反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

二回分。バブル崩壊以降の90年代の政党の短期的盛衰。政治の舞台の真ん中にいた政治家小沢一郎批判になるのは仕方がない。今更なのだが。

 以下主としてグーグルの関連記事を抜粋引用。
 <新進党
成立年月日 1994年(平成6年)12月10日
解散年月日 1997年(平成9年)12月27日(手続上は1997年(平成9年)12月31日)
解散理由 大連立構想による求心力の低下、公明勢力が独自に選挙へ臨む事を表明したため
後継政党 自由党新党友愛新党平和
国民の声、黎明クラブ改革クラブ

 新生党公明党の一部、民社党日本新党自由改革連合などが結集し、同年12月10日、結党された。
結成時の所属国会議員数は214人(衆議院176人、参議院38人)である。
結党時の国会議員数が200人を超える政党が結成されたのは、1955年(昭和30年)結成の自民党以来39年ぶりであった。
 
 >1995年(平成7年)7月の第17回参議院選挙において改選議席の19議席から40議席へと議席を倍増させ、比例区の得票では自民党の獲得票を上回る躍進を見せた。
      <相次ぐ党内対立>
>1995年(平成7年)12月の海部党首の任期満了に伴い行われた党首選において、羽田孜小沢一郎が激突。
敗退した羽田の支持グループはこれ以降、党運営を巡り小沢との対立を深めていくことになる。
>1996年(平成8年)10月の第41回衆議院総選挙では政権交代を目指し、野党第一党としては38年ぶりに衆議院議員定数の過半数を超える候補者を擁立
消費税率を20世紀中は据え置くことや、減税およびそれに伴う経済の活性化による財政再建を公約の目玉にするも、解散前議席に届かなかった
      
       <1996年総選挙の概要>ーこの時期の情勢を知るためにー
投票率は過去最低59.65%。前回選挙(1993年)はそれまでで最も低い67.26%であったが、今回はそれをも大きく下回る結果となった。
  <主な争点>
消費税増税の是非。行政改革。財政構造改革
  <政局>
自民党新進党の二大政党による政権交代の選択。第三局、民主党の結党とそれを巡る排除の論理
 >増税を推進する自民党民主党に所属していながら候補者自身は増税反対と主張するなど、政党の公約と個人の公約にねじれがあり、有権者を混乱させた?。この事態を混乱といえるのか!甘ったれるな!
 
 新進党は4議席減の156議席と伸び悩んだ。
新進党の将来を悲観した議員などが自民党の引き抜きに応じていった。
引き抜きや補欠選挙での勝利などにより、1997年9月5日には総選挙を経ることなく過半数を回復。第42回総選挙直前には、実に32議席増の271議席に膨れあがっていた。
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    自由党 (日本 1998-2003)>
 衆参両院合わせて<54人>。
2003年9月26日、解党し、民主党に吸収合併された。
 
  政策的には、小沢の著書「日本改造計画」、新進党の政策「日本再構築宣言」を基に、小さな政府・規制緩和・市場主義といった経済的新自由主義と、教育基本法見直しなどの政治的保守主義をとり、改革を呼びかけた。
 参議院過半数を確保し、ねじれを解消したい自民党からも野中広務官房長官から「小沢さんにひれ伏してでも協力をお願いしたい」との発言等があって連立協議が進んだ。

 >>1998年11月19日、<自由民主党との自自連立合意が成立>
1999年1月14日、小渕内閣第1次改造内閣に参画。
>1999年10月に公明党が連立政権に参加するようになると次第に自由党の主張は取り入れられなくなった。
>結局、小沢は連立離脱を決断して2000年4月1日に連立政権から離脱した。
その際に連立継続を望む党内の海部俊樹野田毅らは離党し、保守党を結成したため、自由党は分裂した。
 2000年6月2日の第42回衆議院議員総選挙では<22>議席を獲得。
 
 90年代非自民の政治潮流の中で一貫して、中心部にいた小沢さん等の政治行動パターンは一口で云って、次のパターンの繰り返し。
A)パターン。政策イデオロギーを問わない政権獲得のための幅広主義の野合や強力な政治母体への急接近妥協。
B)パターンA)パターン以降の内ゲバ体質全開。
 本人を頂点とした支持者のヒエラルキー的硬直性が内向きの政治パワーを発揮するという前近代的政治体質。
足元がこんな組織体質?なのに議会制民主主義の定着を標榜する矛盾。
本人の発する曖昧なヒエラルキー的政治体質も異様なら、それを忖度する支持者が奏でるハーモニーは外部のものに拒絶観を抱かせる。
 
 コレ、結局、云っていること(深い意味のない民主政)と実態の乖離が違和感を抱かせるのだと想う。
 
 例をブロガー記事で上げると解りやすい
「緑の風谷岡代表」は東京比例代表のまるこ安子氏の擁立をやめ当選の可能性がある山本太郎氏を応援すべき!
Y、Y氏2013-07-01 15:14:03 記事。Y、Y氏はまだ抜け切れていない。
 よ~く情勢分析をして御覧なさい。
数あわせの次元ではなく政治思想の次元に突入しているリアル政治をご存じない。山本太郎氏の当選は120%ない。
従って、緑の風谷岡代表に政治思想を曖昧にせよといっているに等しい。
別個に進まなければならぬこともある。
<弱いから群れるのではなく、群れるから弱いのだ>
あなたらな、この真意は体験しているだろうに。
時代性、世界性を持たねばならぬ。
当選なき山本太郎で敗北で、支持した個々人政党、緑の風は政治思想的に死ぬ。小なりと云えども政党には系譜というものがあり、その中で政治思想が育まれる。山本太郎を支持する流れを緑の風は辿ってこなかった。支持すれば悔いだけが残り、先になかなか進めない。コレは政治思想の論理である。
Y、Yさんには政治的デリカシーを求めたい。批判に値するお人だから云っている次第である。
 
C)パターン。所謂、純化路線
 忍耐なき早期の内輪揉め。情緒に引きずられて身内で小さくまとまる純化路線のジグザグ。
 
 小沢氏は遂に欧米民主政かぶれのお山の大将から脱皮できなかった。
理と情が融合していないから遠心分離機にかかる時期に分離する。政治的精神分裂症?
 
 終いに相手にされなくなる、のは必然でよくここまでやってきたと想う。その意味でたいした政治力だ。
応仁戦国時代ならば、とっくの昔に身内にジ、エンドにされていたであろう。

 あのような波乱万丈の政治軌跡は日本国憲法下でこそ許され通用してきたのである。
 
それも悟らず、憲法に御託を並べている。アベ自民の憲法論議を批判し切れていない
右や左、改正か護憲か、という、イデオロギー論議に持っていくイントロそのものが間違った設定であり庶民感情の切り捨てである。
 
 もっと歴史性共同性に根ざした庶民の気持ちの立場に立て。
それをくみ上げて政治パワーに抽象化し実体化し、庶民に返す、のが政治家の役割である。
苦労しらずのお坊ちゃん思想だ。
彼の憲法論は別の機会に批判する。
 
 しかし、ここまでの軌跡を総括して、小沢さんが本当の意味で国民に役に立つことを成し遂げたのだろうか。
引っ掻き回した回しただけではないのか?
 彼は本当の意味での政治責任を取らない。
昨秋から年頭にかけての醜態は典型的象徴であった。
 政治弾圧に反逆する民衆の同情心があるから、まだ細々と命脈を維持できているだけである。
言葉は悪いが、それがなければ、現時点では、丸裸で踊っているだけのクソみたいな政治家である。
 <追記>
2013年6月30日 (日)「日本が進むべき道」
鳩山尖閣発言を擁護する記事の全体の流れには同意部分がある。
が「米国は「A)尖閣領有権問題が存在する」ことを一貫して明示し続けている。B)1971年の沖縄返還協定に際して、米国が尖閣の日本領有を明確にして、尖閣施政権を日本に返還していたなら、尖閣領有権問題はまったく異なる推移を辿ってきているはずである。」
 
 A)について、ジャパンハンドラー、ジョセイフナイはインタビュー次のように発言している。2013年5、28付け反俗日記より引用。
アメリカは、19世紀から由来する尖閣諸島問題について、究極的な持ち主が誰であるかについて日中いずれの側にもつかないことを明確にしている。
だが、安全保障の観点においてはアメリカがカバーする。そのため、中国が日本に対して軍事力を行使することはないだろう。」
尖閣帰属について中立の立場を明確にした上で、軍事同盟安保の適応範囲だという全天候型対応の二枚舌を使っているのである。
ここを暴露せず、B)のような幻想を振りまいては日米中の現在将来のリアルな現実を把握したことにならない。
だから訳のわからない沖縄返還尖閣地雷埋め込みアメリカの力の過大評価である謀略説に行きつくのである。
所詮政治に向かないのだから、専門分野に集中したほうがいい。