阪神・藤浪 再昇格へ快投みせる 2日に2軍・広島戦先発「やるべきことをやるだけ」 9/2(日) 9:00配信
高いセットポジションから投球動作に入る藤波
なぜ?こういうバランスの悪いとんでもない投球フォームになってしまったのか。
かわいそうで見ていられない。
異常な変則型フォームである!
<阪神2軍コーチ>はコーチ初体験者。
藤波は、素人コーチよりも、開眼するまでフォーム改造を繰り返し、苦しんだ藤川球児が教えてもらった方が良いのではないか!
阪神2軍コーチプロフィール
W。広島カープ指導者人脈から外れた人物。
成り行きでそうなったのではなく、
>カープ球団首脳から、金本と同じく指導者としての期待値低く、除外された人と見る。
金本全権監督によって、阪神2軍でコーチ初体験。よい人との風評があるが指導技術は未知数。
現役時代の福原はパワー(金本以上の握力背筋力、前屈津などの体の柔軟性のテスト結果は阪神随一。
最後まで力の投球を貫いたが、投球術、精神力に疑問符が付きまとった。パワーが衰えると即引退。このヒトもよい人。金本人脈。
ヒトを教える立場に立ってはいけない人、コーチにふさわしくない人物と思っていたWはこのヒトがなんでコーチに就任するのか疑問だった。
さすが全権監督2軍まで好き放題人事をする。
ロッテコーチに転身した今岡誠の解説は聞いていても、凡庸極まりない金本と違って、歯切れがよく内容もなるほど、ということが多くたのしみだった。
藤波投手の前回最後の1軍登板では、
四球を連発した挙句、マウンドから、ホームベースにアーチェリーの弓を引くような動作をして投球動作に映るという異様な光景を目の当たりした。
痛々しい限りで、
投球動作に入る前にあんな無関係、異常ななしぐさをする投手を長い日本プロ野球ウォッチ経験で見たことがない。
病を患っている投手の心境が露呈している思い、痛々しい限りだった。
こういうしぐさをさせるのは1軍だけでなく2軍も含めた首脳陣の責任である
1軍マウンドから投げさせるべきではなかった!
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次にあげる動画
2017/06/25 に公開
>プレート1塁側を踏んだ軸足と踏み出した足の着地点に注目。
余りインステップしていないが、
踏み出した長い脚は大きく三塁側に振られ、上体肩の開きが早すぎて、手投げ気味になり、
リリースの瞬間の球に爆発的エネルギーを伝えられない投法である。
投球動作の中に無駄な力が入っていて、エネルギーが分散しているので、スピードガンにふさわしい「打者の手元で伸びる球」が投げられない。
ズドーンとホームプレートに向かってくるストレートに対してプロ野球のレギュラークラスは十分対応できる。
であれば変化球による緩急のコンビネーション、それなりの制球力がなければ、打者は投球動作に合わせて1,2,3のタイミングがとりやすい。藤波の持ち球、ストレート系に絞られる。
>今のままでは、パワー優先のセットアッパーぐらいの位置でがむしゃらに投げた方が機能する。
藤波は、インステップ投法によって、必然的に陥りやすいシュート回転する球筋の弊害を懸念するあまり
(藤波の球筋に対して打者は踏み込んでいかなけらば勝負にならないので絶えず死球への懸念もある)、
素直なフォーシームの球筋が良いとする日本プロ野球の伝統に従って、変則フォーム修正の危ない橋を渡る肝心な時期に、
問答無用で期待値だけ膨らませ功を焦る金本監督の根性野球(超変革、執念)のパワハラ的仕打ちによって繊細な藤波の心は打撃を受けて、一気にドツボにはまっていった。
>若い選手の育成とは、
こういう繊細で微妙な時期に適切な対応をすることではないか!
対象の状態を研究し、ワンランクアップにするには、監督コーチに経験と具体的術がいる。
大リーグのワールドシリーズで、カンサスシティ、ロイアルズのエース級右腕は、物凄い球威のあるシュート回転の球を右打者の連発し抑え込んでいた。
あそこまでシュート回転するストレートは大変な武器になる。右打者はこわがり、左打者は大きく逃げていく球にてこずっていた。球に絶対的パワーがあったからだ。
藤波のシュート回転の球筋も、日本プロ野球で通用する力上位ということであれば、あれはあれでよかったのではないか。
フォームを大幅修正して、素直な球筋にする必要はなかったし、それで球威が落ち、上体肩の開きが早くなり、打者にとってはただのストレート系待ちで、配球を読んで1,2,3で振り切れる投手に成り下がった。
プロ1軍のレギュラーを張る打者は150キロぐらい棒玉を簡単に芯でとらえる。
素人でたまにしかバットを握らない者でも、バッティングセンターの140キロ以上は難しいが、130キロ台後半のの球はフルスイングでほとんど芯に当てられる。
ましてやプロ1軍打者。棒球ストレートは邪魔にならない。
2軍の試合前の至近距離でのバッティングマシーンの練習風景を見るまでもなくそんな練習はずっとやってきているのだ。
大リーグでは全盛期の藤川球児的浮き上がるフォーシームは、打者を牛耳る球にならない(日米のボールの違いが大きいが)。
デビュー以来勝ち星を重ねていた時の藤波投法は、踏み出した足が、3塁側に着地するインステッフ投法だった。
インステップすることで、肩と上体に貯めたパワーを一気にひねり出し、爆破的にリリースポイントに伝えていたが、
(将来の故障に備えて無理のない投法に改善するということももあったらしい→間違いではない)
大昔、国鉄→巨人に北川芳男 - Wikipediaという極端なインステップ投法の投手が長く活躍していた。
ただし、藤波のように踏み出した脚を大きく振り回すフォームではなかった。
藤波の場合、フォーム改造にもかかわらず、あれだけ踏み出した脚を大きく振り回さなければインステップを修正できないぐらいだった、早めに着地=インステップさせて、重心のブレを少なくし、上体の回転力を利用した方が理にかなっている。
サンフランシスコジャイアンツのバンガーナーの投球フォームも参考になる。
藤波のインステップ投法は、
当然、上体の開きは遅くなり、打者は投手の投球動作の際の体幹の動きにテークバックを合わせるのでタイミングが合わなくなり、そこに相まって引力の法則が効き難い球威のある球がくれば、バットは球の下をくぐる。)
~~藤波のフォーム改造は将来の故障に備えてということもあるらしいが、冒頭の画像のフォームは藤川球児を意識しているように思えないことはないが、余りにもひどすぎる~~)
同じ脚長長身投手の解説者の阪神OBの江本さんに教えを乞うのもいいかもしれない。
参考資料
W。プロ入りは27歳であった。インステップが一概に悪いといいわけではない。
引用
「。1959年に国鉄スワローズへ入団すると、1年目から主力投手として活躍。18勝20敗・防御率2.51の好成績をマークし、桑田武(大洋)・村山実(大阪)らと激しい新人王争いを演じた(同年の新人王は桑田)。2年目は4勝に終わったが、1961年には開幕投手を務め、15勝をマークして復活。球団史上初のAクラス入りに大きく貢献し、防御率もリーグ2位の1.90をマーク。1963年、宮本敏雄・高林恒夫との交換トレードで読売ジャイアンツに移籍。
移籍1年目に11勝を挙げ、同年のリーグ優勝・日本一に貢献。コーチ兼任となった1966年は一軍で登板できず、同年に引退。引退後は巨人に残り1967年から1969年まで二軍投手コーチ、1972年から1973年まで近鉄バファローズ二軍投手コーチを経て、日本短波放送「たんぱストレートナイター」解説者も務めた。 」
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2016/07/20 に公開
2016年金本監督初年度の成績はそれまでの二けた勝利(10勝→11勝→14勝)から急降下し、
7勝11敗、だが、
この年のトータルの与四球、死球は過去3年に比べて特別に率が上がったわけではなく、
問題は翌年から、乱調が顕著になったことだ。
このビデオは、その時のモノである。既に解説済み解説。
2017/06/25 に公開
参考資料
大リーグのイップスになった投手
1971 World Series, Game 7: Pirates @ Orioles
ナ、リーグパイレーツのロベルト・クレメンテ - Wikipediaの最後の雄姿。本当の鉄砲肩とはこのこと。
ポケットキャッチが絵になる。このヒトの左中間へのホームランでパイレーツユリに試合は進んだ。
躍動感あふれ楽しそうに野球をやっている姿が印象的。見る者を魅了する本物のスーパースター!
対戦するオリオールズのチームアナウンサーから、「ミスター、ロベルトクレメンテ」紹介されている
そのサード守備は長嶋茂雄がまねたというブルックス・ロビンソン - Wikipediaの守備に注目!あだ名は掃除機。
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>>そして、優勝投手は翌年以降、急激絶不調になり、イップス - Wikipediaといわれるようになったスティーブ、ブラス。
動画で特異な投げ方をしているのがわかるが、当時そういう投げ方の投手は少なくなっていたが、その昔は珍しくなかった。
昔の大イリーグ動画にはたくさんこういう投げ方の投手が散見される。←W。肘と腕のしなりをあまり使わないハンマー投げ投法。
引用
「指にマメの出来る体質に苦しみ、また酷使の影響もあって肩を痛め、1968年以降は勝星から遠ざかる。1972年には6月に同季初先発、7回を投げ5年ぶりに勝利投手となる。同年は3勝を記録しわずかに復活の兆しを見せるが、翌1973年には登板機会が減少、同年オフに29歳で現役を引退。プロ通算107勝を挙げ、夏の甲子園の優勝投手としては戦後初のプロ通算100勝投手となった。 ←W。示唆するものがある!
非常に球の速かった投手で、右肩痛を発症するまでは球種のほとんどがストレートであった。
藤波とイップスの関連記事がグーグル冒頭に載っているが、反俗日記が取り上げるまでは関連付けた記事はなかったように思う。
じっくりと調べると、ブラスの紆余曲折のその後の人生も当時は載っていた。
野球界を去ってセールスマンに転身しまじめに働き、その後パイレーツ関係の仕事に就いた。周りの人から愛される人だった。
スティブブラスはまじめなナイスガイの人生を貫いた。
学校時代の藤波は勉強の良くできるひとで、金本のような精神世界の住人とはもともと合わないと思う。
ここまで落ち込むと厳しいが、
野球でつまずいても、何とかなるよ。
金本等首脳陣は退陣すべきだ。
理屈抜きに阪神ファンは完全に卒業した。
知らない選手ばかり、魅力ある選手はいない。
阪神ファンは自分の目指す野球観戦スタイルと真逆で、おぞましい。
旗振り役の音頭に唱和しての集団行動など性に合わない。
なんで球場まで出向いてカネを払って入場しているのに見ず知らずの他人と同調しなければならないのか。
アマチュア野球の真似事である。
野球はシンキングタイムの多いスポーツなので、グランドの出来事に耳目を集中しながら、ファンもいろいろ思考を巡らせる楽しみがある~独特の緊張と緩和の間が楽しめる。
もう何も言うことはない。
こんなものに大事ができるわけがない!実態とかけ離れた虚飾が蔓延り、勝ったり負けたりの繰り返しのプロ野球なのに、負けても見るべき選手がいない。
野球は自分のやってきた唯一のスポーツであり、野球ファンであることに変わりがないが、
脱阪神はここに極まった。
こういう境地に達したのはすべて金本等のおかげである。
スティーブ、ブラスは、独特の投球フォームにも原因を求めるなど諸説あるが突然、絶不調に陥り、2度と浮上することはなかった。
冒頭の画像から、藤波は窮地に陥っている。
デビュー3年連続二けた勝利の素材をこんな投球フォームに追い込んだ球団と首脳は許せない。