
>信長のあと、天下布武を継承し天下人を目指した秀吉は雑賀衆根来衆地侍と混合した地域武装勢力の一気平定作戦を敢行し、雑賀の城と根来寺は完全炎上した。
@この歴史過程は無縁の地、アジール的ヒトモノカネの地域自治的歴史空間の急速な縮小と、日本型中央集権的封建制の構築の道と解釈できる。古代まつりごと遺制の天皇制貴族は戦乱の中世を忍び、成り上がり秀吉の摂政関白就任を受けー徳川中央集権封建体制では仏教と共に体制補完の政治制度要素に定在された。
ヨーロッパの近代化と資本主義化、植民地主義と米国の南北戦争による工業資本主義化に強圧された日本の中央集権的封建制は急速にヒエラルキーを瓦解させていった。
その際に外国排斥の攘夷運動が発生しその先兵を担った長州藩薩摩藩の軍事力が簡単に打撃を受けたことから、軍事力学や科学にナィーブだが思想性のない中下流武士たちは江戸初期に水戸藩で養われた中国統治思想の国土の山河+国体=天皇尊王=古代神話の天皇神社を氏神地蔵尊と神仏混交を滅却し、攘夷に尊王をラッピングし近代的ヒエラルキーとし、その一方で近隣領域を蔑視する欧米近代化を真似る道を日本に緊急導入する道を選択した。
>徳川最末期の内乱の急速な鎮静化、と欧米を手本とする近代化がスムーズに行われたのは。
まずその1.東アジア東端付加体列島原住民の思想性のなさ(地震国、季節の移り変わりの激しい風土では情緒ははぐくまれても思想を熟成するゆとりがない)からくる封建軍事貴族的変わり身の早さである。
その2。日本の封建制は中央集権的であり、絶対君主制に転化しやすい制度的精神的土壌になった。徳川幕府の代わりに天皇制絶対主義ヒエラルキーは容易に代替えできる。
内乱があの手う井戸で済んだ大きな要因であるい。
その3.
年貢ムラ請負制度の徳川治世下の貫徹は(一揆、打ちこわしの形式流儀はあっても)庄屋、村役人を通じた連帯責任制、同調圧力を持続し続け、徳川j封建支配体制が瓦解しても日本農民レベの秩序を維持し続けられた。都市(城下町)は基本的に武士の秩序によって形成維持されてきたものであり宗教という対抗政治価値観はなかった。だったら城主が貴族になって退却し中央派遣の県令になっても庶民レベルでは何の違和感もなかった。そもそも抑圧収奪されてきたのだ。解放されたのだ。
 
寺社の敷地内は寺社奉行の管轄であり、違法な賭博が開催されても町奉行による捜査検挙が困難だった。

 

大昔のことになってしまうが競馬評論家といわれる人たちがいて各々発信できる媒体を持っていて競馬会に意見を言うべき時はいった。今はそのような構図もない。

スマホの調整ルームとやらへのも持ち込みには厳しいが疑惑の目で見れば際限なく深みにはまっていく競馬主催者自身による競馬会自身のためとしか思ない枠順操作の問題には一切口をつぐんでいる。当該レースの枠順選定の基準は馬券の購買欲を煽る売り上げ増と騎手と馬のスター育成、つまりこれも売り上げ増である。

JR競馬の常態となっている枠順操作は

@またファミリー競馬の弊害もある。家族そろってはよいがブームになるとギャンブルに頭をマヒされた人々が一定数、層をなして存在し続けるということになる。

@日本競馬の世界進出の構えを喧伝するなら騎手の自由化、きゅう舎、生産界の自由化ができるように関係法令を変更してもらいたい。

@参入障壁を高くしたまま部分的に自由化させると、市場内が寡占状態になる。コレ経済法則!

 @馬主クラブ所有形態を公認した時から今日が予測できた。資本の株式公開制度とよく似ていて馬主クラブ、生産牧場、育成牧場、馬流通市場の独占化が進展する。

この背景にJCをきっかけに日本競馬の世界化路線=強い競走馬づくりの戦略がある。

英国、フランスに資本主義化が先行され海外植民地からの超過利潤を限られていたドイツは資本の株式化によって資本の巨大化と集中化を果たし一方で育成成長させる高ひょいう資本を外国製品への高関税で保護し世界市場でっ優位に立とうとした。

日本のJRAの国営競馬のやり口はコレであり、さらに輪をかけて日本の国営競馬と欧米の民営競馬の段差を利用し自国競走馬の参戦を煽って、国民の一定層の資金を競馬消費使わせ寺銭をとって和牛などの畜産奨励分野の資金にしようとしている。その使途も杜撰なところがあり、身内で消費できるようになっている(以前調べた)2200億円近辺を上納金は推移しているがJRAプロパーが理事長に就任する頃より、当該国家官僚からの増額を求められないからなのか、JRA施行し棲むへの投資が増えている。

なので上納金は競馬ファンの生活には還流してこない。

さらに若者ファミリー競馬がJRAと競馬マスコミの宣伝で行き過ぎると、GDPの大きな柱である民間消費は減少する。貯蓄の原資に減る。日本経済の足を引っ張る要因になりかねない。過剰なギャンブル熱は収入の少ない層がはまると過少消費に繋がる。

 引用

JRA日本中央競馬会)の売上は近年増加傾向にあり、2024年度(2024年)の売得金は約3兆4853億円で、14年連続で前年を上回りましたが、2025年度は3兆5059億円とさらに伸び、14年連続の増加を記録しました。これは、新型コロナ禍以降の競馬人気の高まりに加え、「ウマ娘」などのコンテンツやJRAの販売戦略(WIN5など)、施設のリニューアルが追い風となった結果です」⇒やりすぎはGDP増加のマイナス要素となる。政治痴呆化になる。大昔のことだが、組合活動に熱心なアナウンサーを競馬担当に回したら、競馬にはまり大人しくなった。ラジオ日本の話である。

自分も競馬を始めたのは中年に踏み込んだ頃だった。若いころは競馬をやる奴なんて周囲にいなかったしまったく関心がなかった。

カネが一杯あったら競馬なんかに賭けない。

人気薄を狙って儲けるよりも人気が集まるのに乗じて金儲けする方がやり易い、確率は高い。大金を借りてやらない限りゼロ、マイナスにはならない。ギャンブルはゼロになる、寺銭が高すぎる。

若者は競馬にカネを使うよりもほかに金を使った方が自分のためになる。

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@ところがそのJCも昨年は外国騙馬が勝ったが、外国の頂点レベルの馬の参加はなく、日本馬の独壇場になった。

@将来高値で取り引きされそうな牡馬は日本競馬に参戦すれば着順wを落として価値が下がるので参加しなくなった。日本独特のターフが固い高速競馬では環境が違いすぎてよい成績が望めないからだ。

@東アジアモンスーン地域の多湿な沖積土の芝コース管理に不適な日本列島独特の気候風土で無理やり多頭数の芝レースを挙行しているので野芝は抉れ、上の自称洋芝は剝がれ、コース修復毎に上から押さえつけるので野芝部分を含めた固くなる一方の地盤は矯正しようがなく大レースが集中する時期の春秋は日本競馬の国際化を謳うJRAにとっても不都合な競馬界にも高速競馬になってしまう。

@外国馬は故障を恐れ、成績に汚れが出ることを嫌がり門戸を開放されたレースにさえ参加しない。もっとも自由参加のレースも少ない。入国の際の面倒な検疫も参入障壁になっている。

@その一方で外国へは一流馬が出ていく。

頂点集中、寡占状態の生産、市場、育成、調教、馬券販売、競馬、マスコミのループが完成形にある国営競馬システムの日本馬が、実質的に地方競馬の寄り集まりの外国競馬に参加すれば優位に立てるのは火を見るよりも明らかだ。

@こんな大人ならすぐに解るJRA競馬と外国競馬の差異に目をつむって勝ったからといって国威発揚を煽るがごとくの精神に浸っているのは国民性の幼稚性をさらけ出している、とはおもわないのか。

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@しかしサラブレッドの生産頭数は徐々に後退してきている。地方競馬場が次々と閉鎖されたことが影響している、といわれているが、

@イギリス、フランス、イタリアの競馬衰退、生産衰退と同じ法則が働いている側面がある。

>地域内でのグローバル規模の馬主、きゅう舎、生産牧場の寡占化、は底辺から中位のものを競争によって淘汰し衰退させた結果である。

狂った視点の記事である。競馬の世界を長期に見てきたひとの記事ではない。

「日本経済の未来」は「世界一の日本競馬」に学べば明るい|会社四季報オンライン

AI情報も偏っている。トータルな歴史的馬産の経済との関連がない。

サラブレッド - Wikipedia

日本における生産頭数は1992年の時点では12,874頭(世界第3位)を数えたが、その後景気低迷とともに減少し、2012年には6,837頭まで落ち込んだ。2013年以降は微増傾向(地方競馬は相次いで閉鎖されて生産頭数減は経済停滞によって地域の地方競馬ファンが減って経営が成り立たなくなったからだが12年間で1000頭の微増は、若者ファミリー競馬の宣伝、などによるものだが、限界はある。そこを突破しようというのは日本馬の海外勝利の宣伝効果であり、大谷翔平効果を狙っているが競馬の本質はギャンブルである。若者ファミリーが層をなして競馬に取り付かれると日本の民間消費が減る、政治無関心層が定着する)となっており、2024年は7,925頭となっている。フランス、イギリスの生産頭数の現象はアイルランドへの生産集中を生んだ。

ネアルコ、リボーを生み出したイタリア馬産は死んだ。日本はかつて世界第2位の生産頭数だった。オーストラリアの台頭2位は自国の競馬熱にもよるが、香港、シンガポール、韓国などアジア圏の経済発展と競馬関連人口増にたいして生産馬の供給地になってきたからだ。日本のここ10年の反転微増は国営内国競馬のシステム化によるもので牧場は寡占化し中小零細生産牧場は衰退し淘汰され寡占状態にある。社台に順次上昇基調にあったノースヒルズ=前マエコウファームは勢いがなくなった。勝ち馬が出ていない。発足して数年の同系巨大外きゅう舎チャンピオンヒルズの経営もどうか?ここ衰退すると外きゅう舎の如何が成績に直結するので外きゅう舎強力な社台の天下が完成する。コレは欧州型の衰退である。

クールモアスタッド - Wikipedia

2026年1月にはスーザン・マグナー(スーザン・マグニア名義)が日本中央競馬会馬主資格を取得したことが報じられている。日本の牧場では大樹ファームパカパカファーム等とパイプがある。⇒生産に参入することとは別問題。社台の有望クラブ馬を会員として優先的に買える条件が付与されての馬主資格取得とみている。

日本の社台馬購入個人馬主は有望クラブ馬の優先購入会員である。損失補填のようなものだ。

ファンの競馬参加は個人の趣味の問題だ。

主催者、生産者、きゅう舎、騎手は競争するならできるだけ国内に海外とのフラットな条件を自ら作り競争してもらいたい。出ていく一方で日本競馬への参加はごく少数に限られているのは内外の競馬環境の違いがあまりにも大きすぎるからだ。様々な参入障壁もある。

アメリカ競馬は小回りのダート競馬。

実質、各地域の各競馬場の持ち回りで開催している。南関東4競馬場の施行方式。日本は基本的に2中央競馬場の交互開催と1競馬場の開催。

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