宮本百合子「刻々」ーより。
一般的に有名なのは「1932年春」の方である。
以前の記事で小説中に突然、登場する世界情勢分析を取り上げ、当時の分析の過半は間違っていなかった、とした。
「1932年の春」は伏字も多い不完全な形でも、1933年に公表されたが、
同年に執筆された「刻々」は
「特高警察の取調べの実情をリアルに描き出したものとして」脱稿したが、発表は不可能にされた」(解説)
文学作品にはイロイロな鑑賞の仕方があり、そこがまた時を経て、大きな可能性を生み出す。
特高の「よしんば実際がそうであろうとも、~」から
百合子の「誰にとって都合が悪いんでしょう」は一種のお笑いである。
が、日本庶民の底に流れる究極の情緒が垣間見える。形を変えて、現在に継承されている。
まだ今は少数派だが、状況に進展によって、その割合は次第に増えて、終いにはこういう感性によって時局が左右される、特性はある。
後段で言わんとすることもわかる。限界状況下の抵抗の持つ積極的な意味であろう。
特高取調室の情景。
「いいですか。一箇所じゃないですよ。こっちにもある。~」
「その文章そのもはそうかもしれないが、前後との関係でいけないんだ。~大体、戦争の記事を扱うのがいけない」
「ソレは妙だ」と自分は云った。
「キングを御覧なさい。婦人倶楽部を御覧なさい。子役まで使って戦争の記事だらけです。」
「穴、冗談をいちゃいけませんよ」
不自然にカラカラと清水は笑った。
「扱いようの問題じゃないか。つまりこういう風に扱うのはいけないというわけなんです。」
「だが、戦争したって、不景気は直らず、却って悪いというのはお互い知り抜いている事実ですよ。
従って戦争が自分たちのためにされているモノでないことが解るようになるのも実際の成り行きで、、そう思うな、ということはできない。
良い悪いより、先決問題は現実がどうであるかというところにあるかというところにあるわけでしょう」
清水は反面疲れたような四角い顔をハンケチで拭いてそれをズボンのポケットにしまいながら、声を落としていった。
「よしんば実際が沿うであろうとも、この世の中には現実のままでは人前に出せないことがあるもんです。
そうでしょう。え?
例えば、夫婦関係は現実には解りきったものであるが、ソレを人前で行うものはいない。
え?そうでしょう?
有りのままイって都合の悪いことがある。-ね?そのことです。」
「誰にとって都合が悪いんでしょう」
「~~」
清水はふと気を替える様に、
「この詩を知っていますか」といがぐり頭を上向けるように目を瞑り、節をつけて何かの漢詩を吟じた。
古来孝子は親の、名を口にするのさえ恐れ遠慮するというような意味のことをうたった詩である。
「解りますかよく聴いていてください」
もう一遍、朗読して、
「この気持ちだ。-え?」
見ざる、聞かざる、云わざる、奴隷として搾り取られ、そして死ねというわけである。
これは理性ある人間としては不可能なことである。
怒りと憎悪とが凍った雪を踏むようにキシキシと音を立てて身内にきしむのを感じる。
調べが始まったのは午前11時前であった。今は夕方の6時だ。
自分は憎しみによって一層根気強くなり腰を落とさず揉み合っている。
夜、9時を過ぎてヤット終わった。
自分は編集責任者として尊敬冒涜という条項に該当するのだそうである。
時刻が時刻なのですっかり腹がすき、自分が激しい食欲で弁当を食べている向かい側で清水は何も食べず、タバコをふかしている。
そして自分は女房には絶対服従を要求しているが、具合が悪いといえば、直ぐ医者にやるし、などということをもっともらしく云う。
彼の表情が次第に変わった。
四角い顔の反面がしびれていたようなのは消え、赤みも減り、青白く無表情に索漠とした顔つきである。
肩付まで下がった。
傘の無い電燈の黄色っぽい光がその顔を正面から照り付けている。
冷たい茶をすすり、自分はなお弁当を食べ続けていた。-。
<追記>
田中竜作さんのJAN JAN。高野さんのザ、ジャーナル。
独立系のジャーナリストは情勢に寄り添って、ネットメディアで希望を実現しようとしては挫折し、あるいは縮小していった。
ザジャーナルを通じて知った宮台、神保、両氏のマル劇トークは、大学教授の余技の範囲を踏まえているように見える。
高野さんにしても、個人的な経済基盤はあるが、ネットジャーナリズムの限界を勘案して拡大路線は放棄した。
普段、閲覧させてもらっている関係上、私財抵当、拠点建設の段階から懸念の記事をちょっとだけ書こうと思っていたが、
そういう次元には立ち入らない主義なので、敢えてかかなかった。
最盛期の物的人的過大投資は不況局面で大きな負担になる。合成すれば恐慌。
宇野弘蔵の経済原論の経済循環の典型に、そう記されていたっけ。
経済の原理的法則である。
人材がいれば、経営と編集を分離する普通のやり方もあった。
大衆運動には大きな波がある。
仕方のないことであり、100年も以上前に革命家の組織はどうあるべきか政治新聞というメディアの伝達ルートをと組織者、読者の関係は追及されてきた
政治新聞の果たす役割の低い政治組織は支配機構に付随した政党である。
今風に言えば、吹く風任せ。誰が吹かせているのかは言うまでも無い。
何がいいたいか?
要は理念のあり方、ソレに基づく、展望、基本方針の問題である。
酷な表現だが、そこがかなりずれていると理会する。
>経営危機だと会員を募集する一方で、
小沢一郎の2010年段階の得手勝手な見解をこの時期に載せては、ブレーキを踏むようなものである。
>視聴者の時系列の経験に基づく曲りなりの成長に対して編集する感性が遅れているといわねばならない。
視聴者の多くのものはもう、小沢一郎を支持していない、と感じる。
むしろ嫌悪している。
現時点において小沢を支持するようなヒトは、そうした広い分野の話題を必要としない。
さらにはもっと言えば、小沢一郎はマスコミによる人物破壊という言い分では糊塗できない国民的忌避政治家である。
政局に対する行動パターンはほぼワンパターンであることを見ても彼自身の懲りないあり方に過半の責任がある。
ここが判っていない。
<小沢一郎の点と線>
彼のその時々の<点>とも言うべき各政治行動を<線>で結びつけると、驚くべき政治動物の姿しか浮かび上がってこない。調べている本人が唖然としたぐらいである。もっとも無関心だった自分が問題なのだが。
中進国型政治家の小沢(国民馬鹿論は小沢にとって不可欠)の主要任務は、冷戦体制に付随する日本型社会民主主義の脆弱な特性を攻撃し、消滅させることであった。
小沢はその脆弱性を揺さぶり、分解させ無力化させることだった。そういう意味での日米支配層の別働隊である。
この時期の小沢の政治行動の実際は国民生活に直接関係の無い政治改革の無内容な呼号であらぬ方向に国民の耳目を集中させる一方で、日米構造障壁協議で10年間400兆円の公共事業を米国政府に約束することであった。
その小沢も政治習性の身から出た出た錆によって、紆余曲折から一端飛び出た自民党に擦り寄ったが、自公路線選択で、用無し追放された。
それ以降、支配層からはお役ごめん、使い捨て切り捨てられた。
脱落者多数発生で行き場を失っての最期の足掻きの如き民主党接近、以降の政治行動は情勢の進展を根っからの政治動物の本性から、都合よく利用したに過ぎないのであって、民主党幹事長就任は偶然の重なった出来事である。
マニフェストなどは周回遅れもいいところで、論外であった。
普天間基地移設問題では事実上沈黙を守った。この問題では過去の素行から、アレコレできる立場にないのは本人が一番良く自覚できている。
政治弾圧は以上のような小沢を取り巻く、大きな流れの中の出来事であり、反対すべきだが、
「 日本民主政の破壊者であり、その意味での日米支配層の功労者」という政治動物としての本性」は何ら替わっていなかった。
以上のような視点にたたなければ、、民主内紛ー分裂ー新党立ち上げ、ー選挙間際の急遽解散ー日本未来の党結成ー選挙後の分裂劇はスッキリ説明できない。
或いは小沢、自己変革論であるが、重大問題に対する見解、実際行動に立ち入って検証すると、自己変革は無い、といわねばならない。自己変革ができていれば、現、生活の党の立ち上げまでのような問題は発生しない。
国民の上に自分の都合をおいている。やっていることの形は過去の繰り返しのワンパターンである。
このとき、の小沢は政治判断を誤った、としている支持者はまだましな方である。
大方は<見ざる聞かざる言わざる>である。
こういう輩には民主政を云々する資格はない。
まず自分の基本的な思考パターンを俎上にに挙げるべきである。
基本的に個人崇拝の問題であるが、わたしにいわせると創価学会の池田信者の方がまだマシである。
そこにはまだ宗教の体系があるが、小沢等の場合は究極のところ、自分たちで勝手に小沢政治幻想を捏造し執着心を捨てきれないだけであり、別の角度から見える景色に目を塞いでいるだけである。
小沢の点と点を線で結ぶ、説明を訴求力ある熱烈支持者がしているのを見たことが未だに無い。
彼らがやっているのは民主党合流後の小沢とそこに仕掛けられて政治弾圧、支配体制論の大枠説明の繰り返しである。
元祖支持者は元々、呆けたような連中で説明できるような能力を有していない。
平野貞文のような連中に疑いを持つものに対する説得力は無く、同調者の引き締めがヤットである。
悪いけどわたしはこの方を心底馬鹿にしている。
支持者以外の小沢等の本体は各政治局面で進んで意図的どうこういうよりも、重大政治局面でそういう風にしか行動できない性質なのである。
一種の自然現象である。
支持者はここを弁えていない。違う方向から見れば、別の景色が見える。
ということで、結論として、
小沢一郎等に同調接近し過ぎると、抱きつき心中の憂き目に会うこと必至である。
彼らは寄生し相手をつぶしてしまうという、性質の人たちなのである。
時々の生の政治過程で、自分たちの目先の都合が悪くなると責任を共有しないという、最悪に裏切りを行う。
この習性がブーメランとなって現状にある。
以前、<水に溺れた犬は叩かねばならない>という記事を魯迅の真意を検索して、書こうとしたが、個人攻撃をすることにも引っかかりはあるし、放置しておいても消滅するものを敢えて取り上げる必要なしと中断したことがあった。
今も相手にせずは変わらないが、ネットメディアの大切さから、敢えて記した次第である。
繰り返しになるが、小沢一郎を敢えてこの時期に取り扱う理念に疑問を感じる。
単線的でありすぎる。経験を経た視聴者よりも遅れている。
2010年ごろの小沢一郎の言い分は当時の現状報告という意味ではそれなりの価値があるかもしれないが、その後の実際行動で再検証すべきである。