反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

「不均衡な発展と複合的な発展」ラディカ、デサイ 。資本主義の過去-現在ー未来の発展史を総括。多極化は、不均等発展と<複合発展>の弁証法が展開する中で、 後者が前者に勝利したという事実の結果である。 複合発展は、次々に波を起こし、生産能力を世界中に広く普及させてきた。

Radhika Desai – Wikipedia

Geopolitical Economy:⇒地政学的経済学
the Discipline of Multipolarity多極性の規律?

        Radhika Desai ラディカ、デサイ インド人。カナダの大学。

 Google 翻訳アプリを使用する。

全般的に概念論、抽象論(まだ確立されていない地政学的経済学を確立しようとの努力が概念論、抽象論に陥っている)はが多いが、反俗日記と問題意識が一致(グローバル資本主義下の世界的な金融寡頭制資本と労働階層の関係及び地政学的国家関係)するので取り上げる。事前にざっと目を通した限りでは欧米によくあるトロツキーの影響を受けたマルクス主義者である。

ココで取り上げた論考は近現代の資本主義の世界通史とでもいうべき物語をマルクス主義的概念を使って述べたものである。使っている概念が一致するヒトには解り易いが前提概念に慣れていないヒトは小難しいだけだ。

>全般的な議論の印象。建物あって中身無し。必要な箇所だけ自動翻訳する。

 

不均衡な発展と複合的な発展Uneven and Combined Development

トロツキーは『ロシア革命史』11 においてUCDの理念W?Uneven and Combined Development不均衡な発展は解る(レーニン帝国主義論のモチーフ~反俗日記もウロ戦争でタイプの大きく違う資本主義のウクライナ、ロシア市場再分割を巡る衝突~を使っている~)が複合的な発展とは何ぞや?(W。トロツキー的な概念?無意味!?)を最も詳細に概説したが、その根源はマルクスエンゲルス、古典派政治経済学、そしてロシア革命家たちが世界初の共産主義革命が後進国で起こった理由を理解した共通の知的枠組みにあった(W。スターリン的にいえば世界の金融寡頭制資本主義の不均等発展=世界帝国主義の弱い環~ロシア~の革命。レーニン的には先発資本主義VS後発資本主義の世界市場再分割⇒現在に当てはめるとG7VSスターリン主義体制後の国家資本主義、中国、ロシア)ハーバード大学ソ連経済史を教えたロシア亡命知識人アレクサンダー・ゲルシェンクロンは、UCDの形態を戦後アメリカの学界の上層部に持ち込んだ。

UCDによれば、資本主義の発展は本質的に不平等であり、特定の国や地域に集中している。資本主義が社会内に階級的不平等を生み出すのと同様に、社会間にも不平等を生み出す。そして、国内政治における階級闘争と同様に、国家間の闘争も存在する。「リアリスト」国際関係論の陳腐な定式化である国家間の永遠の闘争とは異なり、UCDにおいては、国際闘争はまさに資本主義的なものである。より先進的な資本主義国は、不平等を維持し、拡大しようとする。

⇒W。1950年代~1970年までの世界的な先発資本主義国の高度経済成長期は例外だった、との基本認識だ大事だ!

いわゆるリベラリズムこの期間の先発資本主義国の政治上部構造の在り方を原理原則にしており、冷戦体制崩壊以降、トランプ1,2以降明らかになっているグローバル資本主義の第2段階への認知欠陥に陥っている。民主主義は政治思想ではない。ある国では永続的に戦い取る制度の在り方であり方だが、この論考の用語でいえば、資本主義は不均等、複合的に発展するので民主主義に世界性普遍性を持たせるとネオコン思想に繋がる(民主主義強制暴力革命?)。

 西ヨーロッパでいえばEUが本格化した時期の独、仏内のソーシャルヨーロッパORリベラルヨーロッパ、国論を分けた論争。

ヨーロッパ社民は前者に片足の立場から後者に移行し、帝国主義社民としての立場を鮮明にした!その後のEUの数回の渡る拡大(ユーゴスラビア内戦)、特に東方拡大はEUのシステムに組み込まれた帝国主義東方拡大であり、これが最縁辺のウクライナを巡り、タイプの違うスターリン主義体制後の国家資本主義ロシアと衝突した。この地政学的な基本対立構造帝国主義ネオコン(ロシア弱体化、分割戦略は明白)民主党米国が乗っかって先導した。現状のリベラリストは1次、2次世界戦争時と同じタイプの労働者同士を戦わせる行動をとっている。

****引用論考に戻る****

「そして、資本主義の矛盾の結果を外部化する能力も持っている。これは実質的に帝国主義である。⇒W。超簡単、解り易い「帝国主義論」だ!

しかし、共同開発(W疑問はある)は、それが一定で不変の構造ではないことを保証する。

他国は喜んで支配に甘んじるわけではない。共同開発、あるいは競合開発を通じて支配に挑戦しようとする国々は、自国の経済を守り計画することで産業発展を温室化する。>これは、19世紀後半の米国、ドイツ、日本の工業化のように資本主義的な形態をとることもあれば、ソ連や中国のように非資本主義的な形態をとることもある。

⇒W.ナルホド、そういう道具立てだったのか。斬新な見方だ!

共同開発は常に成功するとは限らないが、西側諸国であろうと他の地域であろうと、共同開発なしに追いつくような開発は不可能であった。
支配国は、自国の経済と支配国の経済の補完性、

>イ支配国例えば工業製品の市場や安価な原材料や労働力の供給源としての役割を担うことを追求するのに対し、

@ロ)競合国は産業発展と技術発展のレベルでの類似性を求める。

階級闘争と同様に、UCDもまた国家による規制の強化をもたらす。

不平等の維持と拡大には、広範な国家活動と共同開発への関与が伴う。

どちらの取り組みも資本主義の運営を変化させる。

主な違いは、
前者>イ支配国は典型的には資本主義の自由を国内外で拡大することを伴うのに対し、⇒W.トランプ2は明らかに違った傾向で行動しているのはなぜか?軍産複合体と金融には手を付けずモノの出入りの不均衡を問題にし、高関税をかける、という取引。コレは今の米国(覇権は相対化)にとって必然の攻撃的政策とみなす。

後者@ロ)競合国は資本主義の共同開発においては自由を制限し、経済を統制・指導し、

共産主義においては自由を完全に排除することを伴う点である

資本家が共同開発に不安を抱くのも無理はない。

彼らの自由の多くは共同開発によってもたらされるが、同時に共同開発によって破壊される可能性もある。なぜなら、フレッド・ブロックが指摘したように、「国民資本主義(すなわち共同開発)が、ある種の社会主義への道における単なる通過点となる可能性は十分にある」からである。⇒W,意味不明!満州国大東亜共栄圏ゲルマン民族の生活圏獲得?

***

もちろん、共同開発は支配国からも抵抗を受ける。

第一次世界大戦は、「現状維持」国家と対抗国との間で戦われたことで有名である。

冷戦は、資本主義と共産主義の争いにとどまらず、資本主義であれ共産主義であれ、一般的に共同発展をめぐる争いでした

しかしながら、後者は共同発展の最も強力な形態であり、今日においても、共産党支配下の中国の共同発展は、既存の資本主義諸国が直面する最大の課題となっています。⇒Wナルホド、そういう見方もあるのか。

一方、彼らに立ちはだかるロシアの依然として強力な軍事力は、ソビエト時代の遺産です。

自由市場のレトリックはさておき(W。言い得て妙!)

>歴史的に見て、国家主導は市場の協調よりも成長を生み出す能力が高いことが証明されています。

多極化は不均等発展複合発展弁証法が展開する中で、

>後者が前者に勝利したという事実の結果である。

複合発展は、次々に波を起こし、生産能力を世界中に広く普及させてきた

1870年頃の米国、ドイツ、日本の工業化、

1930年代のソ連の工業化、

そして大恐慌によって西側諸国と植民地間の貿易関係が断絶したことにより可能となった植民地諸国におけるわずかな工業化、

西欧と日本の国家主導の戦後復興、

1970年代の新興工業国(韓国と台湾)の第一波とそれに続く他の国々、

そして21世紀までのBRICs諸国やその他の新興経済国。

それぞれの波が、市場と投資先を求めて互いに競争する成功した開発途上国の選択肢を増やしたため、発展途上国にはより多くの選択肢が与えられ、さらなる共同開発が容易になった。⇒W.著者は複合発展を原初先発資本主義国の英国、フランスに対抗して発展下米国、ドイツ、日本、イタリアの世界資本主義の発展史まで遡って考えている。

*****

UCDは階級闘争と国際闘争を同じ枠組みで捉え両者がしばしば相互に強化し合うことを理解しています。

*****

 重要な例を挙げましょう。

帝国主義諸国の労働者階級は、資本家が世界中で得た利益を不均衡に自国に投資し、雇用を拡大したため、帝国主義の恩恵を受けていたかもしれません。⇒W。レーニンのいう帝国主義の超過利潤で買収された労働貴族、労働官僚は帝国主義戦争に己の階層利害を基盤に同調し労働者を兵士として送り出し、相手国の兵士労働者と殺し合いをさせる。

***

しかし、彼らは戦後、脱植民地化と新興独立国による共同開発の追求から、それ以上の恩恵を受けました。

帝国主義諸国が植民地市場を失い、国内市場と労働者階級の消費への依存度が高まったため、労働者階級の賃金上昇要求はより成功しました。⇒コレだけなら経済主義!戦後世界体制の絵う今日も大きい!冷戦体制崩壊は労働者階層の実質賃金の上昇傾向は鈍化した。賃金闘争は政治闘争でもある。

国民総所得に占める労働者階級の消費の割合は、第二次世界大戦後、一時的に上昇し、それ以降はほぼ横ばいとなっています。

一方、共同開発の試みが中程度に成功した場合でも、一人当たり所得の成長率は、植民地主義時代のほぼ停滞期の何倍にも達しました。 
先進国、発展途上国を問わず、資本主義国におけるこうしたより国内主導の成長こそが、戦後の「黄金時代」として知られる伝説的な成長の基盤を築いたのです。⇒W。未だに内需拡大幻想を唱える人達は本当のことを知っているのに政治的な欲から押し隠している。

『ピケティの法則とは、富裕層の資産運用によって得られる収益(資本収益率)が、経済成長率よりも大きいという不等式「r>g」のことです。言い換えると、資本による富の蓄積が、労働によって得られる富よりも早く進むため、富の格差が拡大し、富裕層と貧困層の差が広がると主張する理論です。』

もっと原理論的に言えば賃金奴隷制である。その国の労働力商品の価値は労働力商品の再生産費によって決まる。現下の主食米価高騰に労働力商品の再生産費が完全に追いついていない、その調整さえ政府が手間取っているところまで日本資本主義を取り巻く政治経済環境は歴史段階的に悪くなっている。

 

     米国の覇権?

UCD(W.不均衡、複合発展を資本主義の原理化)は、黄金時代が終焉を迎えた後、自由市場思想が新自由主義的に復活した際に生み出された資本主義世界秩序に関する多くの神話を覆す。⇒W。理念の展開=悪しきヘーゲル主義だな。

その最も重要なものは、

米国が英国に代わって世界経済の「覇権国」となったというものである。⇒W.呪文のように語られる。

不均衡な発展によって英国は一時期世界経済を支配することができたかもしれないが、米国、ドイツ、日本の工業化の競争によって1870年代までにその支配は終焉しただけでなく、これらの競争国の多様化によって世界は多極化した。

つまり、避けられない英国の支配は再現不可能なものとなったのである。

覇権論者は、正式な帝国を築くことは不可能であることからドルを世界通貨にするという規模にまで縮小されたが

米国はそのような支配を模倣しようと精力的に試みたが、失敗に終わり、破壊の痕跡だけを残した。

1914年から1945年にかけての30年危機に陥った世界は多極化したかもしれないが、

帝国主義は依然として残っていた。⇒W。産業資本主義段階⇒帝国主義段階

UCDの危機は、国家経済と世界経済の構造と力学を一変させ、その試練から生まれた世界は国際的な世界となった。

帝国ではなく国民経済によって構成されていた。

歴史の天秤は、かつてないほどに、米国の希望がかかっていた不均衡の維持から、共同発展へと大きく傾いた。⇒W.複合発展ということか。

国際的には、資本主義国が大恐慌の泥沼に陥っていたまさにその時、ソ連は工業化を進め、連合国の勝利を確実なものにした。⇒W.この手の当たり前の歴史認識さえ冷戦体制終結とともにどこかに置きされれが、今になって(グロ資本主義第2段階)おぼろげながら再浮上しつつある。

東欧と中国における共産主義は、さらに多くの領土と人口を資本主義の手の届かないところに置き、拡大した共産主義圏は脱植民地化を支援し、共同発展の可能性を広げた。植民地主義によって後退した経済にとって、他の国々よりもはるかに困難であったが、発展途上国における共同発展は意義深く、1980年代、1990年代、そして2000年代の急速な成長の基盤を形成することになる。 ⇒W.ソ連や中国の物心両面の支援が仮になかったとしても、第2次世界戦争後、植民地半植民地化国は独立していた。先発資本資本主義本国では大量生産、大量販売システムが定着し、植民地経営はコスト負担になる。

もちろん、「安価な労働力供給、資源原材料の供給、単品輸出経済形態など矛盾は抱えていただろうが。

共産主義の脅威により、米国は西ヨーロッパと日本、そしてその後数十年間にわたり、共産主義との戦いの最前線に立つ韓国や台湾といった新興工業国(NICs)における共同開発を容認せざるを得なくなった。⇒W.トランプ高関税攻撃の深層心理も理解できる文脈。この政策にも一理ある。自由貿易を先頭切って推し進めてきた米国がドル信用が危うくなって今頃になって重要な経済政策である関税政策に舵を切っているという悩ましい現実が露になっている。中国が対立から突如、90日間猶予で妥結した変わり身は劇的であった。

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国内経済はかつてないほど国家主導型となり、国家主導となった。⇒W.日本資本主義の高度経済成長時代の官僚の陰陽に渡る差配と企業間の日本独自の連携と内外関係。

その政治経済体制が新自由主義によって破壊された。内的エンジン力が衰えた。実はこれが戦前の日本資本主義を台頭させてきた動力だった。経済界がいち早く戦前に螺旋的に回帰していたのだ。

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国内労働者階級の需要が新たに中心的地位を占めるようになったことは決定的に重要であり、国内のみならず国際的にも支配と従属という大きなつながりを断ち切り、黄金時代の礎を築いた。

国際的な威信(そして忘れてはならないのが、国際通貨基金IMF)や世界銀行といった主要な国際機関における議決権)に関わる国家経済の相対的な規模を維持するために、あるいは国内資本家階級の機会の維持・拡大のために不可欠な成長の追求は、

@何よりも国内需要の拡大を必要とした。

復興と発展のための計画に加え、雇用と需要の水準を維持し、福祉国家と公共サービスを拡大するためのマクロ経済運営は、国内生産者と市場の熱心な保護と並行して行われた。

米国は他国における輸出の「開放性」を維持しようと努力したが、

強引な貿易交渉によって行き詰まり

開放性の模範となろうとする努力は、自国経済を輸入浸透の増大と競争力の喪失にさらす結果となった。⇒W.トランプ相互関税、取引の深層心理を明らかにしている。ただし、アメリカが世界の過剰生産に対して有効需要を与えるケインズ国家である実態とドル信用創造軍産複合体の権益の維持と表裏一体である。戦後世界体制、冷戦構造との関係で上記の表裏一体のベクトルが生まれた。歴史は生身の人間が作っていく、物理的な必然性というモノが根底にある。

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国際貿易は戦間期の崩壊から回復したものの、GDPの伸び率を下回り、国内需要の重要性を浮き彫りにした。

新たに独立した開発途上国は、かなり力強く成長し、国際舞台において、共同開発を容易にするための新国際経済秩序(NIEO)の確立を要求し、より積極的に発言するようになりました。

この成長は、開発途上国と先進国間の一人当たり所得格差を縮小させ始めました。

皮肉なことに、この格差の縮小は、労働者階級の需要拡大が先進国の高い成長を牽引し、

>西欧と日本が時代の成長の大部分を占めたために鈍化したと言えるかもしれません。

共同開発は、まさに資本主義を社会のより広範な層に役立つように修正することで、成長の黄金時代を可能にしました。

この国民経済の世界は米国のドルに対する期待を打ち砕きました

黄金時代の成長によって米国の世界経済における相対的なウェイトが半減したにもかかわらず

米国は依然として最大の経済大国であり、国民経済の中の一つの国に過ぎませんでした。

世界の通貨としてのスターリングの歴史は、帝国主義的な産物だった。

イギリスの植民地は金融余剰を供給し、イギリスはそれを輸出することで世界に流動性を提供していた。

植民地がなければ、アメリカは必要な規模の資本を輸出することができず、相対的な規模の縮小を阻止するために投資が必要になったときにも、そうすることができなかった。また、組織化された労働者階級の力は、雇用水準を政治的に敏感なものにしていた。
ケインズ新たな状況を予見し、1944年のブレトン・ウッズ会議において、各国経済が共同で繁栄を追求することを可能にする国際通貨制度を提案した。

それは、多国間で創設された世界通貨バンコールであり、貿易不均衡の公式決済貿易収支と金融収支の黒字と赤字の両方を罰することで不均衡を最小限に抑えることを目的とした国際決済同盟、そして投機的な国際資本移動を防ぐ資本規制などである。

米国の力はこれらの提案を阻止することはできたが、ドルの成功を確実にすることはできなかった。

戦後、ドルが優位に立っていたように見えたものは、実際には、繰り返された試みと失敗の連続であった。

必要な規模の資本輸出ができなかった米国(西欧へのマーシャル援助は少額すぎ、1950年代にはドル不足があった)は、経常収支赤字を計上することで国際流動性を提供することに頼った。

しかし、この方策はトリフィンのジレンマに陥っていました

財政赤字はドルに下落圧力をかけ、世界通貨としてのドルの受容性を低下させました。

1958年に他通貨との兌換が可能になると、ドル不足はドル過剰へと転じました

金は米国から流出しました。1961年の金プールも、その後の一連の方策も効果がなく、1971年にはドルと金のつながりが断たれました。

 

 The Long Downturn and its Financializations長期不況とその金融化

複合開発が黄金時代を牽引したとすれば、それは1970年頃にそれを終焉させたとも言える。

これは、ロバート・ブレナーが黄金時代を「長期好況」(彼自身の言葉を借りれば)と呼び、長期不況について論じた、その卓越した記述の主要な含意である。

 今日まで先進工業国を悩ませている長期不況は、

西欧と日本の回復によって生じた既存の需要水準に対する過剰生産と過剰設備によって、製造業の利益率が低下したことが原因だった。

そして、長期不況が続いているのは、

継続的な複合開発によって生産国が増え(今や中国も含まれる)

企業も政府も、堅調な製造業投資を再開するために必要な規模の「資本価値の虐殺」、つまり物理的価値ではなくとも価値における埋没資本の切り下げを許容しないからだ、と彼は主張する。彼らがそうするのは、逆説的である。彼らは損失を被り、競合他社は利益を得ることになる。

 労働者階級と第三世界生産性と消費を増やすことで世界の需要を拡大することは、ブラント委員会が推奨した一つの解決策でした。

しかし、それは西側諸国の資本家階級を犠牲にしてこれらの構成員に力を与えることを意味していました。

彼らは、これらの構成員の所得を攻撃することで収益性を改善しようとする新自由主義的な選択肢を好みました。 

 1980年代に新右翼政権がこのアプローチを実施し始めてから30年以上が経ちましたが、

>このアプローチは収益性を回復させることに失敗しただけでなく、

>需要の伸びを制限することで根本的な問題を悪化させたようです。

21世紀において、西側諸国は衰弱し金融化された資本主義を抱え、日本は長期停滞に陥り、2008年と2010年の危機がそれぞれ米国と欧州を襲っています。

 長期好況期と比較すると、長期不況期の成長率は低かっただけでなく、ゼロサムゲーム化しており、金融化も進んでいました

長期好況期には、事実上すべての国が共に成長していましたが、

西側諸国の労働者階級への打撃と国内市場の停滞により、

先進工業国の一部は他の国々を犠牲にしてしか成長できませんでした。⇒W。その典型をEUを隠れ蓑にしたドイツ資本主義にみる。その点、EUのような広域経済圏の戦略性無き日本資本主義は長期停滞と、政治軍事面での米国依存度を深め、有効需要維持のために巨額の財政赤字を積み上げた(赤字国債の大半は自国通貨建ての日本国内の購入者~~とはいっても経済活動、財政への巨大な圧力にはなる。日本国債の売買は外国に門戸開いている。為替、「株式や米国債、米国株式との連動性もある。会計上の帳尻と金融投機資本の思惑は大きく違う。)。MMTの財政膨張政策をやると国際金融の狙い撃ちに合う可能性もある。EU離脱後の減税、財政拡張の女性首相は半年も持たなかった。自民党の赤字財政拡張論者の高市某女は首相になって一度思う存分やれば良い。その度胸は無い、と想う。日本資本主義の現状は基礎的な経済要素に相応しい地位への回帰途上にある、という歴史的な事象。それでもここまで酷くはないのだが、日本固有の保守的大衆心理的要因、制度上政治上(他国が時代に合わせて替えているのにそのままの根幹制度がある)欠陥がある。

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 発展途上国、1980年代と1990年代にIMF世界銀行の構造調整プログラムの下で2つの「失われた20年」を経験し、

移行経済国は1990年代に「ショック療法」によって後退しました。⇒W.アジア金融危機IMF融資、構造改革。回復は早かった。IMFの優等生、韓国⇒構造改革の付は回ってくるが。韓国、台湾出生率、0,7~0,8%。分裂国家の負荷もあるが。そもそもこのグローバル資本主義の段階ににおける過度な民族主義は政治の思惑によって醸成されたものであり、良い結果が生まれることは何もないウクライナを見ると解る。危機の時代、大衆を大量動員する最も手っ取り早い政治手法は各種民族主義の煽り。それを上手く飼いならした国は損害は少なく、野放しにした国は国民が犠牲を払った。

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 そして最終的に、長期不況期には、成長は金融化され、資産バブルの膨張に依存しました。そして、そのバブルはますます破壊的な形で崩壊し、2008年と2010年の危機に至りました。

この物語において、米国がドルの世界的な役割を確保しようと継続的に試みてきたことが、重要な役割を果たしてきました。

減速する資本主義経済はすべて、利益が生産的ではなく投機的に投資されるため、金融化に陥りやすい。

しかし、1971年以降、ドルの世界的な役割が依存するようになった一連のドル建て金融化、

つまり国際的な資産価格バブルと、それによって必要となった変化例えば、米国がすべての国に資本規制の撤廃圧力をかけるなど~~~W。貿易赤字はその裏面!~~)がなければ、金融化は国内経済にとどまっていただろう

これらの変化はドルに対する投機的な需要を増大させ、米国の財政赤字によるドルへの下落圧力を相殺した。⇒W.キチンと押さえている。
 金融危機によって世界中の好景気が衰退する中、こうした金融化が残した破壊の痕跡は、ドルの世界的な役割に対する批判を強めただけでなく、民間および公的機関のドル保有者によるドルからの離脱を促した。

>米国の最も緊密な同盟国である欧州諸国は、1970年代初頭の「スネーク」導入、そして2000年代のユーロ導入によって、相互取引からドルを排除する最前線に立った。⇒W.トランプ政権のEUに対する辛辣な姿勢は大戦後のマーシャルプランによるドル散布による戦場の復興援助から、本質的に対米対抗的な独自通貨ユーロ圏の確立までを辿れば理解できる。ドルに結び付いたシティー、ポンド英国のEUも解る。

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ユーロは現状の問題を抱えているものの、21世紀において、

中国やBRICs諸国をはじめとする新興国が、

比較的小規模な二国間協定による相互自国通貨の取引から、

巨大なアジアインフラ開発銀行に至るまで、新たな協定を結ぶ道を切り開いた。⇒W.米国やEUはウロ戦争中の北海ノルドストリーム爆破のような破壊工作を発動する。あるいは「民主革命」煽動。「中国専制国家史」によれば歴代中国王朝の崩壊は長大な公共事業の実施から始まった、と。国内過剰生産、過剰資本は権力によって鎮静化させエリア内や国内投資に向かわせた方が良い。アフリカ中南米投資は条件が悪すぎる。富の無駄遣い。

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これらの取り組みは長期投資資本の提供を目的としており、潜在的に危険な資本勘定の自由化を必要としません。

⇒間違い!。教育や習俗の次元が違う。これ等の国々は開発独裁の教育や習俗の均一化の期間が無く、前期資本主義段階のカネ、モノは有効活用ができないので砂漠に水をまくような行為が多くなる。中国歴代王朝の朝貢「外交」のやり方に似ている。もっといえばバブル全盛期の日本資本が米国の不動産などを買いあさった所業と似ている。

>中国資本主義発展段階の剰余価値を主要に生み出した労働者農民の生活労働環境の改善に還元すべきだ。

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 一方、西側諸国の短期資本は資本勘定の自由化を必要としますが、生産的に投資されることはなく、危険な資産バブルを膨張させ、高額な準備金積み増しの保険を必要とします。

 今日、多極化により競争力のある発展が可能になり、ますます多くの国がドル体制を拒否するようになるにつれ、

ドルの世界的役割は終焉に近づいていることが広く認識されており、

ドル体制の重要な支えとなってきた英国でさえ、金融センターであるロンドン・シティが世界金融の主要な中心地であり続けるためには

中国と、中国が代表する新しい金融パターンに加わらなければならないことを認識しています。

⇒W.歴史、文化、宗教、言語の大きな壁がある。相互反発、相互依存、相互浸透の大枠=棲み分けが必要。

 

 The Progressive Potential of the Multipolar Moment 多極化時代の進歩的可能性

 

多くの発展途上国や移行経済国が長期不況期における新自由主義の攻撃に抵抗できなかった一方で、

中国のように西側諸国の支配からほぼ外れていた、

あるいはインドのように国際的な新自由主義アジェンダから一定の自立性を維持できた、

あるいは2000年代のロシアやラテンアメリカのように新自由主義の惨禍を経験した後に自立性を取り戻したことにより、新たな新興経済国群が共同発展を成功させることができた。新興経済国の成長は、これまでよりも物質的な福祉をより広く普及させており、概して堅調に推移している。

これは、これらの経済が金融化がかなり低く、生産的成長に重点を置いているためである。

これらの国々が西側諸国に対して抱く課題は、

国際経済ガバナンスの主要なフォーラム、すなわちIMF世界銀行の改革要求、WTOや気候変動サミットにおける行き詰まり

そしてすでに述べたような並行金融機関の構築において明らかである。

これは、特に中東、ウクライナ南シナ海における軍事的緊張の高まりにも顕著に表れています。

これらの対立の本質は、

西側諸国、特に米国の政府と資本家階級が、新興経済国の継続的な共同発展と、それによって可能となり必要となる国際経済統治システムの修正を受け入れようとしないことです。

なぜなら、彼らがまさに利益拡大に躍起になっているまさにその時に、投機的でレンティア的な利益獲得の機会が制限される恐れがあるからです。一方で、彼らはそれを防ぐことがさらに困難になっています。

⇒W.ウクライナとの交渉におけるトランプのように表立って見返りの利権要求をやるか、民主主義と自由の美辞麗句の元にやるかの違い。

******

こうした対立はあまりにも多くの命と生活を犠牲にしてきたが、その根底にある論理は、はるかに明るい方向を指し示している。

******

加速する共同開発は、たとえ資本主義的な形態をとるとしても、成長は、より社会的に統制され、国民的であり、したがって、少なくとも潜在的にはより民主的で大衆的な共同開発形態を通じてのみ実現できるような世界を創り出しているように思われる。

そうした形態の共同開発は、資本家の活動をさらに規制することを必要とする

⇒W.前提条件として国家の統治機構の充実が必要。

これは、西側諸国の労働者発展途上国や移行国全体、そしてこれらの国々の労働者にとってさえ、決して悪いことではないかもしれない。

⇒W。いわゆる西側諸国の大半の国民が収奪されている対象は当事国の金融寡頭制支配層であり、これ等の政治的軍事的後退は過半の国民のパワーアップに繋がる。

ベトナム戦争の米国敗北があったから、ジャパン アズ、ナンバーワンの一過性であっても頂点があった、という見方もできる高度経済成長の前提条件は朝鮮戦争特需による日本資本主義の戦後復活であった、1950年代後半から60年代の高度経済成長の最中にべちなむ戦争があった。

****

 西側諸国と日本の金融資本主義は、もはや許容できるほど広範な生産的成長を生み出す能力を失っている。

現在、金融資本家階級が国家政策を掌握しているため、

西側諸国の政府政策は、

>危機を引き起こした金融機関に流動性を提供し

>彼らが現在唯一行える利益獲得手段である投機を継続できるようにすることを唯一の目的とする金融政策に限定されている

一方、生産経済と雇用水準は低迷し、貧困と格差は急増している。

この容認できない政策は、金融政策が経済活動水準の変化に連動しており、成長は次の金融政策の角を曲がったところにあるという、饒舌な議論によって公然と正当化されている。

こうした議論は、広範な生産的成長を再開できる唯一の選択肢

すなわち大規模な政府支出・投資計画資本家を経済の主導権から追い出すほどの大規模な政府介入に等しいという理由だけで、遠ざけている。

⇒W。上記のような単純化された処方箋では無理筋。

国家権力の民衆権力による独占が不可欠であり、所謂、民主主義とは違った制度が必要。

という意味では、ソ連邦崩壊後のロシアのような統治機構経済機構の崩壊が無い限り、さらに国家が分断されない限り、西洋の云う権威主義政権の自主的に打倒されたロシアや中国の方がG7よりも経済民主主義の世の中に近づける可能性を持っている

G7等はおしゃべりな独裁に進展する。その実態は中世のような世界である。西洋民主主義(都市国家)と西洋中世(神と領主の封建制)は並列してきた歴史がある。

*****

 この認識は、支配層にとどまる可能性は低い。状況の圧力によって、アテネマドリードの街頭にまで浸透するだろう。アメリカの都市の無視されたポスト工業化のラストベルト地域も同様だ。

多くの知識人や団体が、すでにグリーン、クリエイティブ、文化セクターへの投資を呼びかけている。⇒W。国家から離れて自然成長するモノだ。グリーンについては砂漠化森林伐採阻止、電気自動車などに留まる。

***W。中国政権に対する意見は既に述べた。対外政策は過剰資本、過剰生産を無駄に投資ており、生産性は下がっても過剰を生み出した投資は内向きに変えるべきで戦略的に間違っていると思う。***


「中国指導部は、事態の重大さを最も明確に読み取っているようだ。

彼らは、2008年以降の投資ブームに始まり、近年の賃金上昇と内需拡大へと続く一連の内需拡大策に取り組んできた。⇒W.地方政府がバブル市場のプレイヤーとなってしまったことにバブル崩壊の根深さがある。政権の問題に直結する可能性が常にある。現地経済発展環境の悪いアフリカ、中南米長期信用投資は無駄金の浪費。同じ赤字投資なら国内のバブル処理に向けるべきだ。

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そして最近では、新シルクロード構想とベス構想の一環として、これまで顧みられなかった西部を開発するという野心的な計画にまで至っている。

中国の成功(<14億人の「国民国家」の規模の経済>と中央への権力集中と地方への責任分散が効力を発揮した稀有な例。ロシアもウクライナ、マイダン革命までは軌道に乗っていたが揺さぶられた。~出生率著しく増加とマイダン以降の低下傾向の指標がある~)は、新興経済国の首都において中国の例を非常に大きな影響力を持つものにしただけでなく、状況の力はこれらのエリート層をも同様の方向に導いている。これは、人類の大多数を占める発展途上国および移行国の労働者にとって、物質的・文化的向上のための闘争が成功する可能性を高めるに違いない。

 About author:
Radhika Desai, Professor at the Department of Political Studies and Director, Geopolitical
Economy Research Group, University of Manitoba, Winnipeg, Canada. 

>反俗日記。

以上の論考に地政学的経済学の内容は表明されていなかった。だが、はっとするような指摘もあった。