反俗日記

多方面のジャンルについて探求する。

第3回。論点追及!あるSEALDs,青年の記事より引用。「個人として考える、そして自分の場所で戦う」→時代と場所を離れて価値決定はできない。

 

 まれながらの環境によってか、政治的人間の本質を持つ者にとって、状況認識を深めることによって、政治決断と行動ができるが、そういう要素の乏しい者は、根源的動機付けとしての主体形成論が必要になる。これは非政治的人間W自身(の体験的結論である。
 前回の記事に示した丸山真男自己を丸山流国民に形成していく思考ルート注1は、端的に言えば、戦前日本のマルクス主義論壇で一時期はやった福本和夫の分離結合論である。非政治キャラクターの丸山真男が自らを国民に形成していくためには、主体形成論としての根源的動機付けが必要だった、とWは解釈する。
 
 ということはそういう手間のかかる思考作業が全く必要でない人間もその対極に存在するということである。
政治一般とどいう形であれ継続的にかかわる人間はそういう面倒な思考作業の必要性は感じない。
政治は歴史的に特化し「職業」化し、政治的人間たちのリアリズムの貫徹する閉じられた世界であり、そういう特殊世界にかかわろうとする政治学と非政治的人間は丸山が指摘するように、「その秩序の外へと 「出てー立つex sist」方便も必要となる。
そして政治や運動に参加する庶民はその整理された方法論を知り、おのれの現在位置と行動の意味を確かめる。
 むかしのW はそういう方法の埒外にいた。誰も教えてくれなかったし、自分から求める気配もなかったが、そういう学問は厳としてあった。
実存主義者は無知であってはいけなかった。

引用
「『分離・結合論』を展開した福本は山川イズムを「経済運動と政治運動との相違を明確にしない「折衷主義」であり、「組合主義」である」と批判し、運動を政治闘争に発展させるためには、理論闘争によって、労働者の外部からマルクス主義意識を注入する先鋭な前衛党による理論闘争と政治闘争の必要を説いた。」
~「 学生・知識人の人気を集め、その理論は「福本イズム」と呼ばれ共産党員や党周辺の活動家の間で圧倒的影響力を持った。しかし、コミンテルンの「27年テーゼ」で福本イズムが批判されたために失脚、党内での影響力を失った。」

 *本文に戻る
「個人を相対化しうるためには、
その秩序の外へと 「出てー立つex sist」しかない。
そうすることによってこの秩序は個人と対峙する。
国民国家注2      https://www.y-history.net/appendix/wh1201-026_1.htmlとはこういう個人の実存的な決断に支えられねばならない。」


 
そしてなによりもまず、「時代と場所というstiuation~条件~を離れて価値決定はなしえないという命題に帰着する」~

参考資料 



 
①⇔②③と日本のリアル議会政治状況の差異に注目する。  
明治維新第二次世界大戦敗戦→冷戦体制崩壊、グローバル資本制は、3回目の黒船来航の観がある。
ゆえに、アベであり、改憲。付加体列島原住民は自分の足元見ないで政治幻想にとらわれている。






 ということでkim hamg「帝国の閾(しきい)」の丸山論は
明治維新当時の福沢諭吉の議論に行きつき、その時代状況に対するリアリズム認識を敗戦後の民主主義とそれを不断に作り出す主体形成の本質議論に生かそうとして、時代のリアルな状況から不断に出て立つ多様な個々の実存の結集する(永久革命?)国民意識と国家意識に想念する。
 
 ところが丸山のリアルな政治とのかかわりは60年安保前後をもって中断してしまう。
後続する立場のWの視野に丸山はいなかった。
大衆運動は二つの世界に分裂した。
丸山はどちらかいというと一方の世界にいたが、政治学の権威に祭り上げられ、支配政治の側からも援用されることになり、実際運動場面に沈黙することが多かった。
これこそまさに個人の実存的な決断は、なによりもまず、「時代と場所というstiuation~条件~を離れて価値決定はなしえないという命題に帰着する」ということだ。
丸山の状況に<出て立ち>価値判断できる時期は、60年安保以降の高度経済成長の中で終焉を迎えていた。
丸山の提出した戦後民主主義の原像は高度経済成長とその文化状況のもたらす大量生産、大量消費、大衆社会状況注3の中に埋もれてしまった。
大衆運動の分解の底流もここにある。職業的政治からの距離によって、党派と運動は多様化した。

大衆社会状況注3 は調べる。
 
次回に続く
反俗日記の今回の本文の
丸山の提出した戦後民主主義の原像は高度経済成長とその文化状況のもたらす大量生産、大量消費、大衆社会状況注3の中に埋もれてしまった。」は福本和夫を調べたり、現実のある状況に照らして、間違いである、とわかった。