反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

引用と書き込み。続編。無理大きい在宅介護制度全体を見直せ- 見えてきた様々の欠点 -

          老人の生活を社会でどう支えるか
介護保険の実施で、市民の間で介護が権利としてとらえられたことは評価してよいだろう。
なぜ保険料を払っているのにサービスがないのかを市民が考え始めるなら、それは一つの希望でもある。 

もういちど、有料老人ホームから療養型病床群に至るまでを老人の生活支援施設としてとらえ直し、アメニテイー(W。都市や住宅などの生活環境の快適さ。)については個々の支払い能力に応じて自由にサービスを提供する一方で、基本的な生活支援については公平性を保てるように設計し直すべきであろう。
 ただ、これからの社会において、老人の数が多くなつてくるならば、社会的サポートもある程度効率的にやらざるをえない。
つまり、老人の住む所をある程度集約できないと、サポートしきれない
しかし、今までのようにあまりにも生活から離れた形では問題が大きい。
なにより老人は環境が変わるとボケてしまう。

もう少し具体的に言えば、まずはグループホームのような小規模な施設をできるだけ街中にたくさんつくることである。W。増設はニーズにとても及ばない。理由は簡単、行政が補助金を出せない。

    どこまで在宅、どこから施設
ノーマライゼーション(隔離の否定)は、障害者の問題を含めて戦後世界における一つの流れであった。
ナチスとの対決、植民地解放闘争などの反差別・人権の流れが、社会的なサポートシステムとしてはノーマライゼーションとなった。
欧米諸国においては、国家に現実的な余裕があった戦後の一時期に、施設収容から在宅での生活に一気に移行した。←W。日本ではノーマライゼーションは普遍化できないまま、「これからの社会において、老人の数が多くなつてくるならば、社会的サポートもある程度効率的にやらざるをえない。
つまり、老人の住む所をある程度集約できないと、サポートしきれない。」という財政的社会的環境が出現した。

それは欧米の個人主義からも、ある意味で自然な動きだった。
欧米の個人主義といっても、だいたい親子は近くに住んでいる。
独立した子どもも同じコミュニティーの中に住んでいることが多い。
これなら、子どもが親の家を朝夕訪ねて様子を見るだけでも、かなりのところまで面倒がみられる。←W。日本の現状は日本独特の法制的根拠を持つ家族主義がグローバル資本制の進展によって、無力化する一方、グローバル資本制に適応した家庭ユニットが個人対個人の関係に裏打ちされておらず、宙吊りになっている状態。
だから、上記の欧米的個人対個人の親子関係が成立しないケースが多くなり、施設入所偏重(施設収容主義?)になっているのではないか。

 これまで指摘してきた欠点への具体的な対応策を述べたい。
   まず独居老人
現在、介護保険建前上独居老人まで面倒をみることができるはずだが、実際にはそうなっていない。
ならば、まずは独居老人については介護保険の外で対応する、すなわち例外的に措置制度で対応することを検討してもよい。
場合によっては、家政婦の住み込みや、長期滞在を認めてもいいだろう。
費用は安くすむはずだ。←W。人材確保不可能。

痴呆性老人の場合も含め、介護保険の中で対応する場合は、先に触れた「見守り」という介護を数量化できるかがカギだが、これは難しいだろう
であれば、独居になった場合には在宅介護ではなく、たとえばグループホーム(W。入所者一人当たりの補助金負担が多く、行政が尻込みし、ニーズに応えられていない。10数年前には空き部屋がたくさんあった。)に入ってもらうとか、施設介護のメニューをあらかじめ提示しておく。
一般的に、重度化した場合は施設介護へ、という流れをつくつておくのは一つの方法である。
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W。その流れを作るのは、誰が主導するのか?(施設入所を嫌がる人を入所に導くのは家族、近親者、ケアマネ?、行政?そしてその手段は?)施設入所への具体的道筋というところに最大の難関がある、ともっともっと社会的に認知されるべきである。みんなが一番困っていることがインフォーマル状態になっている。

要介護度4、5については、施設介護のほうがふさわしいと言っておいたほうがいい。W。本人が嫌がるからと(公的介護の拒否)、介護認定さえ受けずに、家族で重度認知症のひとを配偶者が介護してつぶれていったケースもある。
なるべく在宅介護がいいというのなら、どこまで在宅介護で対応するのか明らかにしておくべきだろう。←W。認知症のひとの介護はよほど介護力のある家族でない限り、要介護3がぎりぎりのところ。
介護認定の期間は2年。
3から4への移行は環境によって早くなるのでその間に本人と介護者がダメージを受ける可能性大。在宅介護は要介護2までがめやすじゃないのか。

実は、独居のほうが施設よりも一般的にアメニティーは高い。
部屋は広いし、生活の自由がある。w。自由は人間にとってたいせつなもの。それを自分から束縛されに行くというのは耐えがたい苦痛。ただし病気入院と、施設入所の違いはあるが同じところもある。
施設入所者はたいてい二つ三つの病気を抱えている。脳の老衰が極まってきた人には施設環境しか生きながらえる道はないのではないか?

施設にも居宅と同じアメニティーがあれば、移りやすい。

先日、厚生労働省介護老人福祉施設を全室個室化する方針だという報道が出た。
病院だって大部屋に入るのは一日でもつらい。
終の棲家なら、広くなくとも個室がいい。
そう考えて私たちが昨年3月に開設した介護老人福祉施設では、全室個室にした。
すると、家族がよく訪れてくる。
他の人居者に気兼ねしなくていいので来やすいのだろう。
全室個室は現在の制度でも可能だし、厚労省がどこまで腹をくくつているかは分からない。
だが、介護福祉老人施設から個室化が始まれば、いずれ介護老人保健施設にも広がっていくだろう。

   施設は統合し、保険は併給せよ
基本的には、同じサービスを提供するのなら、同じ報酬でなければいけない。
療養型病床群介護老人福祉施設、介護老人保健施設の機能が同じなら、この3施設は介護施設として統合すべきである。
まがりなりにも医師のいる療養型病床群介護施設にすることは困難が伴うかもしれないが、医師・看護婦と介護担当者を切り離し、前者は診療所として開設することを認めればいい。
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 2018年度介護報酬改定:療養病床の廃止について
介護医療院 医療外付け型
医療外付け型」は、施設基準が「医療機関+有料老人ホーム」に相当し、医療機関が特定施設入居者生活介護を包括するという新しいタイプの介護サービスです
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ところが、現実には医療保険に残った療養型病床群が中間施設化してきた。
本来は、先に述べたように療養型病床群をすべて介護保険適用にし、その上で認定を要しない経過施設を介護保険の枠内で創設し、3施設の統合を図るべきであった。
現在は過渡期なので仕方がないが、生活費や住居費などいわゆるホテルコストを介護保険が出すのは本来おかしい。W。?
生活費を保障するのは年金の問題である。

また、厚生労働省は、医療保険介護保険の併給を認めていないが、これも改めるべきである。
併給を認めない最大の理由は、社会的入院と劣悪な医療を拡大させることを恐れているからと私は見ている。
かつての老人病院は薬漬け・検査漬けで社会的に大問題となった。
それを、医療保険の報酬を出来高払いから定額制にして抑えこんだのだが、併給を認めれば医療の部分はどうしても出来高払いにせざるをえなくなり、逆戻りになると考えているのであろう。
だが、かつてのような薬漬け医療は、薬価差益の減少と、査定の強化で激減した。
確かに悪徳病院はいまだに存在するが、それは、監視機関が調べ、情報公開すればよい。

 併給しないことは、病院においては別の問題の形をとる。
たとえば、痴呆性老人が急性増悪で入院すると、普通の看護体制では対応しきれず、病棟がめちゃくちゃになってしまうのである。
日本より早く介護保険を導入したドイツは、医療保険介護保険の併給を認めている。
もちろん、先に述べたように医療と介護の線引きをやり直した上で、併給を認めるベきであることは言うまでもない。
       
    とりあえず <終了>