反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

垂直的再分配の制度を確立できなかったことが、職種、業種、地域間の水平利益配分を官僚と取り仕切る自民党長期政権と野党勢力のとんでもない政党の離合集散、有権者の浮遊化をもたらしている

 司は司で、各々は各々で、持ち場と云うものがある。やるべきこと、できることをやっていく。
シューシュポスにはシューシュポスの戦い方と解脱があるが、(地上の世界だけしかない)生身の人間的物質に与えられた時間は限られている。
 
さあ飛べここがロドス島だ!
「ここが、ロードス島だ、さあここで飛べ」とは、何を言っているのでしょうか? YAHOO知恵袋
さあ飛べここがロドス島だ! 大津留公彦のブログ2
ここがロドス島だ、ここで跳べ! 『資本論』 
http://f-mirai.at.webry.info/200902/article_2.html「日記」では電通の役割を書いたときにこの<飛躍>を使った。
 
かなり大袈裟すぎるが、福島原発事故後の集会の講演(動画)で、宮台真司が印象深いことを云っていた。
福島原発事故に衝撃を受けた人は一端は跳躍する。しかし、その後の着地点が、いつもの場所ではどうにもならない。
 
W。その時の衝撃は薄れ、いつしか前の日常性に回帰したとしたら、政治的立ち位置は後退している。
 
 2009年政権交代から、今日までの6年間が、ショックドクトリンなのかどうか確定できないが、確かに着地点足るべき付加体列島の地盤のずれ込み様は激しすぎる。「大天災」に乗じて意図的に作られた人災のにおいがする。
 
 確かに2011年、3,11を契機に、日米支配層の動きはあわただしくなった。民主党政権下の突然のTPP「開国論」を経て、二つの総選挙の結果を受けて、今日の安保法制事態を迎えている。
戦後史に、こういう時期はあったのだろうか?
朝鮮戦争 - Wikipedia以来なのか。
わたしが生きてきた間にこのような凝縮された政治経済の激変を含んだ時期はなかった。コレで、在りえない東アジの戦争の火ぶたが切られるとしたら、一通りのことを全部体験したことになる。

 金子勝著「市場」1999年 岩波書店発行 の気になるところを引用する必要がある。
発行年次1999年に注目。16年前だ。
 
タブを張り付けたWの一連の問題意識の結論部分を引用する。それまでの日本的会社のありようを共同体、中間組織とした金子の論理の到達視点というか、2000年代に向けてのソレらの予想である。
 
グローバルスタンダードと云う名のアメリカンスタンダードによって、こうした企業社会と云う中間組織の持つ「共同体」的性格の『解体」の埋め合わせるために、
>今度はナショナリズムはやってくる。(W。小泉内閣 - Wikipedia 2001年4月26日~森喜朗の後任として自由民主党総裁に選出され、2001年(平成13年)4月に内閣総理大臣に就任した。←この流れの中で『>今度はナショナリズムはやってくる』と云いきっているのはさすがだ!学者はこうでなくちゃ)」
 
「問題はそれだけではない。
市場は家族や共同体に対して絶えず『解体』する圧力を加えるが、『自立性』の要求を満たす『マイホーム』も内実の『解体』が進む。」
「育児、高齢者介護などの労働の領域も市場に押し出されてくる。」
「そして人間の死さえも市場で取引されるようになる。」

W。以下は単純人間は、なんとなくわかったような気になる。
「ともあれこうした状況を打開していくには、近代的人間の分裂と云う問題を正面に据えて社会的文脈を読み取る努力が求められてくる。」
 
 金子はこの著書の<はじめに>、Wのような単純粗暴な人間に説明してくれている。
「近代的人間の分裂を平たく表現すると『一人で自立していきたい』と思うけれども。人は『一人では生きてゆけない』
「いつも人間は、その間で揺れながら何かを選択せざる得ない」
「しかもバブル経済とその破たん以降、その分裂は次第に行き場を失い始めている。」
「暴走する市場に社会が振り回されるようになった。」
「更にミクロのレベルでも、バブル経済の圧倒的勢いの前に、人々はつながりと共同性を失って砂のようになっていった。(W。今は浜の真砂ではなく、地上10メートルを漂う自由電子化している加藤紘一、テロルの真犯人より)」
ひとりで生きていけない』と云う近代的人間の分裂は人一人では処理できないほど大きくなってきた。←W。政治共同幻想I、IT技術、メディアによるバーチャルリアリティに回収されやすくなった、と解釈する」

時間不足により、Wの核心的問題意識にふれる個所を今回は引用する。
 
      <日本による制度の構造>
「前述したような自立性と共同性の在り方は(W。この第2章のテーマは企業社会における『共同性』の内実~欧米との比較で日本企業の在り方の特殊性を描き出しているが、現状はシェア拡大ではなく、利潤高最優先に大幅に変化している。)
 
日本戦後福祉国家体制(W。福祉元年宣言は1972年と遅すぎる)と政治体制に特異な性格を付与した。
>日本の政治状況の特徴は、社会民主主義が未形成なままニューライト的な市場原理主義が闊歩すると云う点にある。(W。この論法は前回の記事で使ったが、ないものねだりである。その時代は前の時代の事物の中からしか発展しない。)
 
W。従って下記の社会党批判は事実であっても真実ではない。結果解釈論、後だしじゃんけんではなく、実践的な立場からの意見がほしい。このような55年体制は、庶民の戦う力を上位に吸収し、弱める作用しか果たさなかったのが現実の政治過程であったしかし、社会党解体~社民党縮小、民主党合流、社会党ー民同(総評解散→連動結成の際に民同左派幹部は排除)の脆さをついているのも事実。
 
「その源流は、自民党1対社会党1/2で安定した55年体制である。
社会党は明らかに社会民主主義政党ではなく、性格的には戦前、戦争に対する反省を基盤とした平和主義政党であった。

W。キチンとした歴史的経過を踏まえていない。→敗戦時、労働運動の主導権は共産党系の産別会議が握っていた。産別会議の基本方針は一応、金子の云う『横断的労働組合規制を各産業別に行おうとしていた産業別の横断組合である。
 1950年の朝鮮戦争直前の12000名に及ぶレッドパージによって、共産党幹部、共産党系組合幹部、中心的活動家は公職追放され、産別会議は壊滅したが、それに変わって「教え子を戦場に再び送り出すな!」のスローガンに代表される労働戦線の民主化同盟が台頭し、コレを核に総評が結成され、賃金闘争を軸とする戦闘的組合主義運動に発展する。ニワトリがアヒルになったと例えられる。
 
>その場合、GHQ統治下の産別会議の解体→反共産党民主化同盟結成と云うリアル政治過程から金子の云うような、各産業別の資本に対して横断的労働規制ができる体制を整えるのは事実上不可能であった
ドッジ・ライン - Wikipediaから朝鮮特需によって日本資本主義の戦前1935年の最高値回復=経営側の力強化と云うリアルな政治過程の中で、民同が主導権を握った組合を産別組合に改組する条件はなかった。また民同右派はアメリカと資本に従順な民同右派はそのような動きがあれば、けん制する。
従って、金子はヨーロッパ型社民やアメリカの一部組合運動民主党ルーズベルトニューディール連合の一部を形成し強化された)の定形で持って、日本の事情を無視して批判している。
 
>ココにできた日本の福祉国家体制(W。そんなものがあったのかどうかも議論の対象になる)は西欧諸国の福祉国家体制とは似て非なるものとなった。(W。日本の戦前戦後の歴史の継承性を踏まえていない。突然、西欧的な福祉国家体制が出現するはずがない。歴史的過去になかったものが、突如出現するわけがない。だから将来のために、今の戦いを大切にする。多数派が正しいとは限らない)
 
まず第一に横断的労働市場を基盤とした労働組合、労働者階級の存在を背景に、社会民主主義政党を一つに担い手としてコーポラティズムが政治のルールとはならなかった。←典型はスカンジナビア諸国。しかし、自民党1VS社会党1/2の資本と労働の力関係では、立法府国会の制度確立の条件は厳しく、どうしても企業別組合と賃金闘争に終始する。GDPの伸びが大きい時代は拡大するパイから労働側にもそれなりのパイが切り分けられた=大企業。自社体制も日本的コーポラティズムとみなすことができる日本資本主義の高度経済成長の裏面で支えた政治構造である。
 
結局、こうした労使構造、と1自民党対1/2社会党の力関係は何をもたらしたかと云えば、政府の再分配は各産業別職、各種別の横への分配(業界団体への分配)になり、それは自民党の利権、利害調整の政治による1自民党VS1/2社会党の政治地図の再生産をもたらした。
 
1/2社会党は上下の分配である社会保障、福祉制度の充実を要求できるだけの政治力はなかった、とも云えるが、明らかに中途半端な社会主義イデオロギー、戦闘的労働組合主義に立てこもり過ぎていた
労働官僚中心の政治(ダラ幹)であり、内部が空洞化していた。社会党直轄の若い活動家は国会の獲得席数に比べて、あまりにも少なすぎたし、戦闘力も乏しかった。高度経済成長の中で社会党ー民同のかつての戦闘力はなくなって云った。
その原因には間違いなく公式論的理論の問題があった。
 
なお、国地方の大赤字財源枯渇により、この方法による自民党の政治支配の力は弱まったが、なお根強いものがある。アベノミクスの3本のやの一つは機動的W?財政政策である

  金子勝
「第二に、西洋福祉国家階級観、階層間の格差是正(垂直的平等)を追求してきたのに対して、日本では、事実上、「福祉国家」的平等の論理が、職種間、地域間、の格差是正水平的平等に読み替えられてきた
実際に1960年安保闘争に至るまで、厳しい労使対立が生じていたが、労使関係を軸とした所得の垂直再分配(W?経済闘争では無理)は、戦後福祉国家体制の中心原理とはならなかった。
 
そもそも日本は、個人が熟練を所有する制度がぜい弱であり、社会民主主義政党の存在基盤自体が小さいからである。
結局、日本における平等化の意味は職種間、職業間の格差是正に読み替えられてきた。
 
すなわち
池田内閣は既に存在するパイの再分配よりはパイの拡大を第一義的に追、そのうえで経済効率よく所得の増大する成長部門からパイを吸い上げてて、そのパイを経済効率の悪い中小企業、自営業、農業(あるはこれらの業種の多い地域)再配分することによって「平等化」を達成しようとしてきた。」
 
しかもこのような利益配分政策措置は一端制度化すると、既得権化し、他の業種、や地域も同様の利益配分措置を求めて、水平的競争を繰り広げる。
つまり、職種間、地域間の格差是正を目指した平等政策は、絶えず『ねたみ』=不平等感を再生産するため、悪平等的利益配分が続いて制度のゆがみを高進させていくことになる。
ソレが『横並び』と称される現象の本質である。」
 
「第三に。
日本の住宅、土地政策は、持ち家取得の『自助努力』を促進する税制と政策金融に重点が置かれてきた。
この限りのおいて、日本は戦後から一貫してサッチャー流の資産所有民主主義の政策を取ってきた。
 
適切な公営住宅や民間賃貸し住宅の供給が限定されている以上、会社社会から遮断された『私的空間』を確保するには、持ち家取得以外に選択肢は限られている。
また、地価上昇が絶えず物価上昇を上回っている状況下では、老後に持ち家がなければ、年金のかなりの部分が家賃に消えてしまう。
 
日本の戦後福祉国家体制が『資産所有民主主義』の政策を一貫して追求してきた結果である。」

W。水兵平等の言葉の響きは良いが、今日の政治に大変な悪影響をもたらしている。
つまり、垂直的再分配の制度を確立できなかったことが、職種、業種、地域間の水平利益配分を実務を担う官僚組織とのタッグで取り仕切る自民党長期政権に対する
野党勢力のとんでもない政党の離合集散、有権者の浮遊化をもたらしている。
 
>垂直的再分配の制度の塩梅は、有権者の政治選択の基準(諸個人の実利による選択)になるので、政党渡り歩きの様は現象は少なくなる。言い換えると、政治側の政党を作ったり壊したりも通用しなくなる。つまり、実利の問題で有権者は政治判断を下す。判断基準は垂直的再分配の制度の維持と改変という具体的実利である。
抽象的な大風呂敷を広げても、通用しない。
日本は1/2社会党に時代でさえ、実利的判断の度合いが少なかったから(賃上げはせいぜい春闘止まりで政治課題ではない)、今となっては、判断基準を喪失し、自らの首を絞める、食えないイデオロギーや政策の宣伝扇動に誘引されている。