IWJ軍事ジャーナリスト田岡俊次インタビュー。
共感するところもあったが、消化しきれないところも多かった。
まず第一に、
それは朝日新聞の皇室報道に拘る親皇室派と同じ位相にあるものとみなす。
元を遡っていくと、敗戦日本の宮廷及び反東条英機官僚層がGHQと連動し戦後支配層の民主政を確立した事を原点としている。
一言でいえば、明治天皇の<五箇条御誓文派>とでも呼ぶことができる。
「戦争末期に外相重光葵(しげみつ まもる)→ウィキペディア、戦前官僚、戦後保守政治家http://blogs.yahoo.co.jp/xhhfr149/MYBLOG/write.htmlのもとで終戦を早めさせるために会合を開いていたグループが、戦後「同心会」という集いを組織するようになる。
メンバーは、安倍能成(あべ よししげ)夏目漱石門下の教育官僚http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%80%8D%E8%83%BD%E6%88%90田中耕太郎、司法官僚のトップhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E4%B8%AD%E8%80%95%E5%A4%AA%E9%83%8E
創刊号の発行の辞には次のように書かれている。
「連合国の指令する民主主義、個性尊重、言論進行の自由、世界平和等は結構である。
ただしそれは単に戦勝国の敗戦国に対する指令たる故にではなく、それが人間本性の要求と天地の行動に根ざすが故にであり、この主旨はすでに明治指針における五箇条のご誓文の言葉に示されている」
岩波茂雄も「世界」の創刊に際してと題して次のように書いている。
然れども、維新の進歩的諸改革は中道にして早くもかの御誓文の方針を見失った。
明治維新の真実味を追及し、ご誓文の精神に生きることが、新日本建設の根本原理であると考える。
御誓文は明治維新の指針たるに留まらず、天地公道に基づくこの大精神は永久にわが国民の離縁であると信じる」
以上、立ち位置を高邁な次元に持ち上げ過ぎで、彼の語り口はジャーナリストの世界の卑近な技術論経験論であり、軍事思想にまで至っていないが、こういった政治グループに仕分けしたほうがおしゃべりの向こう側にあるものが、わかりやすい。
第二に。
軍事問題を根本的に考える場合、レーニンの「国家と革命」及び毛沢東の軍事論集に指摘されている諸事項、人民戦争論とリアルな党ー建設の考慮に入れることは、専門家としての基礎知識の一貫をなすものであり、(カストローゲバラ路線は特殊で普遍化できない)その場合、西洋近代軍事思想に並立するものに親近感を感じることがよくある。
それらは古代ギリシアに端を発する会戦と敵部隊の殲滅戦ー総力戦の軍事思想と次元の違う軍事思想体系である。(この辺の問題意識は、米国古代軍事専門家の本の内容を引用したの記事の中にある。インタビュー者の陸海の戦いから空の戦いに移った、という見解は半分正しく半分正しくない。だったら米国の連戦連勝のはずであった。制圧戦の脆弱性とコレに対する戦いの有効性を無視している。)
直近でも世界中で展開されている局地戦争の西洋流軍事展開に対抗して威力を発揮している。
軍事専門家としてこの点を踏まえるのは当然のことであり、戦争においては防衛する側が強いと言い切り、日本伝統の先制攻撃思想を退けていることからも、この軍事思想を踏まえていることが解る。
この点は賛成する。
先制攻撃思想、突撃思想は国民規模でついついそう考えてしまう、土着思考パターンに根付くものであり、消し去ることはできない。日本で人気のある英雄行為はこのパターンが多い。
追いつめられると、知らず知らずのうちに狭い水路に自らを導いている。
自分に都合のいい情報収集、現実を直視しないというパターンと一体になっている。
ここをシッカリ押さえる。
NHKちょんまげ大河ドラマは、コレでは拙いと戦国の策士黒田某を主人公に据えている。
以下、インタビューの内容に拘らず、自分流の意見をまとめてみる。
しかし、日本流にいう領土問題交渉の糸口は却って見つからなくなった。資源大国ロシアとの関係は日本の戦略的な孤立化状態を本質的に緩和する一つの選択肢であるはずだが、この点についても進展はなく、コレも一時より遠のいた。
それで経済急成長を遂げてきた中国に対する脅威論が台頭し、遂に海域領有権問題が民主党政権時代から急速に浮上し、さらに進展して、海域を巡るリアルな軍事局面が設定されるようになった。
ここで二つの側面を押さえておく。
第一。中国脅威論の背景でもある中国経済の急成長の本質。
第二。コレに対する対策としての日本の中国脅威論の出所と並行する米国の国内事情と東アジア覇権の実態。
第一について。
グローバル資本制の資本の移動の自由による海外産業資本の流入に端を発した中国の急速な経済成長以前の中国は西側資本制社会と別次元の社会システムの実験をやってきて、その間に膨大な経済ロスが生じていたが、資本財資源教育科学ライフラインなど基礎的社会経済環境は整備されていた。
>経済発展の基盤が整っていたのだから、社会システムの実験を中止し、資本関係が軸になるように資本家形成と資本運動を容認する国家資本制を採用すれば、経済成長への離陸は簡単に始まる。
なお、この時期に多くの国有資本財の支配層による私有化が進行した。中国の資本制経済発展は国家資本と導入外国資本の両頭によってキャッチアップし、経済発展と共に前者は中央地方行政と結託した巨大民間企業集団に成長した。
17世紀後半から18世紀後半までの清朝約100年間の総人口の増大は1億人から3億人であり、同時期の江戸時代総人口3千万人~4千万人弱の停滞と様相が大きく違っている。この時点で日本の総人口10倍パターンが定着した。
いろいろな理由が考えられるが、一言でいえば、統治者が対外脅威なく普通に政治をやっていてれば、中国大陸の広大な大地は大きな人口扶養力があるということである。
また、国家と統治者から離間したネットワーク型社会は自足的な経済活動を即す要因となる。
元々社会の構成要素は資本制に適応するものである。
>日本の江戸時代に凝縮されたムラ社会の支配層の政治意思の個人滅却的勤勉と団体代行的自足性も資本制発進、急成長の大きな組織的要素だが、江戸時代の人口停滞を見ると、閉鎖性と分解時の構成員浮遊化の限界が伴っていることがわかる。
>コレは、企業軍隊に吸収され、国民として団子になって、漂流していく傾向を生み、結果的に狭い水路にはまってしまう傾向を生む。
>従って中国と日本の統治システムと基本的社会構造は共通項が少ない。家族形態も直系家族の日本と遺産均等配分傾向の強い中国とは違っている。
しかし、同種系である。
>中国は経済成長し、民主制傾向にあるが、日本では経済低成長のまま金融寡頭支配が進行し、民主制は空洞化し、経済関係は徐々に競合関係から、競争関係に移行するだろう。
>以上から、中国の現状と将来は<帝国の再勃興>と総括できる。当たり前の歴史現象が発生しているだけである。
日本の対中国の現状はコレに対する米国の東アジア覇権をあてにした反発であり、反発それ自体は過去の歴史にも垣間見えたことである。単独行動で無い点は日本敗戦による従属覇権の経済成長とプラザ合意ー日本バブル崩壊ー長期経済停滞と先ごろの東日本大震災=福島原発事故で決定的になったの日本失陥の立場に起因する。
インタビューのなかでアベ、田母神等に核拡散条約脱退、独自核武装の度胸は無い、とした断言に同意する。
NATO軍の様に核のボタンを共有させてくださいと米国にお願いしているのである。
勿論、日本にNATOの構成実体を全く欠いているのだから、
ならば、こうした腰の座らない方向からは米軍世界戦略の下請け雑務、諸軍事行動、局地戦争行為しかでてこない。
せいぜい精一杯、戦争徴発を行って、在日米軍を軍事紛争に引きずり込むのが関の山である。
コレで一番困ることになるのは日本の国民生活と企業活動である。
米国の極東軍事戦略の要は極東軍事基地と第七艦隊を軸とする各国個別分断でハブの立場を維持することである。
その場合、当然、エマニュエルトッドのいうベトナム戦争敗北後一貫して小劇場軍事行動演出のパターン枠内に留まってきたことから、東アジア情勢への軍事行動にもそれが適応される。
その眼目は小国相手に強さを見せることで、半世界覇権状態の維持と、それによる後退する経済への権益の導入である
この地域の軍事行動が演出できる相手の小国は北朝鮮しか存在しないが核を保持していると称しているからうかつに手を出せない。
インタビュー中の朝鮮戦争における米中戦争の実態に言及したのは、的を射ている。
尖閣海域が中国の軍事正面に当たるという発言も同意する。
以前、グーグル航空地図で位置関係を図った。尖閣は中国本土から約200キロの大陸棚の東端である。
与那国、石垣からは130キロにある。
対象そのものの中に限界が潜んでいるのはお互い様である。
それを踏み越えると、軍事衝突が発生する。
米国の動機は自国の財政経済社会状態と中国市場での自国の権益に規定される。
ただ、米国の現実の通商関係は対北米、対欧州の比重が今でも高い。
そこで中国市場から日本企業活動の占有率を政治軍事力を発揮して、後退させていくという道が不可避となる。
自国の特徴である中途半端な軍事覇権権力、電子的人的情報操作を最大限動員して経済優位性を獲得するのが冷戦崩壊後の基本戦略である。
情勢は流動状態、偶発性の部分が強い。
最大の限界知らずは日本であることは、コレまでの事実経過を確認すると明らかである。
政治的経済的意味不明の行動が目立つ。この方向は改まらないだろう。
後者に妥協する社会勢力の特定がし辛い。前者の社会主義基本権を巡る戦いは解るがそれとの比較で後者の第九条を巡る経過を政治言語として抽象化できない。
>日米両軍の北から南への戦略的重心の大転換の大きな流れが、現状のリアルな軍事局面、演出の一方の大要因である。
他方の中国側にとって尖閣は、独裁政権を維持するための排外主義国民統合の方便としても利用できるが積極的要素になりづらい側面がある。理由は中国人民の底辺から沸き起こる、民族主義を過剰に刺激すると、反政府の不平不満と結合する。支配層がコントロールできない要素が潜在するのが日本の排外主義との最大の違いである。
日本側のこの点に関する要因は金融寡頭支配の急速進行を排外主義によって誤魔化すためであり本質的に同じ次元である。
国家や民族の枠を超えた基本視座の経済基盤は既に明らかにした。