靖国神社に国会議員が大挙して、8、15に参拝しようが、本人たちに政治的自由がある。
その行為を毎年薄っぺらなリトマス試験紙の様にマスコミが大々的に報道するから、問題点が矮小化される。
いっそ、無視したらどうだろうか?なにも報じない。
そうすると、石原慎太郎のようなやつの「参拝しない、政権担当者は日本人でない」などの煽動的言説も国民にとってまったく意味をなさなず、彼や大阪府知事ハシモトの様な政治手法も無力化する。よって、国民は間違った国家主義を植え付けられる機会がなくなり、間違った政治選択をしなくて済む。
これらの政治傾向がどうして間違った方向に日本人を連れていくかという説明は後でじっくりやりたい。
私に言わせると、一方に朝日新聞に代表される戦後の平和と民主主義の制度とイデオロギーに中身、実体を問わず、言葉の上だけ護持したがるモノが存在し、その対極に石原の様な「8、15に靖国神社に参拝しない政権担当者は日本人でない」とまで言い切るやつらが存在する。
ただし、両方ダメなんだという、チンケナ左翼反体制思考も間違っている。人間多少なりとも、長く生きてきたら、その経過の中で、歴史的事実に遭遇している。
事実はこういうことだ。数回記事にしているが、改めて書き直す価値はある。
特に尖閣島中国人船長釈放前後には勇ましい言動を繰り返していた。
彼の主張の大まかなところを週刊誌で読んで、遥か昔友人だった憂国烈士が語ってくれた言説にそっくりなのに驚いた。大げさにいえば、一言一句そっくりである。
三島由紀夫に心酔していたこの憂国烈士は自衛隊に入隊し、隊内に仲間を作ろうとしたほど、本格的な行動派であったが、私と出会ったときは隊内工作活動が挫折し、次のステップへの移行を目指して、足元を見つめなおしている時期だった。
私は彼の考え方には共鳴しなかったが、この人は本物だと想った。
彼も多分私を変わった奴だな、ぐらいは想っていただろう。
お互い、行動を主眼とする傾向の無口な人間同士なので、ツマラン表面上の議論はしなかったが、小冊子を発行して意見を交換し合った。
今でも覚えているのは、ある時、彼が感に堪えたようにつくづく云った。
「オリンピックの時、日の丸が揚がって、何か想わないか?感激しないか?」
話を打ち切らせるつもりで「まぁ~ナ」とだけ答えてた。日ごろの付き合いで、私のこの方面への無感覚を知っているので彼も話をやめた。
ただ、彼の偉いところは、「だからお前はだめなんだ」とは全くしなかった事だ。私もそういう彼だからこそ本物とみなしていた。
彼はもう一方の私をよく知っていたのだ。
その後のお互いのことについて、ハッキリしていることがある。
私は戦いを貫き通すことができなかったが、彼はその方面の有名人になっているらしい。
偶然町で出会った右翼人士と話しこんでいるうちにそのことを知った。本を出版しているのは知っていたが、主張は昔のまま、だった。
私と大昔出会ったころの彼の様な意見は世に受け入れられない極小部分だった。
相当、過激な意見の持ち主だっ当時の私から見ても、こんな意見が大手を振ってまかり通るようになれば、世の中、危ないことになるな、と漠然と想っていた。我々、左翼は反体制といえども、経済方面や一般生活面への強い関心があり、ただないな配慮を持っている。
これがある限り、行き過ぎて失敗しても、また修正できる。上手く修正できないモノはつぶれるしかないし、事実が示している。
ところが右翼思想の危ないところは、経済生活や庶民生活から浮き上がった、観念としての思想の世界が独り歩きする傾向にあることだ。
そういうモノたちが社会や政治に大きな影響力を占めるようになると、国民生活と国民政治が知らず知らずのうちに狭い選択肢のないところに陥っていまう。
昔の私も漠然とこうした危険性を察知していたから、彼には盛んに経済をきちんと勉強した方がいいと主張していた。
経済とは日本や世界の人々の生活のありように基礎を置くが、ここをないがしろにして観念を肥大させていく政治がまかり通る様になった、これが戦前の失敗である。
戦後の日本から今日まで、内外の環境の特殊性に恵まれ日本は戦前の列強の中では一番経済的に急成長してきた。それは数字にもはっきり表れている。
が、冷戦体制崩壊からアメリカ一極体制の短い期間を経て、アメリカのバブル崩壊、巨大新興国家台頭を経て世界は今や群雄割拠の新帝国主義の段階にある。どの国の支配層も自国民を食わせていこうとすれば、自国の権益第一主義に陥らざる得ない。
言い換えると日本経済の急成長の国際環境であった冷戦体制と自ら不参加のアジアでの戦争、アメリカの力
経済的な競争相手の不足などの枠組みは喪失しつつある。
バブル崩壊後の日本経済の停滞の真の原因は上記のごとくであり、政策でどうこうできる問題ではない。
制度を変えても、克服は難しい、と想う。政治的上部の構造に問題の背景があるのではなく、あくまでも経済下部構造に真の問題がある。資本主義制経済の法則性にまで突き刺さっている問題である。
そこでこういう内外の大きな壁にぶち当たっている歴史的段階において
事実として、自衛隊内から大幹部である田母神の様な人物が登場してきている。
彼の様な意見はかつてならば、世間から一蹴されていた。
三島由紀夫は決起しても、一部のモノは心奪われても、世の中の流れに埋もれてしまった。
どういうことか?と考える。
以前は戦後民主主義の歪みが継続していた時代で、今日こそ当たり前の状態に近付きつつあるのか?
自分の意見はすでに以前の記事で展開した。
それが日本の多数の国民にとって住みよい、自由のなる日本を保障するとは限らない。
国と国の関係の改変よりも日本の多数派国民が住みやすく自由な日本を築くことである。
そのために支配層を打倒する。
しかしその打倒の政治過程はアメリカからの独立とならざる得ない。国内の支配体制に矛盾がある時、支配層は国民の政治的関心を外の敵に向かわせる。
その対象が韓国朝鮮、中国と今はなっているが、アメリカとすることもできないことでない。
云っては悪いが、その方面の反米なら日本共産党は年気が云っている。彼らの方がずっと論理的に一貫性、体系性がある。
ただし、今批判しているのは政治的にまともな部分であり、自己の政治思想の掘り下げが足りないだけである悪質右翼は論外なのだが、しうとばかりは云っておれない状況が目の前にある。
資本主義制を前提にする限り、国民多数の利益は中身は考慮されるが、社会民主主義的政策によって達成されるほかない。
悪質右翼の戦前の日本史観は自己正当化の目に余る詭弁の類であり、論理矛盾が至る所にありる。
しかしそういう論理矛盾を顧みないところが、悪質右翼の特徴である。
彼らの歴史観の要は治者としての支配層の歴史を理屈をこねて正当化し、それを今の日本人全体に受け入れさせようとしていることである。
戦前の日本支配層の強権支配が正当化されるならば、遅れて民族独立、近代化した中国や北朝鮮の強権支配も歴史的発展段階の一階梯として認めざる得ないはずだ。