反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

日中農業問題比較。中国、農村農業問題(14億人の人口、農地50%、国民を食わせる)は政権の歴史的に帰趨。日本、食糧自給率達成は掛け声だけ。しかし、「農民層の流出率は底を打ち、安定した農業経営を模索する段階。戦後日本における農民層分解は、いままさに最終局面。農民層の規模はすでに十分縮小しいったん流出した農民層出 身者の帰農が主流となっている。農民層出身者の農外流出は今後も続くが、流出率はすで に底を打った。」

 反俗日記⇒中国農村、農業の抱える問題点とその克服の仕方を検討することは(日本に比べて中国の方が問題点と課題がシンプルに提出されている~~国家の自律性が高く、政治システムがストレートで農業政策が政治配慮により中庸化せず、シンプルに行われる。)現日本の農村農業の問題点を様々なイデオロギー的な粉飾を離れて可視化することに繋がる。

第二章 「改革・開放」後の農業経営体制―「適度規模経営」」(生産条件に合った適正な大規模経営)を中心に― 


1. 改革開放後の農業経営動向と既存の問題点

1.1  農業経営動向

農業集団化を図った「人民公社」の解体に伴って、「農家経営請負制」への転換がスタートした。

「農家経営請負制」の普及によって、個々の農家は、誰もが耕地を請負うことができるようになった。

ただし、農家1戸(世帯)当たりの農地面積は平均8ムー未満(1ムーは666.7平方メートル、または1/15ha。5333平方m約0,5ha!)、田んぼ1枚の面積も平均1ムー未満となっており、非常に細分化している状態。

 

小規模農業経営の生産様式が、農村住民の食料や衣服、所得など諸問題解決の役割を果たし、農民の労働意欲を引き出したと見なされ、高く評価されてきた。

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⇒W。改革開放の基礎理論である政治は共産党指導力の維持(統治機構維持)と経済は商品経済発展から始める論による評価である。

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W参考資料

「**中国の改革開放以前、つまり1978年以前の農業従事者数は、総人口の約80%を占めていました。具体的には、7億9000万人もの人口が農村に居住しており、1978年から2007年の間に都市化比率が17.9%から44.9%に上昇するまで(W⇒中国の巨大な人口ボーナス、廉価工業製品を製造しても高利潤率を確保できる低賃金労働力商品。)、その多くが農村に居住していました

民工 - Wikipedia

背景としての都市と農村の二重構造

都市と農村、都市住民と農民という差別は、所有制による差別を基礎に成立」

農民工都市戸籍への転籍

政府側の要因:農民工都市戸籍の転換は緩和したにもかかわらず進んでいない現状となっている原因は、以下の2つの立場による要因によるもの」

公共サービスの提供に関わる負担などから無尽蔵に戸籍を与えることに躊躇する。基本的にはその都市経済の発展に役立つと思われる高学歴人材に戸籍を与える傾向。

農民工側の要因戸籍所在地の土地権益を手放したくないという誘因が働いている。具体的には農村の土地は集団所有地であり、その運用で得られる配当土地使用権が存在する。これらを手放してまで都市戸籍を持つということは将来の保険を失うことを意味する。」

                 引用終わり

W.参考資料②

戦後日本の農民層分解と農業構造の転換

https://www.l.u-tokyo.ac.jp/2015SSM-PJ/03_10.pdf

【論文要旨】

「近年では、農地の大規模農家農業法人への集約が進みつつあり、農業法人の役割が急速に拡大して、農業内部に資本家階級と労働者階級が一定規模で形成されている。
長期にわたって農民層分解が進行したことにより、農民層から流出可能な労働力は枯渇し、近年では農民層はもはや、大きな労働力給源とはいえなくなっている。とくに世代内移動のかたちでの農民層分解はほぼみられなくなりいったん農外流出した農民層出身者の帰農が世代内移動の主流となっている。こうして農民層の流出率は底を打ち、安定した農業経営を模索する段階に入っているといえる。戦後日本における農民層分解は、いままさに最終局面を迎えているのである。」

1955 年の農業従事者数は全就業人口の 46.9%に達する。戦後の日本は、巨大な農業社会としてスタートしたのである。
しかしそれは、戦後日本社会に生じた最大のドラマの舞台装置に過ぎなかった。そのドラマとは、農民層分解である。⇒W。中国の都市と農村の二重構造。都市と農村、都市住民と農民という差別は、所有制による差別を基礎に成立=この政策の妥当性はその政策意図の如何に関わらず(政治社会生産一体型の地元人民公社コミューンの曲折をへて)、農民分解を先送りしたが、ソ連型の重工業化、コルホーズ、ソホーズ方式を踏襲していたら、中国共産党

六四天安門事件 - Wikipediaで解体していただろう。中国統一は共産党の支配力の下での農民への土地分割革命だった。土地私有権は国家⇒地方政府(人民公社)⇒地元行政単位に移譲され、人民は当該の土地使用権を与えられた。

しかし。

 反俗日記引用。基本的に日本農政の農地大規模集約化、機械化、生産性向上の政策と同じ。農地の土地私有権の有無も使用権から経営権を半ば独立させ移転先を「移転の対象は同じ農民集団の成員に限定」を外せばほぼ日本と同じになる。

なお、都市区域の耕作地転用は使用権の当局による移転許可と、同規模の耕作地造成で一応、解決することになっている(この法律は日本には無い!が実質的に許可を出す屋地方当局の不正が横行し不動産バブル経済が形成された(もっとも中国のバブル経済は日本の純バブル経済と違って<生産過剰>を含んだバブルであり国内に過剰生産力が滞留する仕組みになっているので内外への開発力が維持される、とみている。

「農家が土地請負経営権を取得した後に、出稼ぎ等で労働力が不足し、土地経営を他者に譲渡または委託する必要が生じることは通常予想される。

①「土地請負経営権移転に関する規定」を経て

                       

 農村土地流動化の要請「 2018 年農村土地請負法修正」へ!

  反俗日記⇒現状、農地の所有者は郷の役所。これが中国の半封建的土地所有に対する革命=農地の私的所有の廃止と分割しムラ行政所有にして農民は土地請負経営権を有す。ムラの農地所有VS農民の土地請負経営権が名目上、けん制し合う関係にあるので農地私有権の無秩序な譲渡、へのコントロールが効く。

>ただし農地の請負経営権転貸、リースは県への届け出、という対抗要件が無く、農外の個人、法人企業の大土地集約を一気に促進する道筋を開いている。

@韓国の農地も私的所有農地の賃貸し、作業委託で農地大規模化が促進された。

@日本農業は高度経済成長期の農民分解が狭隘な平地の工業化、自民党の一貫した農村票田囲い込み政策(小泉進次郎劇場は完璧なマッチポンプ、周回遅れの駄策、日本農業の核心的な問題は市場問題ではなく供給側の課題。<遅きに失した>などによって遅れ、1970年代1980年代の第2種兼業農家の固定化として維持され結果的に国土の急速な工業化と農地の合理的大規模化に大きなタイムラグが生じた。

>「(2005)年の1.9haから(2020)年で3.1haと1,6倍に拡大しました」

>W.15年かけて1,6倍。韓国は①経営当たりの借入耕作地%が日本の倍以上ある。

@日本の自足的高度経済成長と輸出主導型の遅れた工業化の違いで、日本では地方に就労機会が分散し、日本農家は第1種兼業農家(副業農外)から第2種兼業農家(副業農業)へと徐々に移行した結果(こんな細かい区分が農業政策の基本数値になっているのは日本だけだと思う)、兼業農家が温存され大規模化が遅れた。こういう国土的な特徴に自民党政治は上手く乗って長期政権を維持してきたが時代の潮目が変わったのは下図の農水省の農地集約化の進捗具合も見ても解る。

図表 特-17 1農業経営体当たりの経営耕地面積

土地を請け負う権利を含めて土地請負経営権をそっくり第三者に移転するものである。この譲渡契約が成立するためには土地所有権者である民集の同意が要件とされるが、土地を請け負う権利の移転を含むため、移転の対象は同じ農民集団の成員に限定されることとなる。

>これに対して転貸は図4のとおり請負土地を第三者に転貸するだけのもので
あり、土地を請け負う権利は変化しない

このため請負土地を転貸する第三者の範囲に特段の限定はなく、他村の農家や企業にも転貸することが可能である。

農民工都市戸籍への転籍

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また、農村社会を安定させるため、就業の「蓄水池」(調整弁)の役割もある。

>しかし近年、中国農業の相対的な低収益性に起因する農村労働力の離農、耕作放棄耕地利用率の低下などの衰退現象が、ますます顕著となった。

人口が多く、耕地として利用可能な土地が限られていることは中国の基本状況である。経営規模の零細性を克服しない限り、農民の農外流出、農村人口の減少と高齢化の進行に

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smartagri-jp.com

中国はしばしば日本農業を手本にしてきた。ただ、政治家と官僚の農政への態度に関してはむしろ、日本が中国に学ぶべきではないだろうか。」

中国には「三農問題と呼ばれる深刻な課題がある。これは、(1)農業生産の低迷、(2)農家所得増の鈍化、(3)農村の疲弊──という農に絡んだ負の連鎖を指す。程度の差はあれ、日本でも言えることだ。」

「巨額の予算を投じることも共通で、

日本は2020年度の農林水産関連の通常予算が2兆3109億円と決まったばかり。

中国は1兆元(約15兆円。1元=約15円)を超す予算を三農問題の対策に投じるようになって久しい。」

反俗日記⇒中国政府投資は自国の人的物的資源を動員して行うので為替相場に換算してもその規模が解らない。元の購買力平価で換算すると約40兆円を政府は農業部門に投資している。中国の耕地面積は日本の約27倍とすれば日本2,3兆円>中国約1,5兆円。

購買力平価は円と元でいくらですか?
 
総合の購買力平価は、対米国が 155.68 円/ドル、対中国が 41.19 円/元
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中国農政の指針でもっとも有名なのが、「1号文件(文書)」だ。中国共産党中央が毎年年初に出す最初の文書のことで、その年の特に重要な政策決定を示す。このテーマを「農業」が長らく独占している。

2004年から農業や農村をテーマにしており、2020年も三農問題が取り上げられた。国土の5割強を占める農地をどう扱うか、14億人をどう養っていくか、都市と農村の格差をどう埋めるかということは、中国にとって最重要課題であり続けている。新年早々から国はこれだけ頑張っているとアピールする必要があるわけだ。⇒W.「農村が都市を包囲する」対峙、戦略的総反抗完遂の抗日国共内戦時代から共産党政権の帰趨を決する課題。今日の中国の経済力の始原的な蓄積は農村からの過剰労働力人口により形成された資本の高蓄積である。共産党政権は農村と都市の労働力に報いる必要がある。それを蔑ろに内外公共事業の拡大に走ったとき、歴代国家権力は中国人民の海に沈んできた。一路一帯対外戦略はその意味で間違っている。
 
枝葉の議論ばかり注目される日本の「基本計画(原案)」

「1号文件と日本の基本計画は、いずれも農業・農村が目指す姿とその方策を書いているから、共通点が多い。そうではあるが、両者の扱われ方は全く異なる。1号文件を実のある内容にし、掲げた目標はある程度達成しなければならないという、中国政府の焦燥感とプレッシャーは日本の比ではない。

日本の基本計画は、到底実現できそうにもない食料自給率の向上がいまだに大きく扱われており、マスコミの報道もここに集中している。

問題をどう解決するかが重要なのに、指標うんぬんという些末な部分が大きく取り上げられるということは、それだけ農業と農村に余裕があるということなのか。

もちろん、中国の三農問題の深刻さは計り知れない。

完璧な制度とめちゃくちゃな現場運用というのが古代以来の中国の実際だから(W。中央に政策あれば地方は対策有)、1号文件に書いてあることが必ず実現するわけではないし、末端まで浸透しているかというと疑問符が付く

 ただ、日本の農業と農村の実態も、十分深刻だ。農業の基本政策をおろそかにする余裕は、本来ないはずなのである。食料自給率の数字がいつまでも上がらないからといって、「食料国産率(※4)」なる新しい指標を作り出すことに相当な議論を割く──そんなゆとりはどこから来るのか。

基本計画では、農地面積や農業就業者数が現状のスピードで減らないように緩和策を打つとし、施策の効果があった場合の2020年の面積と人数の展望も掲載している。これについても、単なる数字遊びの印象を受ける。」

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⇒反俗日記。戦後日本の農民層分解と農業構造の転換

https://www.l.u-tokyo.ac.jp/2015SSM-PJ/03_10.pdf

「農民層の流出率は底を打ち、安定した農業経営を模索する段階に入っているといえる。戦後日本における農民層分解は、いままさに最終局面を迎えているのである。」

第1種兼業農家⇒第2種兼業農家。ココが日本農業の特色=自民党の票田。農水省、jAグループ。平地狭隘な日本国土(自然災害も多発)の特徴と工業化金融化促進に兼業農業が寄り添って来た。

 

21 世紀になってはじめて、日本は労働者階級出身者が最大多数を占める社会になったのである。
そして 2015 年には農民層出身者の比率は 14.0%にまで低下し、労働者階級のみならず新中間階級と自営業者層をも大幅に下回った。すでに日本は、農民層出身者が大きな部分を占める社会ではなくなっている。」⇒W。労働力商品だけの販売で己と家庭の再生産を賄う層が社会の絶対多数派を占めると、社会は不安定化する!」

 とく新中間階級では 1975 年まで、労働者階級では 1985 年まで、農民層出身者が最大多数を占めていた農民層は、この 2 つの階級の担い手の最大の供給源だったのである。しかしこれ以後は、これら 2 つの階級の担い手が内部から補充される傾向が強まり、2015 年では新中間階級の 39.4%、労働者階級の 44.3%が自階級出身者となった。ちなみに世代間移動した人々に占める農民層出身者の比率をみると、1955 年から 10 年ごとに43.2%、51.0%、47.9%、43.1%、35.6%、31.2%、19.7%である。農民層出身者は長きにわたって世代間移動の中心だったが、今日では 5 分の 1 弱を占めるのみとなったのである。」

 

 「65 歳以上の比率は63.5%にまで達しており、著しい高齢化を示している。これらの人々の多くが、近いうちに農業から引退するから、大量の耕作地が残されることは避けられない。」

>「他方、耕作をやめた世帯から耕地を譲り受け、あるいは賃借して耕作面積を拡げる動きが活発になっている。

農林水産省は、認定農業者など一定基準を満たした農業経営体や集落営農組織などを「担い手」と呼び閣議決定にもとづいて 2023 年までに全農地面積の 8 割を担い手に集積するという目標を立てている。

実際に集積された農地(所有権、利用権、農作業受託を含む)の比率は増加傾向にあり、2016 年には 52.3%に達した。

これにともなって、農業経営は規模の拡大が続いている

農業法人が拡大するなか、農民層出身者の一部は農業資本家への上昇を果たしている

しかし農業資本家全体をみると、農民層以外、とくに資本家階級出身者の進出が目立つ外資本の農業進出は、資本家階級出身者の農業資本家への進出をともなっているようである

また農業労働者の数は少ないものの、農民層に比べれば農民層出身者の比率が低く、幅広い階級の出身者を受け入れているということができる。

   まとめ

 農民層出身者の農民層比率は急速に低下し、1985 年には 20%を切り、1995年には 16.7%にまで低下した。

農民層分解の進行にともなって農民層が提供できる労働力は枯渇し、農民層はもはや、大きな労働力給源とはいえなくなった。こうして、すでに 1985 年から新中間階級、1995 年からは労働者階級で、内部からの補充が農民層出身者を上回るようになっている。
しかし最近では、新しい動きもみられる

最近の若いコーホートでは、男性に限られるとはいえ、30-40 歳という比較的若いタイミングで帰農して農業の担い手となるケースがみられるようになった。さらに農業法人の増加により、資本家階級または労働者階級として農業を継続する農民層出身者が出てきており、これを含めれば少なくとも男性の場合、農業を継承する人の比率はすでに底を打ち、>女性の場合でも子育てが終わる年齢以降になって新たに農業に従事するようにな
る農家女性が増加しているというかながら回復傾向にあるとみることができる。

農民層以外の出身で、農業の担い手となる女性が一定数存在しているのだろう。

以上からみると、日本の農民層分解はまさに最終段階を迎えつつあるといっていいだろ
う。零細農家が非農家化することにより、農民層の規模はすでに十分縮小し、一定規模の
農民層分解は続くとしても、日本の階級構造全体に与える影響は限られる。すでに世代内
移動のかたちでの農民層分解はみられなくなっており、むしろいったん流出した農民層出
身者の帰農が主流となっている。農民層出身者の農外流出は今後も続くが、流出率はすで
に底を打ったと考えていい。