反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

宮崎学サイトの<3、11に思うこと>連載。懐かしい郷愁を覚える、庶民の猥雑なバイタリティー溢れる、失われたのカオス世界から市場原理主義が行き着いた先の3、11事態を照射。

 宮崎学さんのサイトが3,11事態を何とか、深い根っこのところからとらえ返そうと連載を続けている。
もう第8回に及ぶ。
 
 連載第8回ともなると、考えが沈潜し、ものカキとして、3,11事態を自分の自省の機会と志したがために、少なからず、煩悶している様子がうかがえる。
 
>>「3,11が投げかけたモノは、この国に支配的に存在していたこの予定調和が、とりわけ人災の主たる原因だと明らかにしたことだ。振り返るに私自身もこの予定調和にあらがうことを馬齢を重ねるにつれて、止めてしまっていた
その反省の上に立って、この精神の退廃から離脱を求めていこうと私は今、考えている」
 
福島原発事故を引き起こしたのは直接的には東京電力だが、その原理的条件無視で振りまく安全神話を貫徹させたものは高度成長経済発展路線の迷妄的経済至上主義であり、戦後の自民党政権の一党支配と財界官界の癒着、そればかりでなく、マスコミ資本や学会、アメリカまで構成要因とする、戦後営々と形成されてきた総ぐるみの利権癒着支配構造である。
 
 だが、宮崎の指摘はそこで終わっていない。
そういう安全神話で自らを納得させ原発を全国で林立させてきた支配体制に日常生活レベルで容認してきた庶民のありようを、その中の一人として批判の俎上に挙げている。
 
 
 そして今に至ると、原発の全貌が明らかになるにつれて、脱原発の言葉を弄び、一転批判の側に素早く転身することで責任を抹消するマスコミ。これに歩調を合わせて支配的政治家どもは今度は声をそろえて、未曾有の国難として、「がんばろう日本」を連呼し、国民は一致協力しなければ、と。
 
 こういう、3,11以前の主導者の宣伝扇動する予定調和は庶民の大枠として生活レベルでの容認があって初めて予定調和として、架空の完成をみる。
 
3,11直後の責任逃れ、はどうなのか?
原発事故と大災害が目の前で発生しても、3,11以前の予定調和を許した庶民の意識継続があったから、街頭に大衆決起がなかった。あのとき庶民が原発事故主導者側に強く責任を取らせる唯一の政治手段は果敢な街頭闘争だけだった、と云っても過言でない。
 
 デモの参加人数の想ったよりも少ないことを指摘したブログ記事は当たり前の政治意識。
こういう人が一杯出現して初めて、住みやすい日本になる。
私の様な冷やかなモノは、もうそういう素朴な期待感、信頼感も擦り切れている。
が、デモに行った。
 
 宮崎学さんはどうだったのか?
精神の退廃の自省と離脱を云うのであれば、まず、何よりも、やる時はやることだ。ハッキリ言えば、デモに行く
 その行動があって、奴らの転身の瞬間を撃てる。指摘、論評はそのあとだ。
精神の退廃からの離脱はできる限りの肉体行動をする。これをきっかけとするほかないのではないか。
退廃の自覚の確認は頭の中の働きだけに解消しようとすれば、知の循環に終わる。知の世界は膨大、精神的体力も限界がある年代。残された時間は実はそんなに多くない。
 
 3、11事態から、責任を回避し、未曾有の国難に際して「がんばろう、日本」として国民一致協力を打ち出している支配層の体制に対して、
宮崎さんは庶民の猥雑なエネルギーに満ちたカオスの世界を対置してみせる。
 
 しかし、一方で、もう今の日本に、それが市場原理主義によって破壊され、希少になっていると指摘している。
人々の抵抗の共同体的基盤は脆弱である。
 
実はここ数日私もずっと、その点について調べてきた。
 
 その途上の前回の記事は八つ当たり気味の恥ずかしいモノだった。
 
16世紀の宗教者トマス、ミュンツァーのドイツ農民蜂起から、現代ドイツの政治状況に検索の手を延ばすと、つい日本の過去と現在に対比してしまって、正直言ってうっ屈した。
 
 ドイツのヒトは感情の優先のヒトでなく論理のヒトである。いい悪いは別にして徹底できる。
 
そういう思考回路がなければ、政治的反対派は反対派として論理的継承性をもって、支配層に影響を及ぼしていけない。
 
 例えば、東ドイツの「独裁」支配政党だった社会主義統一党の最後の指導部は今、西ドイツのラフォンテーヌ元財省(社民党有力左派政治家だった)等と合流して新党を立ち上げて、それなりの勢力を伸ばしている。
その政党の名は、ナント「左翼党」。
フランスでも左翼は左翼とはっきり名乗る。
 
 私のチョット前の記事。
在日韓国人のカンサンジュンさんやソウル大学の教授と丸山真男主義者や日本のリベラルの日本近代化と韓国植民地化を巡る論争を取り上げたが、
 論争が歴史のあちこちに双方勝手に飛んで水かけ論に終わってたのも、
資本主義成立に先行する資本蓄積期というマルクスなどがハッキリさせている論点をワザと回避しているからだ。
 マルクスを適応するのをためらっている。
昔だったら、一発で済ませることのできる問題を紛糾させているのは、学者が今風の形にとらわれ、マルクスにある正しいところまで押し流してしまっているからだ。
 
 思想界でこういうことをやっていれば、いつまでたっても、新種外来思想輸入販売業、紹介業で終わる。
それは政治の世界では、継続性、思想性の欠如した、予定調和を求めることが優先される中身乏しい政治となり、終いには、全部まとまって、となる。
 
「渡れば、横断歩道の赤信号も怖くない」。
車にはねられて、死傷者一杯がこれまでの日本史の教訓だった。
 
 3、11を何かのきっかけに
と想ってもできることは限られている。
 四川省地震で亡くなった方は7万と云う。日本の人口は中国の10分の1。ならば、東日本大震災は中国本人口翻訳すれば、30万近くの方がなくなっている計算になる。
 
 いちいち政治家やマスコミに指摘されなくても、一人の人間の問題として実行すべきは、しているつもりだ。
 
 あのような宣伝は宮崎さんも指摘するように
「この国ではよりましな次善選択はなかった」
「より悪い政治しか生まれてこない」日本的土壌を耕すだけである。
野田は土壌を耕すと言っていたが、そいう意味の自覚は全くない。