反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

ロシアウクライナ戦争は世界市場の既得権益を台頭する新興勢力から守り、これを機会に従属下におく大きな目的が隠されている。国内の多数の国民の生活を犠牲にしてもウクライナを大量出血する代理人、盾として援助し続ける。

@現代の今、兆散の方便も失って、民主主義のため、独裁反対、ナチス反対などのイデオロギーに捕らわれて帝国の代理,楯ウクライナ支援をしている人たちは

@世界の政治軍事経済構造を正面から見据える必要がある!

@この戦争は帝国同士の戦争であり、

@片方への支援は片方の帝国を支援することだ。

この戦争は今後世界市場の既得権益を台頭する新興勢力から守り、これを機会に従属下におく大きな目的が隠されている。

だから、世界市場の権益を守る守旧派は、国内の多数の国民の生活を犠牲にしてもウクライナを大量出血する代理人、盾として援助し続ける。

 

 戦争は止めてはいけない、

どこまでも戦い続けることが台頭する新興国を牛耳ることにつながるのだ。

そのためには国民生活は犠牲になってもよいと。

 

 資源大国、核大国のすぐわきで戦争が続くと、

コレを機会に世界中の有り余った投機資金が蠢き回って世界の庶民生活を苦しめる

この情勢こそが帝国の戦争たる所以だ。

 

 第2次世界大戦

民主主義VSファシズム、ナチズム、軍国主義の戦い、というのは一種のイデオロギー的なくくりの中でいえることで、

@実際のところは、金融資本制のどん詰まり、第一次世界大戦の残骸が処理しきれないまま矛盾が拡大した二つの帝国勢力の世界市場の再分割をめぐる戦いだった。

そこにスターリン主義ソ連が参戦し、東西体制に世界がイデオロギー的に分割され20世紀史の特徴が生まれた。

 

 21世紀史は20世紀史の初頭に螺旋階段的発展を遂げて回帰している。

したがって、この時代の世界史的権益の対立構造は、

金融資本制の行き詰った守旧国の帝国化=EU、など広域経済+NATO、など広域軍事同盟の強化VS台頭する新興国である。

>守旧国は帝国化し新興国に資本輸出し工業産品、資源原材料を安価に手に入れる体制を作りたい

後者はそのルートが固定すると従属経済下に置かれ、ヒト、モノ、カネを収奪される

このような世界の構図は守旧国家のマスメディアの刷り込み下にあれば、見えてこない。

*****

@即時停戦せよ!長引けば世界の多くの人々の生活が脅かされる。

>ロシアも旧ソ連の帝国を守ろうと侵略中だが

EUNATO

@民衆のコントロールの効かない帝国の今日的な形態である。

グローバル金融資本制国は地域末端から帝国を目指している

 

>帝国の戦争の時代の戦争反対や反戦

@日本におけるベトナム戦争反対や反戦という自分の生活や存亡とは直接かかわりのない時代のものとは次元が違う。当時の欧米におけるそれも似たようなものだった。

@日本においてイラク戦争はどうだったか?

>中東地域の化石燃料に依存する日本経済下の国民生活との物的なつながりが出てきたことが、国民の政治判断に影響を及ぼしたは明らかだった。

@そして今、ロシアウクライナ戦争に際し反俗日記のようなウクライナに肩入れしない論調はごく少数派であり、マスコミ論調に慣れ親しんでいるものにとって強烈な違和感を覚えるものとなっているプーチン独裁を非難し、その侵略を東アジア情勢に当てはめて軍事的危機感の潮流に身を委ねることに違和感がなくなってきている。

 

@その一方で生活諸物価の値上げりははっきりしてきた。実効為替レートの50年ぶりの円安

>現下や今後の日本経済の世界市場における相対的な地位低下をまざまざと明らかにしている。

 

 今の実効為替レートに近似する50年前の日本経済は

高度経済成長最末期、ニクソンのドル変動相場制への移行発表直後であり、ここから日本経済は二つのオイルショックスタグフレーションを乗り越え1980年代中期のジャパンアズナンバーワンの時代に上り詰めていく。

その原動力は日本の生産現場の工夫が生み出す工業製品の世界市場における席巻であり、為替レートが1985年プラザ合意受諾、日本バブル発生まで基本的に円安に推移したことも追い風になった。

 

したがって、上記のような日本経済の歴史的な推移を明らかにすれば、

@今の円安基調が如何に日本経済にダメージを与えるか、はっきりとわかる。

@円安によって日本の輸出企業が為替の差異によって利益を得るどころではない。

@そもそも、工業製品市場において日本企業は後発国の企業にシェアを奪われている。

サプライチェーンはかつては国内下流につながっていたがいまは海外後発地域にぶんさんしており、急激な円安は製品価格に跳ね返る。

>また、日本の海外収益は資本収益に傾斜しており、昔のような製品輸出による収益構造と異なっている。

であれば当然にも国内資産において海外から資本収益が望める資産構造を有する資本、個人の資産は増え、庶民の資産は目減りし階級格差が米国のように数%とその他大勢方に急速に拡大する。

ピケティ r>g

エレファント曲線

 

アベノミクスとかいう市中国債大量発行、買い上げのアブノーマルな金融策術(IT上の操作で日銀預金口座に)を支える超低公的金利いまでもマイナス金利だろう)による赤字国債、40兆円

で会計上のつじつまを合わせを長期にわたってやってきて、ソレに沿って日本経済と国民生活が変容し自公政権が維持できて来た側面があり、インフレ顕著な欧米の高金利政策に横並びできない。インフレに対して公的金利高で抑え込も込む金融政策の常道手段はアブノーマルな金融政策の長期継続の寄って不可能になっている結局、今まで以上のインフレ率が続くが金利政策はとれず、生活物資の値上がりは傍観したままだろう。

このまま円安によってコストプッシュインフレ進行し金利をあげると、物価高と不況が同時進行する。日本経済の底辺に自転車操業状態が沈殿したままだ。

 

アベノミクスが始まったころから識者の間では出口政策が問題になっていた。

>反俗日記はリフレ派が台頭しに日銀批判を盛んにしていた時代から批判記事を挙げてきたアベノミクスというのはリフレ派の主張を踏襲したものだ。

アベノミクスの金融策術が行き詰ると

>今度、登場したのは赤字財政大拡大をするために財務省を緊縮財政と非難する現代貨幣理論(MMT)である。

@1990年代に遡って果たして財務省は緊縮財政を一貫させてきたのだろうか?

アジア金融危機で日本の金融資本が立ち往生した橋本政権辺りから緊縮にチェンジした。従って緊縮財政と財政拡張の順序が逆になった。

 

@日本経済を戦前戦後の歴史的推移の視座から見る必要もある。

高橋是清」の金融財政膨張政策は、結局、軍需に振り向けられ、30年代の満州国設立、東北アジア軍事衝突の道を開いた。その間に31年の5,15事件や36年の2,26事件によっ日本政治の政治的軍事的選択肢は狭まった。

>庶民生活は金融財政膨張政策の中期辺りまでは潤ったが東アジアの軍事緊張が高まるにつれて軍事予算拡張、資源の軍事振り分けによって窮屈になっていった。

そして東アジア軍事強硬派が台頭し、日本の選択肢は狭められていった。

@今、WTO加盟100数十か国のうち3分の1がロシア経済制裁賛成。

@一番大事なことは、自ら将来の政治的軍事的経済的な選択肢を狭めるような内外政治を行うべきではない、コレが大原則だ。

@今回、仮にロシアを止めれても、

@長い歴史スパンの眺望では、先発国がグローバル金融資本のヒト、モノ、カネの世界的流動によって超過利潤を得ようとする原理を放棄しない限り、

出生率、人口規模、資源量で圧倒するであろう後発の新興国の台頭を自らの従属下に置くことはできない。

@後発国の物的人的資源抜きに先発国の国民は快適な暮らしができない。

 

ウクライナのゼレンスキーはプーチンと同じ次元で愚か者である。急進ポピュリズム政治の果て、というか国内統治脳能力欠如もあり、トラのしっぽを踏んだ。

民族差別を危惧して書かなかったがユダヤ人を頭にいたただく、と国民がモーゼに率いられた民のごとくなる。奇跡は起こらない。もっとほかの回り道があったはずだ。

プーチンもともとソ連邦崩壊の後始末を運命づけられた愚かな強権政治家。

ゴルバチョフという最初のボタンが大きく掛け違っている。

スターリン主義体制の経済政治軍事でやってきた国に社会民主主義の政策が混入できると勘違いしていた。

民衆過半の求めているのはそこではなかった。だから強権ポピュリズムプーチンに落着した。就任以降プーチン旧ソ連圏近隣への戦争介入を続けていた。

まるわかり“実質実効為替レート”-“50年ぶりの円安”という根深い問題 | ニッセイ基礎研究所

琵琶湖線、安土を訪れる。

 JR東海道線に乗って琵琶湖東岸、安土に行ってきた。コロナ渦で遠距離電車移動を控えていたが、生駒山、山歩きに次いでコレで二度目の散策になる。

>琵琶湖東岸に延びるJR東海道線琵琶湖線の名称がついている。事前に安土周辺の地理をネットマップで調べたときに承知していたが面倒なので東海道線と呼ぶことにしていた。

>さらに今日の記事を書く前に琵琶湖周辺と北陸、東海道線のJR路線情報を精査すると、こんな込み入ったことになっている

なお現在の東海道線と呼んでいる路線は江戸時代に中山道であり、

東海道草津から甲賀方面に曲がり鈴鹿峠を超えるルートであったのは有名な話。

東海道は53次。中山道は69次だった。

東海道と中山道 | 地図, 地図アート, 歴史

宿駅伝馬制度とは。公用旅人や物資の輸送無料次の宿駅まで送り継ぐという制度です。輸送のために必要な人馬は、宿場が提供するというものです。「宿場で「人馬継立」 をする。53次は53の宿で公用の場合は無料で「人馬継立」をする。

 

間の宿は、日本の近世に当る江戸時代の主要街道上で発達した施設の一種。 宿泊は禁止されていた。

@「例えば、東海道8番目の宿場である大磯宿を見ると、享和3年(1803)には家数605軒、そのうち269軒が短冊形の地割りにもとづき、街道の両脇に軒を連ねていました。

@職業別に見ると、本陣が3軒、大中小の旅籠が合わせて85軒もありました。継ぎ送り業務を行う問屋場は2カ所で、酒食商いが55軒、諸商人が42軒、農業人が222軒、漁師が193軒、医師・針医が5軒となっています。」

問屋場

 

- 人馬の継立、助郷賦課などの業務を行った。

本陣

公用人馬継立てのため定められた人馬を常備し、不足のときには助郷を徴す

- 武士や公家用が宿泊・休憩をした。
商業的な宿泊施設ではなく、その地の富裕者の邸宅が本陣として指定されることが多かった。公用のための労役、業務については利益を上げることは難しかったが、幕府は地子免許、各種給米の支給、拝借金貸与など種々の特典

脇本陣

 

- 本陣に次ぐ武士や公家の宿泊施設だが、空いているときは一般旅行者も泊めた。

旅籠

 

- 一般旅行者用の食事付き宿泊施設。

木賃宿

 

- 一般旅行者用の自炊宿泊施設。

茶屋

 

- 旅人向けの休憩場で、お茶、一膳飯、お酒などを売っているところ。

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滋賀に行く人は気を付けて!ちょっとわかりにくい滋賀のJR | 既定ではないブログ

滋賀県内のJR路線図

W。じゃあ、北陸線はどこから、どこまでなのかということになる。

下図を見ると昔、東京方面から能登半島をぐるっと回って、北陸線の鈍行に揺られて旅したときはこのルートの列車に乗って京都まで行って、山陰線に乗り換えて関門海峡の下を通過し、九州は多分、日豊本線に乗って鹿児島に出た。鹿児島港から船に乗って島々の港に立ち寄って那覇港に到達した。

北陸本線 - Wikipedia

 安土は織田信長明智光秀に本能寺で包囲され自害する前に居城と城下町を築いたところである。今回の小旅行は織田信長、完全無視の旅であった。

列車に乗っている時間が片道2Hぐらいになり、午前中、日課にしているウォーキングと体操を入念にこなし、厚焼き玉子を作って見守り介護の人が入っているグループホームに差し入れた。午前中、時間がとられて現地の散策時間を膨らませることができず目的の神社を一通り調べるのが精いっぱい、だった。

 現地散策中もわかっていたが、今改めて調べてみると、

安土の近辺はなかなか渋い観光地であった。

まず何よりも地形的、地理的に興味深い、土地柄だとピンときた。

駅前にはレンタルサイクル(通勤者の自転車預かり所が主たる営業)、駅の建物内に結構広くい常駐者のいる(女性他1名だったか?)観光案内所がある。中に入って黙って周辺の案内パンフレットを見ていると女性職員の方がやってきた。そこで一通り旅の目的を説明し(この地を散策する人の主たる目的は安土城跡の見学で自分のような目的の人は少ないのか、その面の知識がない相手に一方的に自分がしゃべりすぎた)ネット地図で調べた目的地を再確認した。

 

 安土(近江八幡市上豊浦)から近江八幡、一帯は典型的な湖畔の水郷地域である

湖岸から開けた広い平野部の向こうに里山風の小高い山並みを望める。その裏側にまた平野が開けており、その向こうに本格的な山系がある。こうした山々から緩やかに湖岸に傾斜した広い平野部全体に水脈は流れている里山、水流に恵まれ開けた平野では古来から農業が営まれていた。

 

 平野部から里山方面の景色は、今まで何度も見た景色、そっくりそのままの既視感があった

そう!古代後期から中世初期にかけての荘園が開かれた風景である

なお、安土のこの地域は荘園ではなかった。古代豪族の系譜を頂点とする郷だった。荘園はもっと田舎の方にある

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     荘園の風景、その1。地図上の知識。

里山裏側の平野部に

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     荘園の風景 その2

泉南関西空港島への陸橋が折れ曲がった地域(泉大津市

ja.wikipedia.org

日根野荘跡の絵図(重要文化財かな?)は高校時代の日本史の教科書に載っていた。この地は九条政基が書いた「旅引付」という日記で有名である。

関西の日本遺産

日本遺産に認定、泉佐野市「中世日根荘の風景」 - 産経ニュース

「日根荘」は鎌倉時代の天福2(1234)年に有力貴族の九条家の領地として成立。戦国時代の享禄3(1530)年ごろまで記録が残っている。」

「ストーリーの基になった2枚の「日根野村絵図」=宮内庁所蔵=は、鎌倉末期の延慶3(1310)年ごろと正和5(1316)年の荘園の様子を描いたもの」

 


旅引付と二枚の絵図が伝えるまち | 日本遺産ポータルサイト

@2枚の「日根野村絵図」=宮内庁所蔵=は、鎌倉末期の延慶3(1310)年ごろと正和5(1316)年の荘園の様子を描いたもの」

W。おそらく左図が1310年ごろの日根野荘。右図が1316年ごろ。田畑の区画整理が進んでおり、大切な人家、水源である山側から平野部に流れる川や図左の大きなため池が描かれている。ため池は今でも現存。川も同じ位置にある。図下方、すぐにJR和歌山線の駅。上方の寺と近接する神社は神仏習合。この地の農業は上方の寺と神社脇の数メートル下を流れる豊富な水源から、大きな木管で取水し下方の耕作地に流した。川の増水で取水設備が流されると荘民総出で元の位置につけなおした。上方の山を越えると小盆地が開けている。おそらく荘園風景が最も保存されている地域は山の向こうだろう。

中世後期16世紀、平野部の日根野荘は細川方のサムライ集団の浸食の危機にあったが、山向こうの小盆地は安泰であり、九条政基はここに本拠を構えて荘園管理に当たった。

なお、小盆地の山向こうは根来寺の僧兵の勢力が及んでいた。

Wは小盆地に徒歩で行こうとしたが、片側に渓谷がある狭い1車線を車がビュンビュン突っ走って危ないので引き返した。

>小盆地はこの絵に載っていない。

W。写真の下方に開けた平野、JR和歌山線日根野駅関空への路線は駅手前で90度にカーブ。荘園風景は意外にコンパクトにまとまっており、見学するのに手頃だった。駅周辺も閑散としており、山側への小道を辿っていく道中に散在する家々の配置や表札をのぞき込み、今では珍しくなった苗字に行き当たると頭の中が一瞬大昔に帰っていった。

W。水源地の小川の袂の寺。

W。この付近に荘園時代の取水口。ちょっとした観光用に整備されている。サクラの名所だったか?観光客の少なく、妄想歴史探訪のできるこんなところが好み!

hinenosho.jp

この日記をもとにした研究書もかなり出版されている。おそらく中世後期の荘園の四季と経営、農民の風物、実態を細かく綴った書物としては最高のもの、とおもう。

 反俗日記でも主として当時のムラの共同体と掟、~掟破りのシングルマザーと幼子を村で備蓄したドングリを食べたというだけで斬首した荘民の残虐性を何回か取り上げた。ムラ共同体には強烈な閉鎖性があり、隣の共同体との拉致暴行事件などが多発していら。外からの武装勢力の浸食ばかりでなく、こういう内部暴力を潜在させる閉鎖的共同体の相克関係からも、外部の武装勢力の庇護が必要となった。

>自己統治におおきなげんかいがあった?

@上に収めてもらわなければ自律できない、という精神分は風土。

@ただし、日本通史において民衆がその相貌を歴史上にはっきりと刻んだのは中世期であった。その頂点の応仁、戦国の150年内乱期、民衆の武装政治力は封建軍事貴族によって叩き潰され配下に治められた。ヨーロッパ史、中国の近世史(異民族支配)と違って日本史は民衆の顔が歴史の表舞台から消えた。そういう意味で李氏王朝の朝鮮史の武力支配版ともいえる。

 

黒澤明監督の「7人の侍」の描く野武士集団VS農民と寄せ集め武士の構図は映画の画面に収めるためにサムライを7人に限ったが的外れではない。要するにどこかの武装勢力の庇護を農民自ら進んで求めた(農民自身の自律的大規模反乱はなかった)。ある場合はそれが重層するときもある(日根野荘平野部はその危機があった)。

農民たちの最後の抵抗手段は

逃散 - Wikipedia

引用

日本の中世から近世にかけて行われた農民抵抗の手段、闘争形態である。兆散とも言う。古代律令時代本貫から逃れて流浪する逃亡及び律令制解体後に課税に堪えずに単独もしくは数名単位で他の土地に逃れる逃亡・欠落とは区別される。」

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@現代の今、兆散の方便も失って、民主主義のため、独裁反対、ナチス反対などのイデオロギーに捕らわれて帝国の代理,楯ウクライナ支援をしている人たちは

@世界の政治軍事経済構造を正面から見据えてみる必要がある!

@この戦争は帝国同士の戦争であり、片方への支援は片方の帝国を支援することだ。

この戦争は今後世界市場の権益を台頭する新興勢力から守り、これを機会に従属下におく大きな目的が隠されている。

だから、世界市場の権益を守る守旧派は、国内の多数の国民の生活を犠牲にしてもウクライナを大量出血する代理人、盾として援助し続ける。

戦争は止めてはいけない、どこまでも戦い続けることが台頭する新興国を牛耳ることにつながるのだ。そのためには国民生活は犠牲になってもよいと。

資源大国、核大国のすぐわきで戦争が続くと、

コレを機会に世界中の有り余った投機資金が蠢き回って世界の庶民生活を苦しめる

この情勢こそが帝国の戦争たる所以だ。

 

 第2次世界大戦は民主主義VSファシズム、ナチズム、軍国主義の戦い、というのは一種のイデオロギー的なくくりの中でいえることで、実際のところは、金融資本制のどん詰まり、第一次世界大戦の残骸が処理しきれないまま矛盾が拡大した二つの帝国勢力の世界市場の再分割をめぐる戦いだった。

そこにスターリン主義ソ連が参戦し、東西体制に世界がイデオロギー的に分割され20世紀史の特徴が生まれた。

 

 21世紀史は20世紀史の初頭に螺旋階段的発展を遂げて回帰している。

したがって、この時代の世界史的権益の対立構造は、

金融資本制の行き詰った守旧国の帝国化=EU、など広域経済+NATO、など広域軍事同盟の強化VS台頭する新興国である。

>守旧国は帝国化し新興国に資本輸出し工業産品、資源原材料を安価に手に入れる体制を作りたい

後者はそのルートが固定すると従属経済下に置かれ、ヒト、モノ、カネを収奪される

このような世界の構図は守旧国家のマスメディアの刷り込み下にあれば、見えてこない。

@即時停戦せよ!長引けば世界の多くの人々の生活が脅かされる。

>ロシアも旧ソ連の帝国を守ろうと侵略中だが

EUNATOは民衆のコントロールの利かない帝国の今日的な形態である。

金融資本制国は地域末端からグローバル資本制国は帝国を目指している

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この環境ゆえに摂政関白をしていた九条家の荘園は根来寺の僧兵や細川サムライ勢力に政基の直接現地滞在にもかかわらず荘園を浸食されていく。

 

 もう二つ目の中世荘園景色は伊勢神宮、内宮を訪ねたとき、典型的な中世荘園の風景、と感じた。天皇「制」古代国家の神社などの風景、様式は伊勢神宮側が王朝期、中世前期に作ったもの、だろうと判断した。

 三つめは姫路から先のJR山陽線網干駅から4~5キロ山側の風景。ここも中世荘園の研究書(東寺資料)に記されている有名なところである。

 

 以上の里山、水脈、開けた広い平野、の中世風景はあっけにとられるほど既視感そのものである

もっともそれは農業生産力が自然条件に頼るしかないので当たり前なんだけど。そういう土地柄で中世前期の人は農業を営んでいた。支配者はそこから余剰を吸い上げていた。その対価は荒れる農民の内外の身分保障だっただろう。

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 安土の琵琶湖沖には唯一の有人島沖島が浮かんでいる

TV番組で時々取り上げられる琵琶湖水郷の湖岸漁業?の風景はこの辺りではないだろうか。散策中、湖岸に行ってみたいと思ったが列車の時間が1Hに2本しかなく帰宅時間から逆算すると無理だった。

目的地の神社の散策も念入りに調べてみたいところもあったがざっとで済ませた。

砂利の境内から1メートルぐらい石積みがあり、杉などの樹々がうっそうと茂っていた。

石積みは表面に細工のされていない野積みで型の良い大きな石を組み合わせその隙間に小石が詰め込まれていた。コレは少なくとも江戸時代以前のものという証明である

樹々はどれも直径80センチもあれば大きい方で樹齢100年に満たないものだった。周囲がまっ平らで台風などの強風で倒木したものと思われる。

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>この訪問で解ったことは苗字と系譜から、自分は13世紀最後期からの農民の出自で、これほど遠い祖先が農民だったと解る事例は希少であった。

>昔から軽く疑問に感じていたことが解けた。

山の中に逃亡し農民になった者たちの分派が、食いつめて平野部に降りて行ったが、主だったところは全部、既成の縄張りだった。~平家の落人のことではない。もっとあと承久の変直後~~

仕方なしに田んぼに適さない縄張りの緩いところに住み着き、500年ほど細々と百姓をしてきた。家紋と遺産の武器に象徴されるプライドがなければ絶家していたのか。結局、江戸時代後期の商品経済の発達や農民の所有地の流動化に乗じて、所有地や資産を拡大していった。もっともこれは本家の話で我が家は小心よくよく、小市民を続けていく以外になかった。

【速報】一時1ドル 135円台 20年ぶり円安水準 日米“金利差” 円売りドル買い強まる

 

news.yahoo.co.jp

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W。出典先。世界経済のネタ帳  https://ecodb.net/exec/trans_exchange.php?type=EXCHANGE&b=JPY&c1=USD&ym=M&s=&e=

 

1980 1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989
アメリカ 13.50 10.38 6.16 3.16 4.37 3.53 1.94 3.58 4.10 4.79
日本 7.81 4.94 2.75 1.88 2.25 2.04 0.61 0.13 0.65 2.29
1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999
アメリカ 5.42 4.22 3.04 2.97 2.60 2.81 2.94 2.34 1.55 2.19
日本 3.07 3.27 1.73 1.25 0.69 -0.09 0.14 1.70 0.65 -0.35
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
アメリカ 3.37 2.82 1.60 2.30 2.67 3.37 3.22 2.87 3.82 -0.32
日本 -0.69 -0.69 -0.90 -0.26 -0.01 -0.29 0.26 0.05 1.38 -1.33
2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019
アメリカ 1.64 3.14 2.07 1.47 1.62 0.12 1.27 2.13 2.44 1.81
日本 -0.74 -0.28 -0.05 0.33 2.76 0.80 -0.12 0.49 0.99 0.47
2020 2021 2022
アメリカ 1.25 4.69 7.68
日本 -0.03 -0.26 0.98


                   07年、リーマンショック(世界同時不況)

 リーマンショック(欧米金融資本の過剰流動性金融資産の急激収縮)以降の世界経済の回復過程で、中国や新興国の経済台頭が加速度的に進行し世界市場の旧来の勢力図が改変されようとしていた。その後、世界市場の再分割の勢いとなって今日に至っている。

W。このような歴史的な経済動向とともにコロナパンデミックによる経済の停滞、対策費、経済不況対策の影響も混在している。

W。時代の様相は第一次世界大戦前後の自由放任された金融資本の膨張、階層格差の拡大、ヨーロッパの戦争発火、スペイン風邪の時代と似ている。

 

あの時代、ヨーロッパは台頭するドイツ資本と英仏が対立した。アメリカは地政学的優位から戦争発火後しばらく英仏が側に立ち参戦しなかった。

 

<イギリス、EU離脱と米アフガニスタン撤退(世論非難)とウクライナ高度武装化

 21世紀の今は、イギリスが離脱する混乱が長期化した時期、EUは不安定な状況に陥った。

そのとき、米国とEUNATOの軍事中枢はイギリス離脱を払拭し政治混乱続くEUを軍事的にまとめ上げ、アフガニスタンタリバン攻勢に押され撤退した米国の主導権も確立できるので国内混迷、急進派ウクライナの要請を受け入れ現地のNATO化に共通の利害を見出した

もちろん、ロシアの対抗措置の極限に軍事侵攻があるのは見越してのことで、ウクライナ軍の訓練と大量最新兵器兵器(衛星利用)を施した

コレは米覇権軍事力を背景にした広域軍事同盟を結んで旧ソ連圏の東欧にその勢力を拡大し、ついにロシア帝国発祥の地であるウクライナ対ロシア低強度戦争の最前線にすることであった。

ただし、ロシアが勢力圏に収めていた東ウクライナのアゾフ大隊の先行的な軍事攻勢に勢力圏の浸食の危機感を抱き、そのまま放置できず、壊滅させるためには本格的に侵攻するしかない、と決意したことまでは予測できなかった。アゾフ大隊はゼレンスキー政権の掌握外で高度に武装化されていた。

   

   プーチン政権の立場>

旧ソ連の崩壊過程でロシア支配層は政治権力を手放し経済再建の方途を見失う大失政によって経済混乱を招き、多大な国家資産の損失を被った。

以降、インフラ資源の海外輸出や重工業製品、軍需産業に依存し、国内消費製品の多くを輸入に頼る弾力性、発展性の乏しい経済構造の国になった。国内消費のかなりの部分は国民上層中層上部の消費で賄われていた。

プーチン大統領は以上のようなソ連邦崩壊以降の行き詰まりを強権ポピュリズム政治で打開し大国ロシアの維持を民衆に求めれれ続けて大統領職に長くとどまってきた

大国ロシア意識とはロシア帝国発祥の地であるウクライナを包括し国民国家の歴史的生存圏とすることと不可分だった。

であればウクライナEUに加入しさらにNATOに連なることは大国ロシア意識だけでなく、それと不可分なロシア国民国家意識の毀損に等しいものだった

    <米国、EUの立場>

もちろん世界軍事覇権によって経済権益を得ている米国にとってNATOソ連邦崩壊後も対抗する核兵器を持つロシアを核軍事包囲網によって圧迫することでEUをコントロール下に置き欧米を貫く軍事同盟であった。

一方、EUとくに敗戦ドイツにとってNATOは経済覇権の拡張を守る広域軍事同盟であり、ロシアからのインフラ供給への対抗措置として欠かせない。フランス国民国家形成時の軍事拡張主義によってロシアまで攻め込んだ帝国意識は国民の意識下に沈殿している。帝国意識とフランス的民主制は矛盾しない。

 

以上のような歴史経済的動因を基底として

@台頭する中国に対する世界市場からの分離や

W。「グローバル貿易を促進するWTOの原則」??⇒産業経済、雇用を守るためには関税障壁を高くするのは常道手段。WTOの原則はスローガンになった。

 

@ロシア、ウクライナ戦争は

@帝国同士の戦争である。

 

W「ウクライナは欧米帝国の代理人の道(NATO実質的加盟)を選択」⇒Wウクライナ国内の政治勢力が統一されていなかったことも先行的な東部地域でのロシア支配地域への猛攻を許し、その高度武装程度から、徹底侵攻のみちを選択させた。

W。20世紀の歴史を振り返ってみれば、二度の帝国同士の世界覇権をめぐる戦争があった。帝国同士の戦争において帝国の代理人を支持することは、一方の帝国を支持し、一方の利害や立場に立って敵と戦うことであった。

 

ウクライナ支援で連帯表明、WTO有志56カ国・地域: 日本経済新聞

引用 2022年6月13日 11:1 世界市場の再分割の様相

世界貿易機関WTO)に加盟する日米欧など計56の有志国・地域は12日、ロシアが侵攻を続けるウクライナに対する支援で連帯を示す共同声明を発表した。ウクライナで生産された食料や鉱物資源の供給停滞や、ロシアによる穀物略奪などに「深い懸念」を表明。ロシアの侵攻はグローバル貿易を促進するWTOの原則に反すると非難した。

声明に名を連ねたのは、先進7カ国(G7)や欧州連合EU)のほか、台湾、中南米の一部など。

@米欧の対ロ制裁に反対する中国や、ロシアと友好関係にあるインド、ロシアと同じ新興大国のブラジルや南アフリカなどは加わらず、WTO加盟164カ国・地域のうち3分の1程度にとどまった。

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ロシアは旧ソ連圏から引き継いだ旧帝国勢力圏を守ろうとし、ウクライナは欧米帝国の代理人の道(NATO加盟)を選択したが、

>ともに旧ソ連圏の経済地殻が西欧と東欧の経済地殻に沈み込むストレスによって発火したものである。地震は止められないが、ロシアウクライナ戦争は人間の意思で止められる。人命の損失もあるがこのまま戦争を続けていると世界の政治経済軍事に大きな負の影響を与える。双方を譲歩させることが世界の多くの人の命と健康、生活につながる。この戦争に善悪、正義不正義の見方を適応するにはその背景は複雑多岐にわたり、予測される結果は世界中の多くの人に悪影響を与える。

経済チャートで見る ウクライナショック: 日本経済新聞

 

@東アジア地域においても日本列島の経済地殻のユーラシア経済地殻への沈み込み現象が一貫して進行しているが、日本はウクライナにはない経済力があり、政治軍事的選択の幅もある。コレを有効に活用するのが日本政治の今後の務めである。

>経済地位の後退は進むが、軍事に耽溺すると、日本の国民の過半は自分の首を絞めることになる。

■図表1 エレファントカーブ

引用 反俗日記

「@ヨーロッパにおける旧ソ連地域と東アジアにおける日本の中産階層の没落の急展開であり、

@この二つの長期経済停滞地域を取り除く

@とエレファントカーブの像の牙部分の落ち込みは緩やかになるという事実である。

これを反俗日記流に解釈すると前者は拡張するEUの地殻に沈み込んでいる状況が継続し、そのストレスの一番かかったウクライナにおいて大地震現象が発生している

 後者は言うまでもなく日本列島のユーラシアへの沈み込みのような地殻変動現象が経済政治軍事ストレスとして発火する状態にある

日本とウクライナの違いは

戦後の経済成長によって形成された中産階層からアメリカを中心としたグローバル資本制がその財を収奪できる期間が先延ばしにできる余剰があるという点だ

搾り取るべき余剰が底をつけば、指摘した日本列島のユーラシアへの誠意経済軍事的沈み込みは戦争に発火する。

この現象を日本国内の政治分布に俯瞰すれば

ウクライナのゼレンスキーみたいな輩の台頭しか没落の危機に立たされた日本中産階層の不平不満のはけ口がなくなると悲惨な事態を招く。

 

>第二次帝国主義戦争以降、欧米の戦争の口実にはいつも平和や民主主義が掲げられてきた

帝国主義戦争の一方の側ではそれらは戦争の口実ではなく、今想うと耳障りの悪いスローガンだらけだった。

@今のロシア、ウクライナ戦争においても同じことが繰り返されており片方では民主主義や人道の大合唱であるが、

この戦争を帝国の同士の戦争という基本視座に立てば、そんな見方は怪しくなる。

>修正できない階層格差の拡大、方策尽きた経済停滞、行き詰った民主政が支配層と国民を戦争の選択に傾斜させる

ウクライナとロシアに何十年もその傾向が続いてきたので戦争の出口しかなかった。日本の場合、国内の民主政の保障と国外の戦争事態は、戦前に同時進行できなかった。

 

2020年、コロナ世界渦本格化、引用BBCニュース022年5月「WHOは、報告された540万人に上乗せした死者950万人について、大半は新型ウイルスが直接の原因となって死亡したと考えられるとしている。

WHOは、多くの国が新型ウイルスの死者数を過小に集計しているとみている。報告された死者数は540万人にとどまっている。

WHOはインドの新型ウイルス死者数は公式発表の10倍に当たる470万人で、世界の死者のほぼ3分の1を占めているとしている。

WHOは「超過死亡」と呼ばれる指標を使っている。パンデミック発生前の死亡率を基に通常予想される数より、どれだけ多くの人が死亡したかを示すものだ。

この計測では、新型ウイルスが直接の原因ではないが、その影響によって死亡した人も集計されている。

011月米大統領選挙。021年バイデン大統領就任。米国を取り巻く経済環境は潜在的に巨大過剰資本、巨大過剰生産を抱えているので米政府が予算規模を大拡大し財政出動をすれば、国内の生産や雇用よりもインフレが進む。コレはグローバル資本制の法則。

 

 

見守り介護は無くなり、自分は阿Qよりちょっとだけマシな人間に過ぎない、今頃気づいた。 そしてこれから、阿Qでもよかったと気付く機会が多くなる。 であれば、どうすればよいのか?

wacwac
 
@wacwac05690282

俳優、成田三樹夫について。「男が余裕を持って生きているなんてこの上ない醜態だと思う。ぎりぎりの曲芸師のようなそんな具合に生き続けるのが男の務と思っています。」

 兵隊やくざ 大脱走 1966年昭和41年 大映白黒88分 

W。

兵隊やくざ - Wikipedia

大西巨人 - Wikipedia

神聖喜劇 - Wikipedia

をモチーフにしているのかな?」軍隊内の鉄拳制裁が通じない強靭な体力を誇る主人公2等兵勝は知力で立ち向かう、神聖喜劇の主人公の肉体版というところか。どちらもそのコンセプトそのものに痛快感があり、なんとなく笑える。

 神聖喜劇 引用

戦前の日本軍を題材にした作品で、凄まじい記憶力を誇る主人公陸軍二等兵・東堂太郎が異常な軍隊世界の中で過酷な新兵訓練を受けるが、その超人的な記憶力を武器として(W.服務規程を全部頭の中に入れて眼前の理不尽が規定に全く反していると粛々と追及する)軍隊内部の不条理に抵抗する。」

 兵隊やくざ

「本作で、田村高廣が翌1966年(昭和41年)の第16回ブルーリボン賞で最優秀助演男優賞を受賞した。⇒過酷な軍隊内であくまでも誠実、公平であろうとするインテリ兵士を演じた。」

本作もまたヒットを生み、『座頭市』同様にシリーズ化された。」

なお、勝の大映時代の傑作シリーズに悪名 - Wikipedia

大映1961年に映画化され、朝吉を勝新太郎、弟分のモートルの貞を田宮二郎が演じた」⇒W。田宮二郎の演技は定番化されている名演技。ずっと後にれいわ新選組山本太郎ナニワ金融道で田宮的演技を再現している。名演技だった!

同作のヒットを受け、以降は脚本家依田義賢のオリジナルでシリーズ化され、全16作が製作された。」⇒Wこの作品が座頭市や兵隊シリーズに先駆けて制作された。1960年代初頭、高度経済成長初期の都会と近郊の風俗を実感できる作品であり非常に興味深い。ある種の時代的な郷愁がある。座頭市は全く関心がないが兵隊やくざと悪名はほぼ全作品見ている。

成田三樹夫 - Wikipedia大映時代の作品。

監督田中徳三 原作有馬頼義

勝新太郎 

田村高廣 - Wikipedia

1928年8月31日 - 2006年5月16日

坂東妻三郎の長男

大楠道代 - Wikipedia

成田三樹夫 南都雄二 

芦屋雁之助 - Wikipedia

芦屋小雁 - Wikipedia

内田朝雄 - Wikipedia

内田朝雄の著書

名優・成田三樹夫氏の葬儀。 - YouTube

W。7分57秒以降に注目する。

diamond.jp

俳優 成田三樹夫論 : 下田循環器・腎臓クリニック 花房院長のブログ

引用

ある日日比谷へ映画を観に行き、その帰りに食事をしていた時です。「温子はどんな本を読んでる?」と突然聞かれ、焦りながら今まで読んだ数少ない本を挙げました。その中で太宰治の名前が出ると、「太宰は僕も好きだよ。あとね、ドイツの作家なんだけどハンス・カロッサ(W。注)~1878年 1956年 と言う人の本なんか温子にいいんじゃないかなと思うんだ。透明感があってサラッとしている文章で読み易いよ。何と言う事ない様でいて読後が清々しいんだ」帰ってから早速本屋さんへ行ったのですが、絶版と言う事でしたので古本屋さんへ回ってみました。三軒目のお店で『ハンス・カロッサ全集』を見つけ買い求めました~~」

 

「何でも一生懸命読まなきゃ駄目だ。詩でも小説でも作者は命懸けで書いているんだ。だから読む方だって命懸けで読まなきゃ失礼なんだ」そして、「そうでなければ字面ばかり追うだけで本当の宝物は作者は見せてくれないんだよ」

 

その手紙の中に非常に成田らしい個所が有りますのでそれを書き出してみます。・・・・・中略・・・・・カロッサも毎日少しづつでも続けて下さい。そして人並みはずれて誠実な人間がどんなことを考え続けどんな具合に生きていったかを少しでも分かって欲しい・・・・・中略・・・・・。僕もこの辺でもう一つ腰をおとして勉強の仕直しをするつもりです。とにかくもっと自分をいじめてみます。男が余裕を持って生きているなんてこの上ない醜態だと思う。ぎりぎりの曲芸師のようなそんな具合に生き続けるのが男の務と思っています。」

そういう感性を持って生まれた成田の業のようなものではないかと思います。」

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(W。注)

ハンス・カロッサ - Wikipedia

ドイツ開業医小説家詩人。謙虚でカトリック的な作風であった。

「ヒトラーの時代、派手なナチス批判はせず、要人と会うこともしたが、末期にパッサウの防衛放棄を訴えて睨まれ、侵攻してきたアメリカ軍に危うく救われる、という一幕もあった。⇒W。菅原文太の葬儀でも弔辞のなかにヒントがある。

W。時代に耐え抜く精神の有り様を成田三樹夫はカロッサに読み込んだのかもしれない。亡命したヒットラー時代にトーマス・マンと対比できる。民衆レベルでは亡命できた人とできない人がいた。民衆は亡命できない!

日本の状況に嫌気がさしても生き抜かなけばならない。その時の精神の有り様を成田三樹夫はカロッサに見たのではないだろうか。時代に嫌悪感を隠さないようになった晩年、菅原文太は、信州で共同農場を営んだ。多分、成田三樹夫とこの辺の話をしていたのかもしれない。

 

1948年、70歳でケルン大学ミュンヘン大学から名誉哲学博士号を受けた。パッサウPassauの名誉市民にも推された。

1956年、パッサウ近郊のノイキルヒェン・バイム・ハイリゲン・ブルート(Neukirchen beim Heiligen Blut, 別名リットシュタイク/Rittsteig)に没した。78歳没。」

 

パッサウPassau)は、ドイツ南東部、バイエルン州の都市である。ミュンヘンから電車で2時間強、オーストリアチェコとの国境に接する。

「ドナウ川(Donau)、イン川(Inn)、イルツ川(Ilz)の3つの河川がこの地で合流することから、「ドライフリュッセシュタット(Dreiflüssestadt:3河川の街)」の異名を取る。」

 

写真:ドイツ連邦共和国バイエルン州パッサウ市 Passau

 

 

田尾安志氏、アントニオ猪木氏と同じ難病告白…心臓機能落ちる「心アミロイドーシス」~同じ心臓の難病持ちの俺もまだ生きている。あれからいろんなことができたよ。~~

news.yahoo.co.jp

W。田尾さん、大丈夫だよ。同じ心臓の難病持ちの俺もまだ生きている。あれからいろんなことができたよ。

W。自覚症状がほとんどない人が健康診断で突然、心臓の難病を告げられると暗澹たる心境になる。一種のこころの無重力状態と言って良い。以降、心身のバランスを崩し変調をきたす。田尾さんはYOU TUBEで語っていないがその症状が出ていたと想像する。

症状を公開しないまま阪神タイガースの試合結果の解説動画を淡々と挙げていたころ、夫人はFace bookでつい弱音を吐いてしまったらしいことからも心の葛藤はあったはずで、この難病公開動画をアップしたことで心の葛藤一段階がクリアーしたものと思われる。

動画の内容をよく聞くとすでに開き直っているところが見受けられるので、自分のように精神に変調をきたすまで至らないだろう。

ただ野球解説の現場仕事は神経をとがらさなければできない。

これからまだ難病の心臓⇔精神の葛藤の新しいステージがあると思う。

 

W。自分の場合は難病の心臓病⇔精神の葛藤をふっきる過程で紆余曲折がありすぎた。

W。あの頃は辛かった。

 突然、目の前の景色が眩しくなり、心臓がどきどきして、慌ててしまう。スーパーや量販店に行ったときに臭いが異常に気になってそわそわしだす。その挙句、フロワーに体が沈み込むような感覚を覚え、慌てて店を出ていくことも度々だった。大学の心臓専門医は、こういった精神状態までカバーしてくれない。心臓系の専門医は技術に特化している人が多く心臓病⇔精神の繋がりは無視しがちだ。

 

 今の田尾さんも心臓⇔精神の繋がりが問題になっているのだと思う。突然宣告された難病を抱える気持ちをコントロールすることは難しい。難病の心臓病はよくて平行線を保つのがやっと悪化は避けられない。

 

 ドツボにはまって街の医院に<めまい治療>という看板を見つけ思い切って尋ねると精神安定剤デパスを処方され、やっと精神状態は落ち着いたが

三桁の足し算、3列を紙に書いても繰り上がりができないのには唖然とした。

薬を処方した医者が新しい病院をかなり離れたところに開業するとわざわざそこまで薬をもらいに行ったが、俺はいったい何をしているのか、これではしゃぶ中患者と一緒ではないか、と自問し薬に頼る自分が恥ずかしくもあった。

どうしても閉じこもりがちになり、身近な人に愚痴をこぼすと「人間はそう簡単に死なないよ」といわれ励まされたわけではないが、ナルホドとおもった。「日常生活をパターン化したらいいよ」ともいわれた。

 

 そのうち、耐性ができて薬があまり効かなくなった。自分で精神安定剤の量を徐々に減らそうとしたが、うつ病みたいで、減薬のとき気を付けて、錠剤を少しづつ切り取っていたが離脱症状が発生していたのか灰色の世界が広がって自分の身の置き所がなくなった。

医者の専門家が進んだ事情なのか、心が病んだ人を丁寧に対応してくれるひとは意外に少ない。最も医者の立場からすると、故障個所の修理で精いっぱいでそれがどういう環境に置くといいのかなんて、気配りしていたら身が持たない。一般論でいえば人間の生老病死に直接かかわる仕事にしては医者の給料は安すぎる。黒澤明監督の「赤ひげ」の世界はあり得んよ。

難病や重い病気、身体障碍を抱える人はえてして心も不調になっている場合が多い(訪問介護の経験からもそれはいえる)。

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  ここから横道に逸れる。

その点でも見守り介護の人はすばらしかった。本当にいい人だった。言い争いになるのはWが発火点で先方からの暴言はなかった。もちろん暴力など一切なかった。でも症状は進んで過去回帰などが著しくなり迷子にもなった。

Wが今もって悔やむのは、とことん介護に踏み切れなかったことだ。しかし、世評ではその道に入った者の悲惨事例が列挙されている。すぐ近所に痛ましい事故(一家壊滅)の実例があった。

しかし、今になってよくよく考えてみると、介護者の疲弊がダメなのは、生き残ることにおいて意味を見出し得る場合であり、見守り介護の前から虚無感が広がっていたWに介護が終われば何もなくなるのは必至だったはずだが、実際にその時期が来るまで実感できなかった。

虚無的なWに何もなかった。なかったからこそ、見守り介護を求めていた。

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 ついに街の心療内科に駆け込んだ。

 ここが転機となった。

患者さんは何人もいない院内待合室の雰囲気が他の病院とまるっきり違う。患者と受付の応対は不自然で待合室の空気はとろんとよどんでいるように感じた。

医者はただただ、自分の話の聞き役に回るだけだった。

 帰宅して、自分は拙いところに立ち至っている、この先あそこに世話になれば、泥沼にはまる自力で何とかしなくちゃと痛感した

 この時考えた打開策は体を強制的に動かすことで突破口を開こうということであった。そこに賭けよう。それで心臓に負担がかかってダメになっても仕方がないと腹をくくった。

自分で自分を強制しても空回りする。~ドツボにはまって空回り~

(今の自分がやっていることはこれだな、と記事にしていてわかる)

他人に強制してもらうと、目の前のことに無心になれる。

 

肉体労働にでると、自然と体を動く。

しかし、簡単に思っていた仕事に行った一日の終わり、地下鉄の階段を下るにも手すりを使う状態で筋肉がパリパリになった。こんな経験は初めてだった。慣れない現場の1対1の仕事で当たり前のことがすぐできない自分がいた。結果信用されないで指図される。

勝手知る仕事に出ることに決めた仕事内容自体はハードだが、コツも熟知しているし無駄な力を一切使わないので体も楽で、アレコレ指図されず責任を持たされるので心地よかった。自信がついた。

自分の心臓の具合は難病だが医者のい云う通りまだ軽度なんだと解ったしかし、肉体労働を続けたら心臓がパンクする、と判断した。

このころに心の葛藤で難病の心臓病を過大視することはなくなった。

以前やっていた資格を持っている職業は体を使わないのでできると判断し、探したがどこにも採用されなかった。

掃除の仕事にも出てみた。

その道のプロがいるものだと感心した。しかし、自分が続けられるとは思わなかった。ものすごく疲れた。

次に出入りしているボランティア団体が訪問介護事業所を立ち上げる、というので仲間と有償ボランティアで介護をしながら、資格を取りに行った。

>完全に葛藤が吹っ切れたのは、ある利用者の正月の酒の付き合い、をしてやってくれと責任者から頼まれ、心臓病が発覚して以来絶っていた酒を一緒に軽く飲んだ、ときだった。

 

>見守り介護の人がグループホームに旅立って以来、今の状態は

>介護しているはずの自分は実は介護されていたのだと身にしみて感じている。

@このことは頭の中で解っていて文字にしたことが何度もあったが、本当は何もわかっていなかった。理屈として知っていただけだった。

イタリア映画の「道」。あまりに悲しくて3回目を見るのをパスした。

だが、知ったかぶりを記事にしていた。

映画や小説に、事実よりも遥かに先行した真実がある場合がある。

ここのところが本当にわかっていなかった。心と体に染みていなかった。

@もっと大切にしてあげればよかった。見知らぬ人から突然、「大切にしてあげてね」といわたのに。あのひとは本当にいい人だった。

 

>こころの問題は取扱注意

人間はいっぱいある事実をそのまま、頭に反映することはできない。抽象化したときに、心が優先するケースが多い。

理性制御より大脳辺縁系器官の作用が優先する。

つまり人間は動物なのだ。

@動物に流れる人間が人間的であるためには

       ↓

引用 ダンカン、笑撃の回顧録 日刊ゲンダイ 2022年5月30日

  上島竜兵のバカ野郎!~~最後まで俺を困らせんじゃね~よ~~

W。DENAの始球式に出た際に、中野猛虎会の上島さんが阪神のパンツをはいていた、ことを受けて~。

「バカ野郎!!上島竜兵、笑っていいんだか泣いていいんだか、この期に及んで俺を困らせるんじゃねーよ!!部屋のテーブルの上に水たまりを作っちまったじゃね~か。

「Sちゃんとの電話は、残された妻で元芸人のひかるちゃんをおもうと」

マネージャーのSちゃんは「私も最愛の父を亡くしてから立ち上がるのに7年間かかりました~~8回忌を終えてほんとは区切りついていないんだけど、

でもそこで何かやっと動く力がわいてきたというか~~」

W。ダンカン

「そうなんだよなあ~~俺も8年前マリリン」(妻の初美、享年47)を送ってから、心に大きな穴が開いて

どんな高級料理を食っておいしくない、いい音楽やドラマ、映画、スポーツシーンを目にしても心が最高値に決して跳ね上がらない時間がどれほど続いたか~~

>そして時にはあらぬ考えさえ~~~正直言えばその気持ちをまだひきずっているし

おそらくこれは俺がこの世を去る時まで消えはしないのだろうか~~。

それでも少しづつ笑えるようになったのはやはり(慰めてくれるとかではなく)普通に接してくれる人たちのおかげだと思うのだ。

W。上島竜兵さんほど同時代で一貫して純粋にピエロを演じてきた芸人はいなかった

ピエロは誇り高い人でなければ演じきれない。

ピエロには孤独と悲しみが付きまとう。それはどこかで癒されなければならなかった。

コロナ渦でそれができなくなって心にピエロの悲しみと孤独が溜まっていったのか。

同じ芸人仲間であった夫人と面対ししてもこころは救われなかった。1対1の関係性は出口がなくなる場合がある。

 

                      引用終わり
news.yahoo.co.jp

www.youtube.com

W。田尾さんでなぜかすぐ思い出すのは、京都の大学の野球部寮から大阪の自宅まで歩いて帰った逸話。

 

関西学生リーグの打率記録は今でも破られていないないはずだ。⇒今調べてみると

中日根尾やロッテ藤原の大阪桐蔭同期 同志社大の青地が打率5割2分で新リーグ最高記録 旧記録は74年田尾安志【関西学生野球】:中日スポーツ・東京中日スポーツ

>同期の4人がプロに入っているわけだから、リーグのレベルは落ちている、といわざる得ない。学生野球の有力選手は全国に分散している。東大や京大のいない東都リーグが一番レベルが高いはずで、ここの成績はプロ評価としてある程度信頼できる。例、中大、牧選手(DENA)。

田尾さんは江川さんとは大学全日本メンバーだったので今も親しい。

田尾安志 - Wikipedia

>心臓の難病発覚すれば、どんな強気のひとでも精神的なダメージを受ける。

>なぜなら、生きてるってことは、毎秒毎分、心臓が鼓動しているから。

>認識があるということは、頭に血液が送られてはじめて成立すること。

>そこが不治の病だと告げられると、心が動揺する。

>そしてその動揺が心臓の鼓動に悪影響を与える。

>この循環が心臓の難病発覚以降、ある段階まで続くのは仕方がない。

@しかし心臓の専門医はそこまでケアーしてくれない、というアンビバレントが成り立つ場合は多い。

@なぜなら、優秀な心臓専門医専門分野に特化しているからこそ、優秀なのであって、専門外のことは予め排除している。

@難病の心臓病難病の生活指導をしてくれる医者も必要。

@従ってある段階まで心⇔心臓の難病の葛藤のある生活が続く。

>自分のように個人で空回りするサイクルを作ってしまうと、精神的なダメージを受けて、結果的に傷ついた精神を修復するために、遠回りし危ない橋を渡らなければならない羽目に陥る。あそこで難病の程度がもう少し悪かったら、突然死していたかもしれない。

心臓の難病と平和共存できる生活パターンを確立。

できることとできないことがあり、できないことを実行しつけると突然、生きている状態と死んでいる状態の中間状態に至る。もうこの段階は、精神力云々を通り過ぎて自分が無様な生き物であることを曝け出している。

無理がたたっての心臓の難病。遺伝的な資質もある。

しかし、自分の持てるもの、養ってきたもので見えた、体験できた世界はあった。自他ともに犠牲を払ったことも確かだが。