反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

右翼保守派の歴史観を批判する。

 前々回の記事で広木さんの大著を取り上げた。右翼保守派としての歴史観をハッキリ全面に打ち出しており、参考になった。
 
 彼らは自分たちを右翼だとは位置づけていない。日本思想?の正統な後継者を自認している。
彼の地元、九州で発行している同人誌のタイトル「正統と異端」からみてもそれは明らかである。
 
これには少し説明がいる。私は批判する相手の立場を矮小化して批判しないことにしている。批判することは政治的行為ではなく、自分の立ち位置を鮮明にし、深化させるためだ。自分の刃物を研いでいる行為の様なものと考えている。
 
 広木さんの立場はネットで検索したところ、東条英機政争翼賛体制に対して従軍兵士とその家族、さらには戦争下の国民の立場に立って、その感情の素直な発露まで厭戦的と抑圧することに反対し、政治的圧迫を受けかねない立場にあった思想潮流を今日まで引き継ぐモノである。
 
 昨日書いた記事の中で紹介した、憂国烈士も前線の兵士と銃後の田舎の家族の素朴な手紙のやり取りを、突然我々の発行した小冊子に載せたことがあった。当時私は事情をよく知らなかったし、彼の説明不足もあった。
 
 今になって、ようやく事情がつかめた。
 
 私の理解する限り、右翼保守派の中で東条英機などの戦争遂行者まで積極的に擁護するものは少ない。
彼らも正統派に対する、異端者なのであり、その異端者の主導する戦時体制が間違いを引き起こしたとなる。
 
 >このような思想的立場を今風に解り易く、圧縮すると司馬遼太郎歴史観に近い。
司馬遼太郎は明治の日本を肯定するが、大正以降の軍部の台頭に批判的である。
ところが、広木さんや彼の挙げる福田アリツネらは中国戦線拡大、そののちの南方作戦としての太平洋戦争をヒックルメテ大東亜戦争として弁明、肯定する。
 
 >この両者の立場は私に言わせると同じ位置に立っている。日清日露戦争を遂行した日本軍部の肯定に留まれば、その後の軍事的暴走は批判できる立場を都合よく獲得できるが、そのような司馬遼太郎の生きた歴史を今現在の日本人の立場から都合よく、ツギハギしないのが福田さんや広木さんの立場である。
 
 戦後の平和思想の浸透する日本国民にとって司馬遼太郎的生きた連続性のある、歴史の都合のいい、ツギハギ作業が受け入れられるが、それが歴史の連続した歩みと関係ないところでの小説家の頭の中だけの作業であることは広木さんや福田さんの様な社会評論を視野に入れる人たちには理解できている。
 
 明治の軍隊があったから、昭和の軍隊があった。経済や社会の継続している。都合よく、継続性を切り取っても、それは自己流の物語に過ぎない。
だから広木さん、福田さんは渾身を絞って、手練手管を用いて、明治以降の戦前の日本帝国主義支配層のイデオロギーと支配体制、その行為を弁護せざる得ない。
 
 >しかし、東条英機の戦争翼賛体制の理不尽性、綻びまでは弁護しきれない。
やはり彼らにとっても、あの敗戦は誰かに責任を負わせる必要があった。無責任体制のままにしておくことは思想上できななかった。
>ただ、彼らは卑劣なことに、日本帝国主義の弱点、暗部の言及になれば、突然、日本民族の「悲しみ」とかの文学的表現に逃げ込む。
 
 歴史には表もあれば、前後左右、上も下もある。
しかし、事実の圧倒的に膨大なそれらの積み重ねを全部、描き切れるものでない。
過去の歴史的事実は抽象化して、整理して書きて行くしかない。
だが、その時には、実際のところ、書かれた歴史の中に打ち消されていく事実がたくさんある。
 
>歴史を書いていくということは抽象化する事。
言い換えると、イデオロギー(思想)にするということであり、思想とすることは歴史を書くモノの立ち位置が反映されるということだ。
 
 極端な例を挙げれば、戦前の日本教科書は皇国史観で彩られていた。日本史はなく、国史と称されていた。
そういう観念上の操作も歴史記述には可能である。
 
 ハッキリ言おう。
>書かれた歴史は支配層を支配を中心とし、それを合理化した歴史であり、今現在の支配的イデオロギー(思想)は支配層のイデオロギー(思想)である。
この意味で今現在のマスコミ報道は何ら彼らにとって偏向報道ではない。
当たり前の正直な報道をしている。
従ってそこまで明け透け、アカラサマニなるなら、相手にしないという人がたくさん出るのは当たり前だ。
 
 >ならば、今現在、支配層の一員と自覚の全く欠如した人々は、別の歴史観を持つべきでなかろうか?
でないと、人間主体としての歴史に関わる積極的主体の確立、目的が不鮮明になり、今現在の支配的歴史観に巻き込まれ、不利益をこうむってしまう。
 
 >自虐史観と云う概念があるようだ。
広木さんたちの立ち位置は「国民の歴史をつくる会」の分裂に際して、左翼を自虐史観と批判した日本共産党脱落分子の藤岡を批判したは側に立つものと想われる。
 
 私はかねてより藤岡の自虐史観なる用語の出所は新左翼観の論争で使用された裏切り史観なる用語にあると指摘して、元共産党藤岡の脱落転向振り、の異端性を追求してきた。 
 
 ブッシュ子、大統領の側近にも当初元トロツキー派が登用され、ネオコンサバティブのイデオロギー的中軸を形成していた。女性国務長官、ライスも元々ソ連問題の専門の研究者である。
 新しい歴史教科書をつくる会を主導してきた藤岡はソ連東欧体制の崩壊に腰抜かし、ナント司馬遼太郎史観に影響され、それまで東大の共産党として公式論を振り回していた立場から、一転して、日本支配層の歴史を全面肯定する立場に簡単に裏返った。国際的にみれば、アメリカのネオコン潮流の位置するものであり、内発性に乏しい脱落者の裏返った論理である。
 
 これに対して、同じ陣営から、思想の純度を保つために、遅かれ早かれ疑問が噴出するのは必然だった。
 
>広木さんは自分の歴史観の核心を確認するために挙げた論者のうち、まともに取り扱えるのは、福田さんだけである。
 
その福田さんの歴史観はギュット圧縮すれば、明治以降の半封建的軍事的日本帝国主義の歩んだ歴史の必然性を仕方がなかったとして、「日本人の背負ってきたシュクア」「悲しみ」などの文学的表現まで動員して弁明、免罪することである。
 
 >いくら、書かれた歴史は支配層の歴史でるといっても、今現在において、それほどまでして、支配層の歴史を正当化(正統化)する必要があるのかどうかだ?弱点や暗部をそこまでして覆い隠し、弁明する必要があるのかどうか?
そういう行為が今現在やこれからの日本の進路にとってどのような影響を及ぼすのか?
 ここら辺りになると、彼らの抽象的歴史論に陥没することなく、キチンと目の前の具体的現実照らし合わせて考えてて見る必要がある。
 
 >今の日本を取り巻く時代的背景が、彼らの様な戦前の支配層の歴史を肯定する歴史観を必要としてきている
我々はずっと早い時期から日本資本主義に対して帝国主義論の角度から分析してきた。
日本共産党は高度に発達した対米従属した資本主義としか規定しなかった。
 
1945年~1970年=25年、
 このとき、すでに日本を帝国主義と規定するのは新左翼だけではなく、社会民主主義の一部にもいた。共産党は以前からの反米主義を維持するため、帝国主義規定はできなかった。
 
1970年~2011年=40年
 この40年の経過のなかで日本資本主義は高度に発展したアメリカに従属する資本主義のままであろうか?
世界第二位の経済大国を自称するまで経済発展した国が高度な従属資本主義のままであろうか?
であれば、こんなに経済膨張した世界経済の中で帝国主義アメリカだけになる!
 
 >アメリカの従属し、覇権を求める日本帝国主義
国と国の関係における「日本の独立」とは日本帝国主義の独立である。
新帝国主義の時代に世界経済が突入し、アメリカ帝国主義の力が相対的に弱まり、巨大新興国家が台頭し、世界は群雄割拠の時代になっている。
 
 >こういう世界のい時代的背景において、日本帝国主義アメリカ帝国主義の経済的政治的利害も対立局面が多くなっている。
それを反映して、日本国内に民族主義が高揚していくが、冷戦時代の残存する東アジアの敗戦帝国主義としての大きな限界から、日本の民族主義は偏狭、歪な形態を帯びざる得ない。
健康真っ当な民族主義ではなく、日本限定の論理がまかり通るようになる。
誤解を恐れずに言えば、戦前の大東亜共栄圏思想の方がよっぽど志があったし、ある意味、健康な民族主義である。
 
 今現在の日本社会の表面に浮遊している民族主義人間性さえ疑わしめる偏狭、独りよがりの差別、排外であり、何の政治的戦略性もない。その道の向こうには日本国民の谷底への転落に危機が待っている。
その意味でユダヤ人の迫害に政治的意味付与を見出した戦前のドイツの行きつく先がだぶってくる。