反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

第3回、レーニン「帝国主義論」~★ 五 資本家団体のあいだでの世界の分割~

       ★  五 資本家団体のあいだでの世界の分割

再分割の試みの、再分割のための闘争の、教訓に富んだ実例を、石油産業がしめしている。
 ヤイデルスは一九〇五年につぎのように書いた。「世界の石油市場はいまでもなお二つの大きな金融グループのあいだで、すなわち、アメリカのロックフェラーの『石油トラスト』の(Standard Oil C-y

ロシアのバクー石油の支配者であるロスチャルドおよびノーベルとのあいだで、分割されている。
 
 この二つのグループはたがいに密接な関係に立っているが、それらの独占的地位はすでにこの数年来五つの敵によって脅かされている」。すなわち、(一)アメリカ油田の枯渇、(二)バクーのマンタショーフ商会の競争、(三)オーストリアの油田、(四)ルーマニアの油田、(五)海外の油田、とくにオランダ植民地の油田(きわめて富裕なサミュエル商会とシェル商会、これらはまたイギリス資本と結びついている)がそれである。
最後の三つの企業群は、巨大な「ドィッチェ・バンク」を筆頭とするドイツの大銀行と結びついている
これらの銀行は、「自分の」足場を得るために、たとえばルーマニアで石油産業を自主的に計画的に発展させた。ルーマニアの石油産業には一九〇七年に外国資本が一億八五〇〇万フランあり、そのうちドイツ資本は七四〇〇万フランと見つもられていた。
われわれはここで、金融資本の時代には私的独占と国家的独占とが一つに絡みあっていること、両者とも実際には、世界の分割のための最大の独占者たちのあいだの帝国主義的闘争の個々の環にすぎないことを、はっきり見るのであるもちろん、
ここで問題になるのはドイツ・ブルジョアジーではなく、全世界のブルジョアジーである。
資本家たちが世界を分割するのは、彼らに特別に悪意があるからではなく、集積の到達した段階が利潤獲得のために彼らをいやおうなくこの道に立たせるからである。そのさい、彼らは世界を「資本に応じて」、「力に応じて」分割する、――商品生産と資本主義の体制のもとでは、これ以外の分割方法はありえない。
>ところで、力は経済的および政治的発展に応じて変化する。
いま起こっていることを理解するためには
そして、これが「純粋に」経済的な変化であるか、それとも経済外的な(たとえば軍事的な)変化であるかという問題は、第二義的な問題であって、資本主義の最新の時代にたいする基本的見解をすこしも変えることはできない。

資本家団体のあいだの闘争と協約の内容の問題を、闘争と協約の形態の問題(きょうは平和的で、あすは非平和的で、あさってもまた非平和的である、というような)にすりかえることは、詭弁家の役割に身をおとすことを意味する。
 

 
 最新の資本主義の時代はわれわれにつぎのことをしめしている。
すなわち、資本家団体のあいだに世界の経済的分割を基礎として一定の関係が形成されつつあり、そしてこれとならんで、これと関連して、政治的団体のあいだに、諸国家のあいだに、世界の領土的分割を基礎とし、植民地のための闘争、「経済的領土のための闘争」を基礎として、一定の関係が形成されつつある、ということである。

W。参考資料 引用 島田雅彦徒然草inUSA』新潮新書2009年発行
上記の覚めた基本視座から、現状のウクライナを見渡す必要がある。
「力は経済的および政治的発展に応じて変化する。
いま起こっていることを理解するためには
そして、これが「純粋に」経済的な変化であるか、それとも経済外的な(たとえば軍事的な)変化であるかという問題は、第二義的な問題であって、資本主義の最新の時代にたいする基本的見解をすこしも変えることはできない。
資本家団体のあいだの闘争と協約の内容の問題を、闘争と協約の形態の問題きょうは平和的で、あすは非平和的で、あさってもまた非平和的である、というようなにすりかえることは、詭弁家の役割に身をおとすことを意味する。」
 
 
「ロシアの場合は、ソ連崩壊直後、エリツィン時代に未曾有の経済危機に陥った。 
>連邦崩壊時、イギリス人資本家が暗躍し、続々と出現していた新興企業の株を買収し、その会社の株価を吊り上げて一気に大金持ちになるという新興財閥をたくさん生みだした。
その新興財閥を背後から操るという形で、イギリスはロシアの資本主義の陰の人形遣い、支配者になろうとした。W。背後で操るロスチャイルド。ロシア人の国営企業の私物化。
エリツィンは裏で糸を引く、アングロサクソンの陰謀に気付き(W。レーニン帝国主義論」を読むと、陰謀でも何でもなく、国際金融資本の普通の振る舞いにしか思えない)
 イギリスに買われてしまう前にロシアの企業をもう一度ロシアのものにしようと動き出してKGB出身だったプーチンに権力を禅譲し、イギリスの息のかかったロシアの独占資本を国有化するという方法に打って出た。
 
(W。ゴルバチョフエリツィンソ連共産党官僚支配の中央の国家権力の問題を政治の中心課題に据えきれない政治的的退廃の象徴。時代遅れも甚だしい社会民主主義化といえる。
中国でもやがて同じ現象が発生する。
国家財産の私物化の独占の再度の国家独占への回帰となるが、この政治過程をたどった中にロシア資本主義のぜい弱性があり、再びそのぜい弱性を強襲されていると、するのが当たり前の見方。ウクライナで発生していることはその余波である。
さらにまた、ソ連圏が急速に崩壊した他の東欧諸国では、国有財産の私物化がまかり通って、そのまま今日に至っている、と見た方が正解だ。彼らに資金を提供し、背後で操ったのは国際金融資本である。)
 
国営企業が私企業に買収されていく中で、ロシアの富を外国から取り戻すために、イギリスと結託した新興財閥の主を逮捕し、追放したわけだ。W。コレ、強さでなく、ファンダメンタルズの弱さの象徴。
ウクライナの収奪者は、追放しきれなかった。
かなり強引なやり方ではあったが、亡国の息の個々利戦術としては見習うべきところもある。
 プーチンもメドヴェージェフも、ガスプロムという天然ガスの会社の会長と社長だった。
ロシアは、再国有化した巨大企業の会長、社長を大統領に首相にしているだけで、
つまり、高度な独占資本主義が国家独占資本主義に移行していくという、マルクスが予測した展開をまた繰り返しているわけだ。

   ★六 列強のあいだでの世界の分割
この時期の特徴は地球の最後的分割である、といわなくてはならない。もっともここに最後的というのは、再分割が不可能だという意味ではなく――それどころか、再分割は可能だし、不可避である――、資本主義諸国の植民政策がわが地球上の未占取の土地の略取を完了した、という意味である。世界ははじめて分割されつくした。だから今後きたるべきものは再分割だけである。すなわち、無主の状態から「所有主」への移転ではなくて、ある「所有者」から他の「所有者」への移転である。
 
 イギリスにとっては、植民地略取が大いに強まった時期は一八六〇一八八〇年の諸年のことで、一九世紀の最後の二〇年間もそれが非常に顕著だった時期である。
 フランスとドイツにとっては、それはまさにこの二〇年間のことである。
われわれがさきに見たとおり、独占以前の資本主義、自由競争の支配していた資本主義の発展が絶頂に達した時期は、一八六〇年代と一ハ七〇年代である。
われわれはいまや、まさにこの時期のあとで植民地略取のおそるべき「高揚」がはじまり、世界の領土的分割のための闘争が極度に激化したことを見るのである。
 したがって、独占資本主義の段階への、金融資本への資本主義の移行が、世界の分割のための闘争の激化と結びついているという事実は、疑うべくもない。
イギリスで自由競争が最も繁栄した時代、一八四〇一八六〇年代には、この国の指導的なブルジョア政治家たちは植民政策に反対であって、植民地の解放、イギリスからの植民地の完全な分離を、不可避で有益なことと考えていた。M・ベアは一八九八年に発表した『現代イギリス帝国主義』という論文のなかで、ディスレイリのような、一般的にいえば帝国主義的な傾向のイギリス政治家が、「植民地はわれわれの首にかけられた石うすだ」、といったことを指摘している。
 だが一九世紀の末には、イギリスにおける時代の英雄は、公然と帝国主義を唱道して最大のあつかましさで帝国主義的政策を実行したセシル・ローズやジョセフ・チェンバレンであった!最新の帝国主義のいわば純粋に経済的な根底と社会=政治的根底との結びつきが、そのころすでにイギリス・ブルジョアジーのこれらの指導的政治家たちにとってはっきりしていたことは、興味ないことではない。
チェンバレンは、イギリスがいまや世界市場でドイツ、アメリカ、ベルギーから受けている競争をとくに指摘して、帝国主義を「真実の、賢明な、経済的な政策」として唱道した。
救いは独占にある――資本家たちはこういって、カルテルやシンジケートやトラストをつくった。
救いは独占にある――ブルジョアジーの政治的首領たちはおうむがえしにこういって、世界のまだ分割されていない部分の略取をいそいだ。
セシル・ローズは、彼の親友の新聞記者ステッドが語ったところによれば、一八九五年に自分の帝国主義的思想についてステッドにつぎのように言った。「私はきのうロンドンのイースト・エンド(労働者街)にゆき、失業者たちの集会をおとずれた。そしてそこで、パンを、パンを、という叫びだけの荒っぽい演説を聞き、家にかえる途中でそのときの光景をよく考えてみたとき、私はいままでよりもっと帝国主義の重要性を確信するようになった。・・・・胸に秘めた私の理想は社会問題の解決である。すなわち、連合王国の四〇〇〇万の住民を血なまぐさい内乱から救うためには、われわれ植民政治家は、過剰人口を住まわせ、工場や鉱山で生産される商品の新しい販路を得るための、新しい土地を手に入れなければならない。私がいつも言っているように、帝国とは胃の腑の問題である。
もし内乱を欲しないならば、諸君は帝国主義者にならなければならない」。
百万長者、金融王、そしてボーア戦争の張本人であるセシル・ローズは、一八九五年にこのように言った。ところが、彼の帝国主義擁護はやや荒っぽくてあつかましいというだけで、本質的には、マスロフ、ジュデクム、ポトレソフ、ダーヴィドやロシア・マルクス主義創始者、その他等々の諸氏の「理論」と違いはない。
セシル・ローズはすこしばかりより正直な社会排外主義者だったのである。
 
W。以下、古い!
 われわれはここに、一九世紀と二〇世紀との境目で世界の分割が「完了」したことをはっきり見る。
三つの強国は一八七六年にはすこしも植民地をもっておらず、第四の強国フランスもほとんどもっていなかった。
 だが一九一四年までに、これらの強国は一四一〇万平方キロメートルの面積の植民地を獲得していた。これはヨーロッパの面積のほぼ一倍半であって、その人口はほとんど一億人になる。
植民地領土の拡大における不均等は非常に大きい
たとえばフランスとドイツと日本を比較すると、これらは面積と人口の点であまり違わないのに、フランスは、ドイツと日本をあわせたもののほとんど三倍(面積の点で)の植民地を獲得したことがわかる。
だが金融資本の規模の点では、フランスはこの時期の初めのころには、おそらく、ドイツと日本をあわせたよりもこれまた何倍も富裕であった植民地領土の規模には、純経済的な条件のほかに、それを基礎にして、地理的な条件その他が影響をおよぼす。
 
 
 最近数十年のあいだに、大工業や交易や金融資本の圧迫のもとで、世界の平準化、さまざまな国における経済条件や生活条件の平均化がどんなにいちじるしくすすんだとしても、それでもやはり少なからぬ相違が残っているのであって、
上記の六ヵ国のなかにも、われわれは、
一方では異常に急速に進歩しつつある若い資本主義諸国(アメリカ、ドイツ、日本)を見るかとおもうと、
他方では、近年前記の諸国よりも進歩がはるかにゆっくりしていた、資本主義的発展の古い国々(フランス、イギリス)を見るし、
第三には、経済の点で最も立ちおくれた国(ロシア)を見る。
ここでは、最新の資本主義的帝国主義が、いわば、前資本主義的諸関係のとくに細かな網の目でおおわれている。