反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

不幸の一致。日本の知力は「平家物語」の時代より劣化しているのか?

諸君は、幸福の一致ばかり説くがしかし誰も、不幸を一致しようとは言わぬではないか」・・・「友」とは何か
ーそれは、不幸と死を、一致する相手のことである。 
(信長と家康の関係をトゥーキュディデース『戦史』から引用して

以下、引用
「さらにこの本の根幹である信長(革命家)と他の戦国大名
(例え優れていても単なる時代の追随者)との違いについて・・・

○信玄と信長とでは、戦争の方法が違う、あるいは、
戦争をする意味つまり原理が、違っているのだ・・・
信玄は、自分の家が大切な男だった。
・・・これに反して、信長は・・いわば
生まれ育った場処の否定
自分の家の否定、
ということになる。
・・
・天下、という観念、あるいは「天下布武」という思想は、
こういう自分の家否定、のところから出発する。
信玄にはこれが無かった。
 
○信玄や謙信の場合は、
結局のところ、自分がそこに起って生きているところの現在の、日常生活というものが基礎になっている
信長はそれとは反対のことをしている。
彼の土台は、戦争である。
戦争は、自分を主人公にして場面を変化させるものだ
あるいは現実を動かすそういう戦争の精神が基礎であって、
日常生活はそこから割り出される。だから日常生活も改変される
 
○彼等の誰一人として、「天下」などという観念を抱いてはいないのだ
仮りに天下といっても、それは漠然たるイメージであって、観念の明晰さを持っていない。
・・・彼等には、天下という理想が無かった。
仮りに彼等の一人に天下を与えてみよ。
何も為ることが思い浮かばず、ただ右往左往とうろうろするだけだろう。

天下の反信長勢を相手に、信長軍が、いわば孤軍奮闘することになる。
天下を(敵として)相対する信長軍は、何を以ってその重さを持ち堪えたのか
それはやはりー天下布武、という理想だと考えていい。
なぜ織田勢が長年敵勢に包囲されながら崩壊しなかったかについて)
・・・としているのは爽快感さえある。

☆「人間は弱いがゆえに、
目的に完全性を求め、
 
弱いがゆえに、
精神がうっ屈するがゆえに、
無限に願望をふくらませ、
 
自分の無力さをしっているがゆえに、
偉大な行動に参加を求めるのである
 
指導者は人間の
この曖昧模糊とした願いに堪えてやらねばならない。
 
この偉大さというダイナミズムを利用せずしては
なんぴとも人に自分の意志を強要することは不可能である。
比叡山焼き討ちや一向一揆との戦いになぜ信長の配下武将が
従ったかについてド・ゴールの『剣の刃』を引用して)
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>wacwac。人間が弱いのは群れられないからではなくて、群れるから弱いのだ
                                竹中労

第2回。戦闘的唯物論者の精神と実存主義。カミユ「シューシュポスの神話」。宇宙史的に展開する物質の最先端の意志。国定忠治→こちとら、伊達や酔狂で、博徒をやってんだよ!磔が怖くてよ、酒を何杯もかっくて酔っ - 反俗日記

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引用

「酔って死んじゃあ、男じゃねぇ!> 国定忠治 

~刑場に引き出される前の役人とのやり取り~

 「忠治よ!おまえも年貢の納め時だなぁ。手も足も利かなくんなっちまってざまぁねぇやあナ」

「うるせぇ、こちとら、伊達や酔狂で、博徒をやってんだよ小役人が偉そうな口を利くんじゃねぇやい」

 「ハハ、普通は伊達や酔狂ではやらねぇというんじゃねぇのか?全く学がない奴はやだねぇ」

だから、おめぇら、小役人は出世しねぇのよ。 まぁおいらの気持ちは大樹さま程じゃねぇとわかんねぇかもな

 「盗人猛々しいとはお前の事だ。よりによって公家様の名をかたるとはいい度胸だ。な~んて言っても、お前も今日限りだせいぜいほざくんだな。」

「けっ」

 「ほら最期の酒だ。もう一杯いくか。」

「じょうだんじゃねぇや。 こちとら男を看板にいきてきたんだ。 磔が怖くてよ、酒を何杯もかっくらって
酔っちまったらどうすんだい。酔って死んじゃ、男じゃねぇ!、てっよ」

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☆「暗澹たる、並々でなく責任の重い問題への只中にあって
みごとに快活さを保つといふことは、決して些細な芸当ではない
とはいへ、快活さ以上に必要なものがどこにあらう?
・・・力の過剰こそ初めて力の証拠である。
(信長の全行動についてニーチェの『偶像の薄明』を引用して)
・・・などの箇所が印象深い。

・・・戦は彼らにとつて一つの考察であり、平和は実習だつたのである。
(美濃攻略の過程をモンテスキューの『ローマ人盛衰原因論』から引用)

○もし、信長が、単なる大軍の軍司令官だとしたら、
かなり以前に石山本願寺という本拠を撃滅しただろう。
しかし、こんな「本拠」の撃滅は、相手が宗教戦争を仕掛けてくるのでは、たいして意味がない。
相手の「中枢」を撃たねばならぬ。
中枢とはこの場合、対信長戦争の無意味化であり、朝廷の斡旋による和睦の成立にあった
なぜあれほど激しく戦った本願寺を撃滅せずに和睦したかについて)

○二千の兵を、無意識に義元と妥協しているような人々から切り離して
何処へ往ってもいいような一個の流動体と化して行動させた
ーそこに合戦の鍵があった、と思う
桶狭間の戦いの革新性を述べて)

○「強気にしろ、弱気にしろだ、貴様がさうしている、
それが貴様の強みぢやないか」
ランボオの『地獄の季節』から引用して)

○自分の家を捨て、いわば城も捨て、ことによったら「死のふは一定」で、
自分さえ捨てることのできる信長が相手だと、勝ったところで・・・
戦争の採算が取れぬ・・・これは危険な男だ。
なぜ信玄が強大化する前に信長を討とうとしなかったかについて
 
                           2019/6/3 13:11 (JST)


引用
熊谷直実の苦悩
幸若舞の中の「敦盛」、これは平敦盛を討ち取った熊谷直実の話。
16歳という若い武者である平敦盛を討ち取ったことっで心を苦しめていた直実が、屋島の戦いの触れが出されたときに「またあの苦しみを味わうのか」と悩んで世の無常を感じ、世をはかなんで出家を考えるという話です。
敦盛の一節
出家したあとに直実が世を儚む一節にこの詞があります。
思へばこの世は常の住み家にあらず
草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし
金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる
南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり
人間五十年化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか