反俗日記

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故市川房江さん、ロッキード事件を政治の原点にする管首相は大きな虚構(疑惑)から出生した政治家?

 故市川房江さんの政治の在り方、ロッキード事件はすでに日本の歴史の一部として再評価の対象となってしかるべきだ。今から当時を振り返り、当時の実情を知るモノが語り、改めて考え直し、現在や今後の糧にすることが大切だ。
 この立場に立って、当時、青年だったモノが両者をどう評価したか提起し、考え直す材料を提供したい。
 
 故市川房江さんの若き支援者だった管直人の関係を称して、管さんは市川さんの威光を利用している、とか本当は市川さんは管さんの政治利用主義を警戒し、嫌っていたとか言われる。
ここから、管直人批判が展開されるというパターンが小沢支持派を中心に見られる。
 
 彼らは思想政治的な大きな限界を自分で披歴しているとは自覚していないようだ。
私の様な考えも、常識論としてあるにはあるが、マスコミレベルには公然化していない。
 
 理由ははっきりしている。
マスコミの戦前戦後の立ち位置と市川房江さんのそれは完全一致する。
マスコミ批判の旺盛な小沢ファンクラブの面々に私の様なマスコミ、市川房江さん、管首相を串刺しにした批判点はない。そういう視野の狭い、脆弱な観点だからこそ、政治的核の部分が政治弾圧に弱い。
 
 とここまで書いてきて、本論を展開していない。書き直す時間はない。
 
 故市川房江さんと当時の自分がどう思っていたか?必ずしも、少数派の意見ではないと思う。
当時は社会党共産党の「政治とカネ」宣伝、清貧の強調の政治の枠外に若者を中心に多くの人がいた。
その者たちは彼らの政治に巻き込まれず、独自の立場にあった。
 今、そういう人たちが検察マスコミ批判の急先鋒に立っている。止むに止まれぬ半ば義務感を持っているのではないか。今そうしなければ、一体いつそうするのだと。
 勿論、社会党共産党支持者だった人も社会を構造的に見る目は身につけている。そうした人も、おかしいと立ち上がっている。
 
 >ただし、マスコミ幹部の小沢嫌いの政治体質を学生時代に遡って考えてみる必要がある。
やはり無垢な時代の刷り込みは大きい。
 
当時共産党の影響下にあった若者の数も非常に多い。彼らの政治はその膨大な層を囲い込むモノであり、非共産系の政治傾向は一部の先鋭分子が運動によって大衆を流動化させ、大衆運動として反対潮流を形成しようとするものであった。また非共産系といっても共産党と近い政治をやっている所もあった。仙石らがこれに相当する。
 
 彼らの青年時代の政治経験、空気が社会に出て修正されることなく温存されていれば、我々が今目の前にしている一種、異様、執拗な小沢たたきとして爆発する。
 
 彼らが若者時代、体験し、刷り込まれた政治は典型的な秩序維持を核とするものであった。政治用語の表現方法が、革新的とか、民主的とかイロイロな言い回しはあっても実態は秩序維持であり、そのガチッとした枠の中での認識変更、啓蒙であり、その枠からはみ出す者には厳しい対応が用意されている。
共産党の政治の核心はここにある。
 
 社会党の場合は反戦青年員会の母体になったように共産党の様な、異分子徹底排除の排他性は低いが、ここにも似たような傾向はある。
 
 思想的にいえば、マルクスどまりであれば、「政治とカネ」清貧政治に流れがちとなる。
 
共産党不破のレーニン論などを読めば、自分の現在から勝手に大切な部分をカットして、流用していることがあまりにも露骨に出ていて、読むに値しないモノである。
 
 レーニンを素直に読めば、政治的目的と手段のリアルな関係が理解できる。
支配層は反対者の政治を狭い枠内に押しとどめておいた方が統治しやすい。
民主主義制度の中でも同じことが言える。
 
 以上、マスコミの小沢攻撃の最先頭になぜ朝日新聞が立っているのか、考える材料にはなる。 
朝日新聞共産党と似通った枠維持=厳格秩序派、異分子徹底排除、イデオロギーが内在している。
 
 これは日本国憲法維持と矛盾するものでもない。民衆の運動が根底になければ、憲法は空文化する。民衆の強力な運動は誤りを含み、許す構造がなければ、発展しない。共産党や朝日は誤りを許せない。
よって自分たちの統制の過多が運動評価の基準となる。
朝日の小沢嫌いは小沢さんが戦後秩序をはみ出す可能性を秘めているからだ。
そしてその戦後秩序は利権集団の力と利益の温床になっている。
利権維持だけで見るのは一面的だろう。
 
 当時の政治構造は小沢さんも講義で断言しているように、表面上の自社対立の裏側で談合取引が構造化していた。それは国会だけではなく、地方議会、労働組合などあらゆる分野に及ぶ。
経済成長によるパイの拡大、分配という前提があって、そのようなシステムが全社会化していた。
 
 が、その原資は何処からきているのか?問題にしていたのが当時の私の立場だった。
社会と労働市場の二重構造に政治的関心があった。パイを分け与えられて、満足している立場で無かったし、批判は行動に移した。
 
 私は自己否定を実践した。すでに高校時代からその予定だった。
 
で、こうしたモノにとって故市川房江さんのやっていることは、自社対立の虚構に何となく不満を抱いている、都市市民層の一服の清涼剤に過ぎない、と理解していた。
 
言動はキレイごとの終始していた。組織行動の基盤のない都市市民層、マスコミは市川房江さんの政治の完全無力性、欺瞞性を何となくわかっていてもムード的に支持する空気はあった。毒にも薬にもならないとはこのことである。
 
 パイ分配を起点とする虚構の対立の中の清涼剤という小さな虚構。
 
 社会党は虚構体制の中で曲がりなりにも、分配の実際をになっている。その意味で責任を多くの国民から負託されている。
故市川房江さんは、その構造において政治責任を一切具体的に追っていない。
 
 戦前、婦人参政権運動家から大戦翼賛会の大幹部に転身し、戦後、GHQ当局に戦犯追放されるも、復帰後は一転、アメリカ製民主主義の原理原則の発信源と転身する、これはマスコミ幹部の軌跡と一致する。
 
よって、市川さんの具体的政治基盤はマスコミであった。都市市民の支持者はムード的支持であり、マスコミが本来大した政治力もないし、政治責任を負っていない市川さんの言動を不当に宣伝することによってもたらされたものである。
 国会討論会にはなぜか市川さんの姿が各党派の間に挟まって確保されていた。
 
同じアメリカンデモクラットとして市川さんと社会党元党首、土井たか子さんとの違いは具体的な社会の構造に根差した政治をやるか、から文句のキレイごとに終始するかの違いであり、その差は大きい。
 
 そんな市川さんのところに、管直人青島幸男横山ノック、がより集った。
なぜか彼らは政治家として晩年に権力と一体化した。
 
 ハッキリとした理由はあると思う。
 
全国的な支持基盤がなく、当然にも組織実態がない政治を常態化するということは、マスコミ宣伝に寄り添うということである。マスコミに宣伝してもらって、初めて全国政治は成立する。
 故に政治体質としてマスコミ従属になる。
 
マスコミにまだキレイごとの不偏不党が残存していた経済成長期は従属者もキレイごとの範囲でいられた。
だから、亡くなった時点で市川さんはアメリカ民主主義の「神棚」に祭られた。
 
 ところが、その後の日本経済の展開でマスコミのキレイごとが通用しなくなっていった。
 
マスコミは階層的存在をむき出しにしなければ、経済分裂する国民をイデオロギー的に統合できなくなった。
権力機関の一翼を形成するマスコミに従属する市川房江残党の政治が国家機構サイドの要求に忠実な政治になるのは当たり前だ。
 
 それが、東京都知事青島幸男であり、大阪府知事横山ノックであり、日本国首相管直人である。
全部、悪い意味での権力政治の体現者者として怒りの渦中に政治家としての晩節を送っている。
 
 さらに市川のもとに走った政治タイプの別種をみると、東京第5検察審査会の市民の面々に行き着くような傾向がある。
 
管らと違って、彼らに権力志向は薄い。
 
 が、共通する特徴点は持っている。から文句の民主主義を担ぎあげている所。
実態のある市民運動ではない。都会の表層の政治的ざわめきにすぎない。
何々をどうする、具体性があれば、諸問題への対処が迫られ、その中で、行政や様々な権力機構と対峙する必要性も生まれてくるが、具体性はそれがない。
 
 具体性のあった部分は、今回の小沢さんへの政治弾圧に反対している。
 
日本の場合、ただの市民が具体的に政治に触れる機会を自ら閉ざしているから、自分の政治行動から得た実感はなく、マスコミの政治報道に代行してもらっている。
 
 マスコミはそんな市民の政治的消極性を見抜いているから、やりたい放題を肝心な時に爆発させ、一方向に大胆に誘導する。
 ここで能書きを言う必要はない。
民主主義は具体的な戦いと制度、である。空気と戦いは一致しない時が多い。
 
当時の田中角栄断罪の政治的雰囲気に簡単に同調し、今もって疑いの目がなく、原点化している政治家が日本のトップに立っている、としか言いようがない。恥というもを知らない。
 
 管は全共闘世代より上の世代として学内紛争を終息させる側に回った人間である。
 
冷静に学園闘争を見渡せる立場にいたということも言えるが、当時の基本的立場は日本共産党、民青の全国政治と同じだ。秩序派として反乱を現場で抑え込んだ。もちろん最大の源は公安警察、機動隊警備力である。
 
 自然発生的な反乱は収束するが、必要な時に反乱まで至らなければ、成果を勝ち取れないのが庶民にとって政治の本質である。
 怒りの声を上げ、具体的に行動しなければ、解決できないことが、庶民にとって余りにも多すぎる。そこでやるかやらないかで大きく違ってくる。
 
 日本ではその意志が薄弱だから、政治家やマスコミに庶民の原点的政治を簒奪され、言いくるめられている。
 
青年時代言いくるめられた人間が政治家、管直人に成長し、何の疑いもなく今日に至っている。
政治的に子供ともいえるが、その罪は政治責任の大きさから重い。