-
ブログ:ハイパーインフレと2つの奇跡 - ロイター国内の土地を担保にして交換比率1対1兆マルクとして発行された紙幣「レンテンマルク」を国民が受け入れてくれるかは賭けだった..農地や工業資産(地代債権)を裏付けとする「レンテン債券」を信用基礎。担保のない階層はどうなったのか
通貨は安定したものの、物価の安定に対して賃金の引き上げが追いつかず、労働者層の購買力は著しく低下しました。
あなたの入力: 国内の農地や工業資産を担保として新不換紙幣「レンテンマルク」を発行。担保のないものは貧困
- 発行の目的: 第一次世界大戦後の極端なインフレを解消するため、1923年11月にドイツ・レンテンバンクが創設された。
- 仕組み: 黄金ではなく国内の農地や工業資産(地代債権)を裏付けとする「レンテン債券」を信用基礎とした。
- 交換比率: 旧通貨1兆マルクを新しい1レンテンマルクに交換し、通貨価値の安定に成た...
- 貯蓄の完全な無価値化(中間層の没落)
国債の購入者、銀行預金者、年金生活者など「現金の形で資産を持っていた層」は、1兆マルクが1レンテンマルクにデノミネーションされたことで、一生分の貯蓄が一瞬にして紙屑になりました。 [1, 2] - 実質賃金の激減(労働者の困窮)
通貨は安定したものの、物価の安定に対して賃金の引き上げが追いつかず、労働者層の購買力は著しく低下しました。 [1, 2] - 大失業時代の到来
インフレの終息に伴い、それまで破産を免れていた「ゾンビ企業」が次々と倒産しました。政府も財政緊縮に舵を切ったため、大量の失業者が街に溢れました。 [1]
- 不動産や現物資産の防衛
農地を所有する地主(ユンカー)や、工場を所有する大資本家(工業モナーク)は、資産の4%に相当する額を「レンテンマルクの担保」として国に差し押さえられ、利息を支払う義務を負いました。 [1] - 実質的な「一人勝ち」
彼らは大きな負担を負ったように見えますが、ハイパーインフレ期に抱えていた巨額の借金が全て帳消しになっていました。さらに、最も価値のある「土地」や「工場」という現物資産はそのまま手元に残ったため、結果として最も富を維持・拡大させました。 [1, 2, 3]
買いオペの効果:日本銀行が国債を買うと、市場の国債が減り、価格が上がりやすくなります(金利は下がります)。×⇒W。現状ではない。今後二度とこんなことは起こらない!
***********************
アベノミクスからタカイチリスクへ!(円安ホクホク論)
インフレの影響:物価が上がり続けると、お金の価値が下がるため(そもそも国内に需要を満たす供給力がない=輸入)投資家はより高い利回りを求めます。その結果、国債が売られて国債価格が下がり、金利が上がります。
金利上昇のリスク:金利が上がると、これまで低い金利を前提としていた国債の価格が下がり、金融機関の保有資産に影響が出るおそれがあります。
政策の調整:持続的なインフレのもとでは、大規模な国債買い入れを続けることが難しくなり、金利をどのようにコントロールするかが重要な課題になります。
疑問点 日本経済はなぜ内需主導型の経済なのか?
日本は本当に「貿易立国」なのか、ファクトに見える真実:「ファクト」から考える中小製造業の生きる道(6)(4/4 ページ) - MONOist
引用
「日本経済の実態は、貿易立国ではなく、内需型経済に依存する国だということが明らかになったと考えます。
それではなぜ、製造業が盛んで(W。日20%独24%多い)工業品の輸出が多いと思われる日本で、こんなに輸出額が少ないのでしょうか。
それには、もともと内需型であったという面もありますが、輸出型の産業(高付加価値を生み出している産業)の多くが既に海外進出を進めていて、輸出よりも現地生産を増やしているという側面が大きいようです。実は、日本では「日本型グローバリズム」とも呼べるような特殊なグローバル化が進んでいます。」⇒高付加価値を生み出す製造大企業が徹底した海外展開をしている状況では輸出額は伸びず、GDP停滞が産業構造化している。労働者派遣、重層的中抜きなど日本独特の生産関係が内需停滞生産関係を形成する要因。
内需停滞を招く要因
中間マージンの搾取(中抜き)非正規雇用の常態化: 購買力の低下と消費不振 投資と技術継承の停滞⇒W日本的産業構造は欧米より周期遅れの高度経済成長の推進翼だった人口ボーナスを低賃金過重労働に追い立てた農村から都市への労働力移動の労働力市場の二重性(元受け下請け、正社員アルバイト)が温存され長期経済停滞の過程で国内型産業が収益を確保するために広範化多重化した。
*********
新通貨(ライヒスマルクなど)への換算と保護
1923年11月にレンテンマルクが導入され、翌年にかけて経済が安定すると、生き残った企業の株式はそのまま価値を認められ、安定した新通貨建てに換算し直されました。⇒デノミに際し株式は例外措置がとられたということだ。ある意味信用創造である。
>現金や国債を握っていた人が財産を完全に失ったのに対し、
>株をそのまま保有し続けられた人は財産を守ることができました。
>反俗日記。資本主義の①下部構造は<資本の再生産~拡大価値増殖>である。
②国家は暴力装置+政治共同幻想体である、事がはっきりした。
従って、株式は①にーの現物資産の裏付け有価証券に属し、
国債は②の国家暴力装置や政治幻想体に属するので現物資産とは交換できない。
>そもそも国債は英仏戦争の時期、イングランド政府の戦費を賄うための資金調達に本源があった。
政府の負債は国民の資産などと国民に喧伝するのは利潤率の傾向的低下と世界市場の再分割戦に苦吟する日本資本主義支配階級の貧窮化政策継続の到達点を暴露せず、応援をしているに等しい。
国内の農地や工業資産を担保として新不換紙幣「レンテンマルク」を発行。担保のないものは貧困
国内の農地や工業資産を担保として新不換紙幣「レンテンマルク」を発行。担保のないものは貧困
- ドイツ人民党(DVP):シュトレーゼマンが率いる自由主義・中道右派政党
- 社会民主党(SPD):労働者を基盤とする中道左派の第一党
- 中央党(Zentrum):カトリック系の中道政党
- ドイツ民主党(DDP):進歩的な自由主義・中道政党*************************************************
- 発行の目的: 第一次世界大戦後の極端なインフレを解消するため、1923年11月にドイツ・レンテンバンクが創設された。
- 仕組み: 黄金ではなく国内の農地や工業資産(地代債権)を裏付けとする「レンテン債券」を信用基礎とした。
- 交換比率: 旧通貨1兆マルクを新しい1レンテンマルクに交換し、通貨価値の安定に成功した。
- 貯蓄の完全な無価値化(中間層の没落)
国債の購入者、銀行預金者、年金生活者など「現金の形で資産を持っていた層」は、1兆マルクが1レンテンマルクにデノミネーションされたことで、一生分の貯蓄が一瞬にして紙屑になりました。 - 実質賃金の激減(労働者の困窮)
通貨は安定したものの、物価の安定に対して賃金の引き上げが追いつかず、労働者層の購買力は著しく低下しました。 - 大失業時代の到来
インフレの終息に伴い、それまで破産を免れていた「ゾンビ企業」が次々と倒産しました。政府も財政緊縮に舵を切ったため、大量の失業者が街に溢れました。
- 不動産や現物資産の防衛
農地を所有する地主(ユンカー)や、工場を所有する大資本家(工業モナーク)は、資産の4%に相当する額を「レンテンマルクの担保」として国に差し押さえられ、利息を支払う義務を負いました。 - 実質的な「一人勝ち」
彼らは大きな負担を負ったように見えますが、ハイパーインフレ期に抱えていた巨額の借金が全て帳消しになっていました。さらに、最も価値のある「土地」や「工場」という現物資産はそのまま手元に残ったため、結果として最も富を維持・拡大させました。
- 1918年12月30日:ドイツ革命の最中にドイツ共産党(KPD)が正式に成立。
- 1919年1月:武装蜂起を行うも失敗し、指導者であるルクセンブルクとリープクネヒトが虐殺される。
- 1920年12月:独立社会民主党(USPD)の左派が合流し、党員が約30万人に急増して大衆政党としての規模を持つに至った。党の急拡大:1920年12月に独立社会民主党(USPD)の左派が共産党に合流したことで党員数は爆発的に増加しましたが、次の国会選挙が行われたのは1924年5月だったため、1923年時点の議会での勢力は選挙ベースで4議席のままでした。翌年の躍進:ハイパーインフレや社会不安を背景に支持を広げ、1924年5月の選挙では62議席(第4党)へと一気に躍進ドイツ社会民主党(SPD)の国会議員数は103議席(総議席数459)引き続き議会第1党「独立社会民主党(USPD)」も存在しており、こちらは83議席⇒W.挙国一致的政権に独立社民党83議席と共産党62議席,計145議席は参加しなかった。排除された。ヒットラーの参加した労働者党は4議席だった。政治家個人の力で党勢が拡大したというよりも世界情勢と国内党派政治の経済悪化大失業と解決のできない膠着状態にナチス台頭の要因がある。後先考えない財政金融膨張、民間資本の軍需投資、インフラ投資で失業者を吸収。
- 購買力の「防護壁」となった(相対的勝利)
株式は、工場、設備、土地、原材料といった「インフレでも価値が落ちない現物資産」の所有権です。そのため、通貨マルクの暴落に合わせて株価(マルク建て)は天文学的に上昇し、資産の購買力を維持する避難先として機能しました。 - 新通貨(ライヒスマルクなど)への換算と保護
1923年11月にレンテンマルクが導入され、翌年にかけて経済が安定すると、生き残った企業の株式はそのまま価値を認められ、安定した新通貨建てに換算し直されました。現金や国債を握っていた人が財産を完全に失ったのに対し、株をそのまま保有し続けられた人は財産を守ることができました。
- 【敗者】パニック売りした層・生活のために手放した層⇒W。圧倒的多数派国民
「担保がない」一般市民や中産階級の中にも、インフレ初期に株を買って自衛しようとした人々がいました。しかし、日々のハイパーインフレによる混乱で恐怖に駆られて狼狽売り(パニック売り)をしてしまったり、あるいは猛烈な日用品の物価高騰(餓死の危機)に耐えかねて、日々の食料や家賃を払うために株を底値で売却せざるを得なかった人々は、結局すべての財産を失い没落しました。⇒W没落?労働者階級になっただけだ - 【勝者】売り抜けた層・最後までガチホ(長期保有)した大富豪
生活資金に十分な余裕があり、一切株を売らずに「ただ持ったままハイパーインフレをやり過ごした」富裕層や、暴落するマルクを株に変え続けた投機家は、資産をほぼ無傷(あるいはそれ以上)で新時代へ持ち越すことに成功しました。⇒W.財閥は資本の集中集積と安価な労働力商品市場獲得の絶好の機会を得た。インフレは資本と金持ちの増殖の条件である。
ヒトラー政権は普通選挙で誕生した。大衆社会はなぜナチスを支持したのか?
興味深い記事なので引用する。エーリッヒ・フロム『自由からの逃走』を参考に「強きを助け、弱きをくじく」権威主義的パーソナリティ
を担当する学生に各質問を投げかけている。
引用
「ナチスを主に支持していたのは、自営業の方やサラリーマン、役人、給料の高い熟練労働者といった中産階級の人たちでした。⇒Wの知識の限りで言えば、大恐慌でアメリカ資本が撤退す一気に地位や職が危うくなった、あるいは実際に行き場がなくなった人たち。ナチス党の集団労働部隊や積極財政を熱烈に支持した。
>資本家や軍人といった、当時の支配層が支持層だったわけではありません。彼らは第一次大戦前の帝国党の流れを汲む政党を支持していました。工場の労働者や農民たちもナチスの主な支持基盤ではありませんでした。もちろんナチスに投票した人もいましたが、どちらかというと彼らは共産党を支持していました。1932年の総選挙で共産党は第2党になっています。⇒下線部分は日本の戦前と今に続く基底社会の構造とは違う。労働者や農民層の政治能力、組織力は日本では強くなく、階層間の争闘は激烈化しないので、支配機構は内部要因ではなく外部要因に対する<予防措置>としてなし崩し的に警察軍事化する。この日本的特徴は戦前戦後一貫して継続している。
>したがって日本ではファシズムやナチズムという国内政治経済抗争に対する民間対抗運動としてではなく外部要因に規定された予防的措置としての既存の国家機構のなし崩し的な軍国主義体制への移行が決定的なパターンになる=プラザ合意、日本バブル崩壊以降は日本独自の利害の追求がますます必要になってきているにもかかわらず日米安保体制強化(日本有産支配層は米支配層と運命共同体であり、ソレによって地位と利益を得ている一方で多数の国民の利益は損なわれているという弁証法的関係が成立している)とその結果としての中国への対抗措置が優先事項となってくる。この国家機構の動因に誘導されて政党政治の軍国主義的変質が進む。
~~~~~~
反俗日記。以下のような切り口は新鮮。
「大衆という言葉は、もともとは仏教の用語で、指導者である導師に従う大勢のお坊さんを意味しました。仏教用語としては「ダイシュ」と読みます。これが転じて指導者に従う一般の人々を示す用語になりました。大衆というのはある意味、「その他大勢」だったのですね。ところが、20世紀になって普通選挙がはじまると、政治家は大衆の支持を獲得しないと、その地位を保つことができなくなりました。こうなると、「その他大勢」だった大衆が社会の主役を演じるようになります。このような社会が大衆社会です。
2 「強きを助け、弱きをくじく」権威主義的パーソナリティ
>反俗日記。ヘルマンヘッセ、トーマス・マン、ハンスカロッサの小説にはそんな機構のヒトは描かれていなかった。彼らの小説は独特の精神の透明感がある。ただし、ナチスに入党する若者の日記を読むと本質的に集団への帰属意識を養われてきたものが外部要因によって突然その道を立立てたときの焦燥感と何が何でも集団に属して難を逃れたいという精神の軌跡が読み取れる。該当するのはコレだ。前者はドイツ教養主義の孤高の伝統で生きる知識人の在り様だった。
引用
「フロムは当時のドイツの中産階級の人たちに、権威主義的なパーソナリティの持ち主が沢山見られることを見出しました。権威主義的なパーソナリティとは、自分より強いと思う相手にはペコペコと服従する一方で、自分より弱いと思う相手には一転して偉そうな態度をとり攻撃的になる性格類型です。」
「権威主義という言葉の響きからはドラえもんに出てくるジャイアンのようなキャラクターを想像しがちですが、どちらかというとジャイアンにペコペコ従いながら、のび太くんを攻撃するスネ夫くんの方が近いですね。「強きを助け、弱きをくじく」キャラクターと言ってもいいでしょう。こういうタイプの人たちが、ヒトラーという強力な指導者に率いられ、ユダヤ人の排斥を主張するナチスに惹き付けられていった、というのがフロムの見立てです。」
>反俗日記。知っている精神のパターンは小さな正義に満足している人達。
「フロムは1936年にアメリカに亡命して『自由からの逃走』を著しました。第二次世界大戦後に、アメリカのアドルノとホルクハイマーという社会心理学者がフロムの理論を検証することを試みます。アドルノたちはF尺度(ファシズム尺度)という質問項目を開発して、アンケートで権威主義の程度を測れるように工夫しました。そして元ナチスの親衛隊の隊員たちが高いF得点を示すことを見出しています。」「また、当時のアメリカにも親衛隊隊員並みのF得点を示す人が少なからず存在することをも発見しました。アドルノたちは、この結果を『権威主義的パーソナリティ』という分厚い本にまとめています。」
3 F尺度の測定
「筆者はそのうち6項目を簡略化した質問文を用いて、毎年授業を履修する学生に答えてもらっています。その結果、25%程度の学生が親衛隊隊員の得点に相当する5点以上のF得点を毎年示していました。これは一つの目安ですが、権威主義が今の私たちにも無縁ではないことが分ります。」
「F尺度の質問を一部紹介してみましょう。「先輩後輩などの上下のけじめはつけるべきだ」、「今の若者にはもっと規律が必要だ」というのは権威主義的な服従性を測定する質問です。フロムは、権威主義的な服従は強者と一体化して安心を得ることを目的としていて、その背後には不安があると指摘しています。先行きの不安や自信のなさを抱えた人が、誰か偉い人の言葉を信じて安心を得ようとする場合などに当るでしょう。これらの質問に「はい」と答える人が直ちに権威主義的な服従性を持つわけではありませんが、権威主義的な服従性を持つ人はこれらに「とてもそう思う」と答える傾向があります。 「自分たちの名誉が侮辱されることは、我慢できない」、「不道徳な人を排除できれば、多くの社会問題が解決するだろう」W.<現代日本で一番多いパターン><徹底した秩序派、矮小な倫理問題の方面から話題にするとすっと脳に刷り込まれる。距離や時間をおいて再考はしない>は権威主義的な攻撃性を測定する質問です。他人を露骨に攻撃すると非難されますので、権威主義的な人は理由を見つけて他人を攻撃しようとします。スネ夫くんものび太くんが何かミスをすると、ここぞとばかりに攻撃していますね。あるいは、愛のムチだとかしつけを言い訳にして体罰を与えるケースをフロムはあげています。」
「 昨今の不倫叩きのように、倫理的な弱みがあって反撃してこない相手を攻撃するケースもあてはまりそうです。フロムは、権威主義的な攻撃をする人は実は自分に自信がないので、反撃してこない相手を選んで叩いているのだと指摘しています。権威主義的な服従性も攻撃性も自分の不安や弱さの裏返しだといえそうです。⇒Wそこまで屈折していない。精神が単純なだけ。」
反俗日記。外出先で見ず知らずのヒトに行き成り怒鳴りつけられたり、体を押し付けられたjことがある。徹底的に侮辱してやった。見知らぬ人の怖さを知らないぬるま湯で生きてきたのだ。
「権威主義的な人が増えると、ギスギスした世の中になりがちです。ここ10年ほど学生のF得点を計ってみていますが、幸い上昇傾向という訳ではなさそうです。ただ、決して低い値でもないので、今後の動きに注意する必要があると言えるでしょう」