反俗日記

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「静かなる男 」モーリン・オハラについて。You Tube動画①ウェイン、オハラ、インタビュー、②静かなる男55分、③怒りの葡萄全編、/司馬遼太郎アイルランド紀行より「静かなる男」映画評論。

静かなる男 - Wikipedia 原題:The Quiet Man 1952年に公開
出演者 

This is Your Life: Maureen O'Hara   21分
視聴回数 218,523 回
2011/04/25 にアップロード
March 27, 1957 Ralph Edwards surprises actress Maureen O'Hara at the Academy Awards ceremony.
  <コメント>
The original Irish lass is now heaven's lass, and very well deserved...r.i. eternal p...you did good.

「本名:. モーリン・フィッツシモンズ. モーリンオハラ.
愛称:. テクニカラーの女王. 職業:. 俳優. 生年:. 1920年8月17日. 出身国:.
アイルランド. 出身地:. ダブリン <写真 転載 徒然なか話
イメージ 15人兄弟の次女として生まれ、ダブリンでサッカー・チームを持っていた父親の影響でサッカーや木登り、地元のスポーツに励む腕白な子供時代を送っていたが、 6歳の頃から演技に興味を持ち始め、時折隣人を招いて兄弟と共に裏庭演劇会を開いていた。彼女の演技と歌に関する興味は衰えることがなく、母親は彼女を発声法の教室に通わせ、14歳の時には地元の演劇コンテストで優勝。同年にはアイルランドの劇団アビー・シアターに入団し、舞台俳優としての成功を目指す彼女はアビーでプロとしての演技レッスンを受け、劇団が主宰する様々な舞台に出演して高い評価。
彼女の演技に注目した俳優のチャールズ・ロートンは、アルフレッド・ヒッチコック監督の『岩窟の野獣』(39)の相手役に抜擢。名前がフィッツシモンズでは長すぎるため、ロートンと製作者のエリック・ポマーは彼女にオハラという芸名を与えた。
 
同じアイルランド出身の監督ジョン・フォードアカデミー賞に輝いた文芸大作『わが谷は緑なりき』(41)に出演。この映画の出演がきっかけでフォードと意気投合した彼女は、以後も4本の映画でフォードと組んで彼が理想とする芯の強い女性を演じた 20代で早くもハリウッドでスターとしての地位を確立した彼女の元には出演依頼が殺到。
の名作『三十四丁目の奇蹟』では、自分のもとに現われた老人を本物のサンタだと信じるようになるキャリア・ウーマンを好演。 50年のフォード監督のウェスタン『リオ・グランデの砦』ではフォードのもう一人のお気に入り俳優ジョン・ウェインと共演。
 
共にパワフルで長身のオハラにも引けをとらないウェインとのコンビは観客から絶大な人気を博し、二人の相性のよさに気を良くしたフォードは14年かけて映画化が実現した『静かなる男』でも二人を起用
フォードとオハラの母国アイルランドでロケを行ったこの映画では、彼女は1分で90語打てるタイプ力や速記といった秘書教室で身につけたスキルを生かして、俳優としてだけでなくフォードの個人的な秘書としても活躍した。アイルランド大自然を舞台に心に傷を負った男女の恋愛をコミカルに描いた『静かなる男』はスタジオの予想に反して大ヒットを記録。
ヘンリー・フォンダと子だくさんの夫婦を演じたファミリー・ドラマ『スペンサーの山』(63) など60年代も精力的に活動。
 
引退後はバージン諸島に移り住み、夫と共にカリブ海で運行する航空会社アンチル・エアボート社の運営や雑誌『The Virgin Islander』を創刊し、雑誌ではコラムニストとしても活躍。ブレアとの幸せな生活は、78年に起ったブレアの乗った飛行機の墜落事故によって終わりを告げ、夫が遺産として残したアンチル・エアボート社の所有権と経営を引き継いだオハラは女性初の定期航空会社の最高責任者となった。
 

              You Tube 動画> 
The Quiet Man 1952   静かなる男 約55分 この動画が一番長いが、動画縮小版にされていない。
 
John Wayne And Maureen O'Hara - Interview  ジョン、ウェイン。モーリンオハラ、インタビュー 貴重な動画
 <コメント>
oh my , she was gorgeous!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
 
The Quiet Man Film Locations and Memories.
https://www.youtube.com/watch?v=FV6KJh940J8 ゴールウェイ地方のロケ現場と回想 約55分
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ジョンフォード監督の名作「怒りの葡萄」  原作ジョンスタインベック ノーカット版 約2時間11分
The Grapes of Wrath 1940 full movie 
 
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ジョンフォード監督 1935年作品  男の敵 - Wikipedia
「ユダは後悔した―
そして30枚の銀貨を捨てて死んだ―」
Le mouchard (The informer)1935 .flv  情報提供者、密告者 フランス語でアップ 一番詳しい動画。
「ジポがその場で処刑されるのはひとまず避けられたが、すぐ間もなく処刑されるという直前になってジポは牢から脱出する。そして、彼が逃れ逃れに行き着いた先は、恋人ケイティのところだった。
彼が安心してまもなく眠ったのを見て、ケイティはダン~~独立をめざす組織の隊長、ダン・ギャラガー~のもとへ向かう…。」←W。リメイク作品で、原作があるというが、結末はどうなっているのだろうか?もし、ジョンフォードがこのシーン付け加えたとしたら、彼は政治軍事の闇の中でのヒトの心の動きをリアルに把握していた、と。「怒りの葡萄」もシビアーな作品である。
  
    <転載>
壺齋散人の 映画探検  http://movie.hix05.com/US1/ford05.quiet.html 
イメージ 2イメージ 3
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Connemara 周遊 
開催日
2001.08.25(土) - 2001.08.27 (月) http://geopottering.com/world/0111Ireland/4
参加者サリーナ/サイダー
静かなる男の石橋
この地方、映画、ジョン・フォード監督『静かなる男』のロケ地となったことでも有名。 しばらく走ると“The Quiet man” Bridge の標識が。 これはいかなくちゃ、と映画好きのサリーナ。
ダートをしばらく走ると、『あった!』 小さな石の橋。 きれいな小川がその下を流れている。」
 

           司馬遼太郎全集61「街道を行く」十~アイルランド紀行
   『静かなる男』 P183より抜粋引用 開始
「映画の話をしたい。
ゴールウェイの町を歩いていて、歩と美との姿をみると、ついそのような気になる。
 特にジョンフォード監督の『静かなる男』はこのあたりの村が舞台になっているのである。
 
 町に着いた翌朝、商店の多い街並みを散歩していると、如何にも老舗らしい衣料品店があった。
入ってみるとこのあたりの特産であるアラン織りhttp://www.tkji.com/sweater/cargo/ie_00.htmlのスウェーターを売っていたので浅井氏がさっそく買い、その場で着こんだ。
元々、ゴールウェイの町の沖に浮かぶアラン島~ジョンフォードの母方はアラン島出身~の漁師がきていた~真冬の大西洋に小舟で出ていく漁師が寒気を防ぐためのものだから、如何にも暖かそうだ。
 『汗ばむほどです』
 おそらくしゃれのつもり出だろう。コレは噺だが、、英国人が風邪をひくと、手を尽くして発汗するように心がける。『汗をかく(sweat)衣類』というところからsweater
という言葉ができたと昔聴いたが、ともかくアラン織りは風邪気味のときにはよさそうである。
 その商品もほとんどが白っぽい羊毛色で、太い毛糸を縄のように編んで、模様をつくる。W。参照。
模様は、アラン島の漁師の家々によって違っており、ソレは水死したとき、たれだという事が解るように、そうしてあるのだといわれている。
 
 その店に、ジョンフォードが『静かなる男』を撮ったときの記念撮影の写真が、額に入れて飾られている。
『この店に、彼等がよったんですか』
と中年の女主人に聴くと、そうです、私はまだ小さくて彼等が何者か知らなかったんです、といった。
 
 ジョンフォードが、モノを作るための自己証明(アイデンティティをつかむため、若いころ、自分の家系の故郷であるアイルランドを訪ねた、という事はすでにふれた。
最初にこの地を訪ねてから30年後にとる『静かなる男』であった。
 
 ジョンウエインが演ずる役の名前は、
『ショーン』
というアイルランドに多い名前である。姓はソーントン。この姓もアイルランドに少なくない。
 
 ショーンの性格は、アイリッシュの典型として作られている。
例えば家庭を持ちたいという願望を濃厚に持ちながら、つい家庭という体温と等温の世界からはじき出されてしまう男。
あるいは家庭だけでなく、妥協やら協調やらを必要とする社会とはうまくやって行けず、ついそこから外れるか、自分自身をはずしてしまう性格である。
 
 かといって反社会的ではない。そのことはニューヨークの警察官にアイルランド系が圧倒的に多いことでもわかる。アイルランド人の諸典型から反社会性というのを引き出しにくいようである
 といって、社会の中に溶け込んで、社会という巨大な精密機械の一つの歯車としての能力を発揮するのは、普通できていない。
 
 この点では英国人や、アメリカにおけるワスプのお得意芸であって、アイリッシュカトリックのもっとも不得意とするところである。
つまり反社会的ではないが、どこか社会となじまない。主人公のショーンもそのように設定されている。
 アメリカ社会においてアイルランド人がその性格と才能のままうまくやってゆける職業は、画家、詩人、作家、映画監督、俳優、スポーツマン、医師、弁護士、といったいわば一人仕事で、ときにーーコレは冗談半分だがーー大統領(ケネディレーガン)も加えて良い。
 
 主人公のショーンはプロボクサーだった。
その親友をリングで殺してしまう羽目になり、その衝撃からボクサーを止め、帰農しべく両親の故郷であるアイルランドの村に帰る、といのが設定である。
 ショーンは、亡き両親から聴いていた記憶のままその村の停車場に降り立つ。底から映画は始まる。
 
 私は昔この映画を見たとき、この映画からアイルランド的な性格群をくみ取る能力がなかったが、今度帰国してからビデオカセットでもう一度見たとき、様々な典型の博覧会のような映画だった。
 
 アイルランド人の途方もない<依怙地>さ、信じがたいほどの独り想いこみ、底抜けのヒトの良さ、無意味な喧嘩好きと口論好き、ソレに瑣末なことでも自己の不敗を信じる超人的な負けず嫌い、ソレに信心深いカトリック教徒でありながら迷信をとびきり好み、そのくせ村の神父に子羊のように服従している素朴さ、更に神父側から云えば、年中ムラの頑固者同士のけんかの調停に走り回らねばならない多忙さなど、ソレらの破片を一つづつ人格化してゆくだけでジョンフォードならずとも自然に映画ができるのではないかと思えるほどである。
 
 もっとも大急ぎで注釈を託さねばならないが、アイルランドが変人奇人とわからずやに満ちているというわけではない。
 ダブリン大学で有機化学の教授を20年勤めておられる塩田哲博士とその夫人淑子さんが
『この国には、神様に近いのではないかと思われるヒトがいます』
 とこもごも話されたのを思い出すのである。愛と善意において、水晶のように透き通った人がいるという。カトリックの伝統によるものか、固有のものなのかどうかわからないが、例えば淑子夫人が、大病をされたときに、ご主人の同僚の教授が懸命に神に祈り続けて切れた、という事を感動を込めて話された。
 
 元プロボクサーショーンが停車場に降り立って、プラットフォームにいたヒトに、自分が戻るべき村の名前を告げ、どのように行くべきか尋ねる。
 そこからアイルランド的騒ぎが起こる。乗客、駅員、車掌、見送りの人、更には機関士で降りてきての大議論で、このため列車が出ない。
 ショーンが唖然としていると、一人の老人が足元に置いてあったトランクを黙って持ち去ってしまった。
ショーンが驚いて構外まで追っかけると、老人はもう自分の乗合馬車の御者台に乗っていて、トランクを後部座席に放り込んでいた。
 『乗りな』
この老人の役柄が透き通った善人(アイルランド的思い込みが強すぎるという難があるが)といった性格で全編を通じて狂言回して活躍する。
    
     <次回に続く>