反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

考察。官直人の国会答弁での経済音痴、乗数効果。大量棄権、党員サポーター票。

 代表選、管直人勝利を受けて、代表選、党員サポーター票のうち実に34%の棄権票があった事が判明し、常識では考えられないと、ネット上の一部に不正工作疑惑まで話題が発展している。
 2000円のカネを払ってまで、わざわざサポーターになった人が日本の首相を選べるこの機会なのに、三分の一モノ権利放棄者が出るものか?おかしい!不正があったのではないか!と。
 
 「きっこのブログ」の有名ブロガー、きっこさん、当たりの代表選直後の素早い指摘があっという間にネット上に拡散し、敗北ショック冷めやらぬ、小沢熱烈支持者の一部がこの指摘に飛びつた、というのがおもな「感染ルート」の様だ。
 
 党員サポーター票の開票作業を請け負ったのはフルキャストという有名派遣会社から派遣された作業員で、送られてきた、はがき、の各地区への仕分け作業場所はどこか田舎の倉庫。監視体制にも疑問符が持たれている。
 
 さらに有権者に送られてきた、はがきの記名欄にシールを貼って、見えないようにする措置もなされず、記入した名前が剥き出しになっていた。であれば、作業段階で一目瞭然、剥き出しのなった小沢票の系統的破棄があっても不思議でない。
 
 投票カウント方法は各小選挙区で一票でも上回った者が、その地区の勝者とカウントするドント方式なので各地区への仕分け作業において、小沢票の破棄作業が系統的に行われば、大きな威力を発揮する。各地区仕分け時点で少しづつ丁寧に破棄すればよい。その総和が大量棄権票になって表れた、と。
 
 きっこさんの記事は丁寧に読んでいないが、ネット上の論所の意見をまとめると、そういう話になる。
 
 あるサイトの意見に至っては、月日の経ったある日、ウラ淋しい田舎の側溝から大量の投票はがきが発見された、なんて2、30年前のテレビの2時間ドラマを彷彿させるような書き込みもあり、思わず笑った。
 
 ホント、凄いと思う。想像力、文章展開力。
 ネット世論は独特なものがある。速報性、話題性、機転の利いた持論展開力、文章力、これらにたけた方の意見が威力を発揮する。でも、この辺の意見に影響される方はまだ、言うなれば、「知的能力」に余裕のある方。
 
 一方で、2ちゃんねる、なんていうのもある。これ以上表現しない。私も薄学非才を自認するモノだから。
 
 ここまで書いてきて、真面目な結論に行くのは馬鹿らしいから止めることにするが、一言。
この大量棄権票は、民主党の組織としての足腰の弱さをモロに表しているということだ。
こう書く者は余りいなかったな。
 
 個人の名前だけ借りて、団体や会社がまとめて党員サポータ費を振り込んでいる、実態がある。
 
 幽霊党員サポーターがたくさんいての民主党30万なのだ。立正佼成会PL教団と言えば、日本の新興宗教の中ではメジャーでその他も含め、反創価学会派は新宗連とかいう連合を組織し民主党を応援している。民主党組織としては連合に次ぐぐらいの硬い支持の塊じゃないかな。
ここに幽霊党員サポーターがたくさんいると見る。
 
 これらの構成員個々人と民主党との関係は創価学会公明党との関係の様なイコール関係じゃない。名前を貸しても民主じゃない。両候補に絞り、判断できかねる。あるいは政治なんかに関心がない人たちがゴッソリいるという事。
 尤も、幽霊党員サポーターがたくさんいるのは民主だけじゃない。共産さえもそうだと思う。
 
超昔。レーニンロシア社会民主労働党ボリシェビキとメンシェビキに分裂したのも、実際の党活動に積極参加していない党員を非合法を余儀なくされている革命党内に入れるかどうかの問題だった。
いい加減な党員が混じっていると非合法党の力は弱くなるとレーニンは考えた。 
 またもや、回りくどくなっていしなった。次に行く。
 
 
    <<官総理が財務大臣時代、自民党の林の質問、経済の初歩的概念、乗数効果を聞かれて立ち往生>
 
 これがメインテーマなのだが、詳しく論じる余地がなくなったのでザット行きます。
 
視野の狭い競走馬にならないように!これにつきる。
 
参議院議員は経済学の初歩、乗数効果の意味を理論的に知っているが、本当のところ何も解っていない!こんな奴が国民を格差と利権癒着に追い込んだのだ!
また乗数効果についてネット上で能書きを垂れて林に追随している方がいる。
 林はいい。確信犯だから。
 
しかし、追随している方は競走馬の様に周りを見渡すことなく、走る事に命をかけている自分の根本思想を理解していない。
競走馬の中で周りを気にする馬はブリンカーという前だけしか見えない視野狭窄になる補助具を装着させられ騎手に操られる。この方は視界を狭くせられて操られているのである。
 
 林議員の質問の真意は子供手当は予算規模に対して乗数効果が低いから止めよ、ということだ。
でどうするか?今の自民党の方向だと、新成長戦略への投資、公共事業の拡大となろう。
 
当時の管財務大臣の答弁だと子供手当を支給した時の乗数効果は0,7
尤もこの時の管は私が以下に期すような事柄について、知ってはいるが、答弁しなかった、と思う。
 その時、キチンと答弁できないから、問題を初歩的経済が概念も知らない経済音痴に捻じ曲げられる。
また、骨身にい沁みるほど解っていれば、参院選で新市場主義路線ださない!
 
 さて、土木建設の公共事業は、ネット上のオリコウさんによれば、常識的に1にに勘算されていると。
 一見、当たり前の意見に見える。
 
 手当はカネの余裕のある層、節約志向の徹底している家庭にも給付されるから、当然、貯蓄に30%ぐらいは回るだろう、よって乗数効果の初期値は0,7で波及効果があらわれる。官総理がそう考えるのでない、官僚の試算。
 
 一方、土木会社に公共事業を発注した場合、そのカネで工事せず、貯蓄に回すことはあり得ないから、初期値1は当然と?
 ならば、経済効果を狭い範囲で解釈すれば、初期値の高い土木会社に予算をつける方がGDPを押し上げる、と。
 
 本当にそうだろうか!?
私の考えでは両者の経済効果は大して違わない。であれば、少子高齢化の大きな難題を抱える日本の将来を見通すと、少子高齢化対策として子供手当に軍配を上げる。
 
具体的な論証は数字を挙げなければ、本当の説得力はない。今それができない以上、実証主義の原則は捨てて、指摘に止めるしかない。
 
 土木会社の元請けは役所の入札で工事を受注するので、見積もりの金額は確かだが、実際の工事をやるのは大抵場合、下請け会社になり、下請けに任せる段階で役所で受注した見積額からの「中抜き」が発生する。
さらには、この中抜きされた下請けが全ての仕事を請け負えばまだましで、必ず、孫請けにまた仕事を下ろす。
 ここでまた中抜きがある。そこからまた、ひ孫に出すなんて事もある。
 これが土木建設業界の実態である。
 
 従って、ネット上のオリコウさんの数値1は実態とは全く違うモノとなる。
 農家個別保障制度しかりだが、民主党の政策体系が直接給付にこだわる原因はここにある。
 
社会や経済が停滞すると、こういう上から下への階層的固定化を利用したピンはね、ぼったくりが構造化して、投資しても波及効果が薄れる傾向が蔓延する。
 
派遣労働なんかも、こういう観点からとらえることもできる。派遣会社がピンはねして、派遣労働者は自分の仕事量に見合う賃金をもらってない。こういう方が多くなると消費が進まんくなる。
 
 なぜそうなるか深く考えてみると、資本主義の実相は必ずしも等価交換でではないという現実にぶり当たる。
マルクスは理論として完結させるために等価交換から搾取を導き出したが、彼もそれが実態でないとは、現実を見て知っていた。資本論にはイギリスの現状に記述が多いのは彼が理論を理論として終わらせようとせず、実践的な戦いの武器としよう、としていた意図が見て取れる。
 
 等価交換の原則を大切にせよ!という戦いが労働現場企業にキチンと責任をもって雇えという正規労働を求める戦いになる。当たり前の要求で、初歩的な原理原則を押し出しているだけだ。それでも現場でキチンと管理すれば、資本は儲かる経済原則になっている。
 
 日本の労働市場は元々正規非正規の二重性を持って、互いの市場が分断されてきた。これが一点。
社会、経済の格差拡大では会社に格差に序列ができて固定化する。コストパフォーマンスからしても、下に仕事を出した方が安上がりになる。
 
かくして、日本経済の一貫したデフレ傾向は供給過多で需要がつかない事もあるが、こういう経済活動の現場での階層化にもある。
 
 結論。だから、目先の議論をして今まで政策として一貫してやってきたから、とんでもない少子高齢化や各方面の格差の拡大となっている。
 
 まだ、頭の中が今まで通りの方が多すぎる。それは結局、歴史的視点、全体的視点の欠如した私、資本のイデオロギーだが、これでいけば、内外で日本はとてつもない難問にぶち当たる。
 
なお、今お日本の最先端企業が韓国などの追い上げにあって、キビシイ市場争いを世界で繰り広げている現状に危機感を持って報道するスタイルがあるが、どうかなとも思う。
薄型テレビの市場争いは企業間でのモノ。それと政治はイコールではない。