反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

新帝国主義の歴史段階と民主政の変容。経済民主主義が放棄されて勝者が独占する経済体制が固着していく社会は金権社会にならざる得ない。 金権社会は事実上、貴族制であって民主共和制とは言えない。 このような社会において政治というものは 支配層内部の権力の配分ゲームに過ぎず、  民主制度というものは その配分ゲームの形式に過ぎない。

@転載したのは下記の著書の第3章 付加価値貿易から見た米中貿易である。

米中経済摩擦の政治経済学――大国間の対立と国際秩序 中本 悟  松村 博行  読後の感想は記事の末尾に示した。

 

>反俗日記でウクライナ、ロシア戦争や米中対立を取り上げた際は必ず新帝国主義時代の世界市場をめぐる覇権争い>←W。注釈。この世界認識は半分は正確(残存スターリン主義体制の反撃する)、半分は間違いである(G7等の新帝国主義化)、と解った!を維持してきた。そこには正邪、紆余曲直をできるだけ排除し、眼前のグローバル資本主義の歴史段階とその将来を探求したい、という想いがある。」

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  W、注釈

(前回の記事の米中経済摩擦の政治経済学――大国間の対立と国際秩序、第3章付加価値から見た米中貿易」と今回の記事の最後に記載した「新興・先進国間の不均等発展,帝国主義戦争モデルと覇権交代のマルクス派政治経済モデルという基本視座」を合わせ読み込むと

>ロシア、中国と米国EUG7等の間の対立構造は世界覇権をめぐる地殻変動というよりも(米国EUG7等)のグローバル資本主義の内(階層格差加速)外(新興国台頭により超過利潤の減少、供給網維持の困難性)の行き詰まりを原動力とする新帝国主義化による残存スターリン主義圏を解体統合する排外主義的侵略である。

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 新帝国主義の時代には下記引用のような民主主義、民主政観が命がけで民主制を勝ち取ったものの間から生まれてくる。

コレは反俗日記に近い見解である。

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 引用

韓国、梨泰院大惨事について。闘争の詩学 金明仁を連載している最中にこの異様な大事故は起こった。熱狂に至る根源を探る。

「民主主義は直接民主主義でも代議制民主主義でも、

社会構成員の利害関係合理的に調整最大多数の最大幸福を追求することにある。

ここで最大幸福の絶対条件が生活のための物的土台の確保であるとするときに、

>経済民主主義民主主義の究極的な成功のための絶対条件である。

 

>経済民主主義が放棄されて勝者が独占する経済体制が固着していく社会金権社会にならざる得ない。

金権社会は事実上、貴族制であって民主共和制とは言えないのである。

 このような社会において政治というものは

支配層内部の権力の配分ゲームに過ぎず、

 民主制度というものは

その配分ゲームの形式に過ぎないのである。」

 

 国民の政府が市場の社会的統制を放棄したとき

政治の寡頭化民主主義の虚構化はすでに予定されていたのであり、

民衆の生活は政界の外に投げ捨てられる運命だったのである。」

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>深く読み込むと、新帝国主義の歴史段階においてポピュリズム政治の台頭と戦争政治が発動される要因が解る。

国民国家や民主主義制度、民主政は経済要因が行き詰ると、容易に戦争政治に転化する。

 前回の記事によって、EUや米国の帝国主義の対外的な攻撃性が明らかになった。

中国の現体制の経済基盤には21世紀発の遅れた「国家」独占資本主義に相応しい経済構造の不均衡と脆弱性、限界が刻印されている。

中国の経済発展が将来、世界市場で覇権を争う、などという展望は

ロシア、プーチンの政治力を過大評価した言説と共に、

新帝国主義の対外侵略を正当化するためのフェイクである。

 

 経済基盤に不均衡性、脆弱性、限界性がある中国政権が世界覇権を争うような戦略をとった場合、

自国の財と民衆の支持を失うとともに新帝国主義支配層に絶好の国民国家的侵略の口実を与える。

 

 ロシアや中国のようなスターリン主義残存体制(帝国としての実体に乏しい幻想の帝国である)は新帝国主義支配層にとって自国民の生活と労働の犠牲を払っても将来的にその体制崩壊によって、内外で利益を生む獲物のような存在である。

ソ連邦崩壊の時に、欧米は甘い蜜をすった。⇒米国ハブ体制のグローバル資本制のバブル的自由放任的発展。

この成功体験の再現という新帝国の共同政治幻想(G7)を抱いている。

 

今回に記事の最後の方に

レーニン帝国主義論」を含めた論説を挙げる予定。

最近去来するのはネグリ「帝国」。

帝国は国際主権を有する、という解釈もあるが、その場合、対抗概念は国家主権、国民主権である。

 国民国家の位置づけ、と経済分析が弱いのではないか?

哲学の研究者のせいか、ついて行きにくい展開で、途中放棄した。

 

レーニンの「帝国主義論」は

当時としては統計を多用した経済学による金融寡頭制への必然性の分析(イギリスで先行する研究がある。反俗日記でも取り上げた。ドイツではフィルファ-ディング「金融資本論」)と帝国主義の不均等発展、世界市場の再分割戦から帝国主義戦争を導きだし、あとがきで「帝国主義戦争を内乱に転化せよ」。

論評するよりも実際に革命を実践できることにわくわくする、と締めくくっている。兵士は銃を誰に向けるか。戦争のときこそ、階層利害を貫き通す(平和、パン)。コレが根本問題であった。対独戦争中のブレストリトウスク条約で、ウクライナポーランドのロシア領を放棄し、即時停戦を実現した。前線の兵士と国民は戦争に疲弊している。戦時に樹立した政権を守る、というリアルな状況認識があった。

  ↓

アントニオ・ネグリ - Wikipediaの「帝国」

第一回 〈帝国〉〈マルチチュード〉とは何か? – 京都アカデメイア

<帝国>とは何か

https://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/lcs/kiyou/14-4/RitsIILCS_14.4pp.3-12SAKIYAMA.pdf

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W。結局、上記の民主政の肝からますます遠のいていく現実に対し多くの人との不平不満が鬱積し、それを吸いあげる一方で

国内の金融寡頭制支配層とそのシステムの利害も補償する相矛盾する政治綱領を実現するためには、国内外に向けての排外政治で国民統合をしていくしかない、コレが過去の現在も民主主義政治の常道手段だった、という他ない。

トランプの米国第一は中国市場排除措置によって、インフレを生んだ。当然の成り行きである。ヒトモノカネが曲りなりにも現時点の米国優位に流れている状態に対して、保護主義的縛りをかけると、自国民に窮屈な暮らしを強いることになる。バイデン民主党はこの流れを偽装し(国民統合の役割)、推し進めるだけに終わる。

 ムッソリーニヒットラー軍国主義は、独裁政治体制から生まれたのではない。

民主政の変転から生まれた。別の見方をすればゴルバチョフがプーチンを生んだ。政治(技術)はそういうリアリズムを内包している。奴は敵だ奴を殺せ!政治家は世の中の神羅万象を知っているように語る。

そして民主政は経済活動の僕でもある。

経済が悪化すれば、民主政のもう一方の素顔、国家主義があらわになる。1930年代米国のニューディル政権は20世紀初頭に世界覇権を獲得した余裕から生まれたものでありあのような政策展開は、グローバル資本の今もこれからもできない。

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資料①

 W。米中経済摩擦の政治経済学――大国間の対立と国際秩序 と同じ著者。

 『ウォール・ストリート支配の政治経済学』

https://www.jsri.or.jp/publish/research/pdf/111/111_08.pdf

 

資料②

w。趣味的に関心がある。

鎮目雅人編『信用貨幣の生成と展開―近世~現代の歴史実証』

https://www.jsmeweb.org/ja/journal/pdf/vol.45/vol45_bookreview_ja.pdf

 

資料③

新興・先進国間の不均等発展,
帝国主義戦争モデルと
覇権交代のマルクス派政治経済モデル

https://www.jstage.jst.go.jp/article/peq/56/4/56_7/_pdf

W。なぜマルクスに拘るのか。ちらっと眺めた限り、マルクス資本論」の利潤率の一般的低下傾向の数式を下敷きにしているようだ。

レーニン帝国主義論」のコンセプトをマルクスの上記の法則を念頭に数理的に聡明仕様として苦労しているようだ。

   小タイトル

 レーニン帝国主義論』の不均等発展モデル
  レーニン不均等発展論の論理構造

 

クルーグマンの反不均等発展モデル

「上記の従属理論(W。レーニン帝国主義論」を後進国、植民地の従属論に仕立て上げている。国家主権がなければ<植民地>従属もなりたたない。)へのフォロワー
が何と近代経済学内にも現れる。それが Krugman(1981)である。この論文もまた「不均等発展(uneven development)」という言葉をタイトルに入れているのであるが,それはレーニンと全く逆に,途上国成長の不可能性を主張するものとなっている。

途上国の発展を主張する新古典派理論への対抗理論として打ち出された。」

「先進国の方が資本蓄積が進んでいる結果として利潤率が高くなり,それがさらに途上
国より速い資本蓄積率を実現するという正のフィードバックを示していることになる。」⇒W「21世紀の資本」r>g 投資による収益率>経済成長。Wはエレファントカーブの図によって新興国の中間層の所得増加率を挙げて、グローバル資本進出歓迎を描くことにしている。

 クルーグマンからレーニン

W、植民地で得られる超過利潤をレーニンは指摘しており、ここに帝国主義本国の労働官僚、労働貴族定着の経済的基盤を見出している。

論者のこの項に意見はそこまで語っていない。

クルーグマンのほうが理論として投資や金融の問題に向けて発展性がある。

 

 レーニン帝国主義論』の軍事・戦争問題をどうモデル化するか
     京大環太平洋計量経済モデルの軍事費の負担分担モデル

W。時間がない。難しすぎる。後で。

 

 帝国主義論』的世界再分割戦争モデルの試み

現在の米中紛争も覇権国と覇権国の間の紛争である以上,「帝国主義と植民地の間の矛盾」たる「矛盾 1 」としてではなく,先発と後発の違いはあれどともかく帝国主義同士の紛争である。」⇒W。テーゼ的にはそういう見方になって当然であり、反俗日記も事あるごとにそのように主張している。

 

  覇権交代の史的唯物論モデル
同調国数が覇権力を決めるというアイデアの覇権交代ゲーム非覇権国数が2のケース

W.どうやらここからが本論のようである。ゲーム理論を使っている。込み入っているので時間が足りない、後で読み込む。強調マーカー部分は面白い見方だ。

引用 W.とりあえず結論を

国際連合国際通貨基金世界銀行世界貿易機関などが「世界政府」でない以上,
大西(2019b)が国内政治で主張するほどのシステム転換の困難性はないようにも見える。日本の政治を見ていても,その国内政治転換が困難を極めている一方で,アメリカの衰退,中国の台頭による世界秩序の転換はずっとスムーズに進行しているように思われる。⇒W。違うな!
また,このこととも関わるが,国際政治は国内政治とは異なり,諸国が特定国だけでブロックを形成しやすいという事情もある

戦前のブロック経済や枢軸国/連合国の並立にとどまらず,米ソ冷戦とはそういうものであったし,現在の先進国同盟とBRICS同盟というものもその典型例である。

 我々のアジアを例にとると,アジア開発銀行に対して中国主導のアジア・インフラ投資銀行が設立されるという形でこの地域での覇権の交代が漸進的に進行することができているが,これは世界システムにおける「一元的決定」の保守性解消のための有効な装置と理解することができる。⇒W。違う!
 現在の世界システム状況阿(世界が2大勢力圏に分裂して対立)として示される一種の覇権交代期にあるものと思われる⇒W。違うな!帝国主義を語る場合、現在はグローバル資本主義の分析が不可欠。自動的な交代はなかったし、現状は米国の覇権力の相対化はあっても、覇権の交代期でもない。現にヨーロッパの末端でまた戦争を始めている。

この激動情勢は東アジアに連動する

しかし、世界覇権を争うにしては中国のファンダメンタルズ(主として国内経済基盤と国外同調勢力)は脆弱すぎる。これでは外に打って出られない。やるときは多分、プーチン型になるが、そもそも、中国スターリン主義体制は内ごもりの傾向があった。

それを見越して米国や日本は攻勢をかけている。コレが現実!

一番問題なのは戦争的に解決できない場合の世界的な格差拡大の問題だが、新興国の中間層の所得は伸びる。その分、中心国の中間層の所得は伸び悩むか、減退する。

そもそも、中国の台頭は欧米日本のグローバル資本の資本や技術輸出が作った。それがたった、20年ほどで世界覇権を争うようになると考えるのは実態からかけ離れている。

バックグランドに乏しい急速発展国を強大視しすぎている。独裁による政治経済の統一がなければ、国内の不均等発展ぶりが全面化する。ココを狙って欧米は攻勢に出ている。ロシアに関してもこのベクトルが作用している。中国は独裁による経済開放の道を選んだ。ソ連は独裁を放棄し、政治の解放と経済の開放というで不可能な道を選び、国富を経済マフィアに奪われ強権ポピュリスト、プーチンを「必要」とした。中国も民主化に強行着陸するとグローバリストの草刈り場になり、国富は簒奪される。

 

帝国主義政治経済は強固強大で世界中の人々の生活労働まで支配するのでその歴史は螺旋的に同じパターンを繰り返す。全世界の人々は自分たちが生み出した資本の富によって支配されるクルーグマンの方が適切。r>g。

人類はこれまでこの時期に戦争を含む多くの混乱を経験してきたが,これをどうスムーズに乗り切れるか,それが問題である。本稿モデルから何らかのインプリケーションを導くことができれば幸いである。